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狼の仔  作者: 加密列
第四章 敵襲
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結ぶ手 〜ティア〜

ふと思いついた。使える薬草はおばばが少しだけ教えてくれたから、知識だけはある。いつか使うと覚えて、でもこんなにその「いつか」がこれほどすぐに来るとは思ってもいなかった。最低限の、本当によく使う薬草しか憶えていない。


こんな事になるのならあれもしておけばよかったと後悔する事の、なんと多い事か。その最低限の薬草の中でも私が一番よく使ったのは…記憶を辿りながらその姿を探す。確か水がある森ならどこにでも生えるとおばばは言った。だとしたらここにも生えている筈だ。急がないと、出血が酷くなる。


(あった)


ソナミネ。毒消しの作用があるらしい。いつでもおばばのところに束にしてぶら下げてあった。岩と岩の間に紐を渡し、それに逆さまに薬草の束を掛けてあったのを思い出す。あの岩屋を見ることも、きっともうない。乾燥させたものを水で練り、父さんとの鍛錬で傷だらけになった私にそっと湿布をしてくれたあのしわだけの手を、思い出す。私は今でも覚えている。かすかにフバノイの香りを纏っていたあの手を。


いつか誰かに同じことをする時が来るとは思ってもいなかったけど。


(どうか、上手くいきますように)


確か葉をそのまま傷口に当てても効果があった筈だ。即席だがないよりいいだろう。いくつか摘んでトピのもとに戻る。俯いていた彼は私の足音にはっと顔をあげた。さすがの聴覚だ。特に足音を消していたつもりはないが、それでもずかずか歩いたわけではないのに。


(朝汲んだ水はまだ残っていたな)


巻いたサラシを一度ほどいてもう一度洗う。手に水をかけるとトピが顔をしかめた。染みるのだろう。


「我慢しろ」


それからソナミネの葉を水に浸す。ぴっと水を切るとその葉を丁寧に傷口に載せ、もう一度巻き直す。傷口がふさがるように、しっかりと締めながら。怪訝そうな顔をしたトピがかすかに目を見張った。私の顔を見てくる。


「ソナミネ。毒消しの作用があるんだ。破傷風なんかになったら困るだろう。傷口の熱も吸ってくれるんだ」「まだ訊いていないよ」


トピが苦笑する。


「そうだったか?でも、訊きたかったのはそれだろう」


なんとなく彼の言いたい事はわかる。トピは苦笑から微笑みに表情を変える。


「とても、気持ちいい」

「少ししたら取り替えるから言ってくれ」


コクリと頷いた彼は年相応に幼く見えて、私は思わず目をそらした。見てはいけないものを見てしまったような気がして。


「ティア、僕がやろうか」


自分の手当てを始めるとトピがそういった。


「大丈夫だよ」


言ってしまってから後悔する。正直、片手で巻くのは難しい。


「ごめん、やっぱり頼むよ」


一度は断ってしまったのに、なんて恥知らずな。穴があったら入りたい気分だったが、


「承知」


トピは嬉しそうにサラシを手に取る。…変わったやつだな。


「きつすぎやしない?」

「大丈夫だ」

「本当に?」


上目遣いに見上げてくるのを見て、思わず吹き出した。


「私を信じてくれるんだろう?大丈夫だ。上手い」


そう言うとようやく彼はもう一度手を動かし始めた。結局上手いって言ってもらいたかっただけなんじゃないか?まあ、いいか。世辞を言ったわけではないし。


「ほい、おしまい」

「ありがとう」


トピが立ち上がる。大きく伸びをすると、ぱっと私を振り返った。その顔は明るい笑みで輝いている。


「ほら、行くよ」


サラシを巻いた右手が差し出される。


「え?」


なんだ?


「ほら、早くしろって」


焦れたように言ったトピが私の右手をとる。


「よっと」


私を引っ張り上げて、にやりと笑った。


「いい手をしているじゃないか」


私が怪我をした左手を出さなくて済むように、トピは自分は怪我をした右手を出したんだ。さりげない彼の優しさが、怖かった。当然のように私を優先する彼の事が。そして、それに縋ってしまった。

どんな顔をしたらいいのか分からなくなった私は、その手を強く握った。


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