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狼の仔  作者: 加密列
第四章 敵襲
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十字の誓い 〜トピ〜

息を吐いて初めて、自分が息を詰めていたと気づいた。誓いの空気にひどく緊張していたのだと、その時知った。驚いたな。僕も緊張することがあるんだ。刺客に襲われた時でさえ緊張はしなかったというのに。唇を舐めるとまだ金臭い味がする。血をぼんやりと眺めて、だからだろうか。


「て」


ティアが言ったのが「手」だという事に気づくのが一拍遅れた。相変わらず言葉が少ない。そして相変わらず腹にサラシを巻いている。前にしていたのは村で取られてしまったはずだから、街で買ったのだろう。抜かりがないというか、変わっているというか…。


(いつ怪我をしてもとりあえずはこれでなんとかなる)


ティアがそう言ってから四月も経っていない。自分が身を置く世界が変わるのは本当にあっと言う間だ。僕はもう村も、親も捨ててきてしまったし、もうあそこには戻れない。ティアだって、そうだ。僕よりもさらに変わってしまった。


それなのにティアは相変わらず腹にサラシを巻いている。自分の身を置く環境が変わりすぎたからだろうか、かえって変わらないものの方が現実味がない。


「ほら、何をしている」


ティアがじれたように言う。


「意地を張らずにさっさと手を出しな」


(意地を張っているわけではないのに)


苦笑して手を出す。手際よくサラシを巻いたティアは途中で手を止め、一瞬宙を見つめるような仕草をした。


「少し待っていてくれ」


足早にどこかへ行く。


(自分の止血もしていないだろう)


驚くというより呆れてティアの後ろ姿を見送る。もう少し自分の体を大切にしろよ。一つしかない体なんだから。傷口を反対の手で圧迫しながら、それでも指先から血が滴る。彼女が視界に入らなくなったとたん、一気に不安に襲われた。この世界で自分が頼れるのは彼女だけだ。そして彼女が頼れるのは僕だけなのだ。頼れる人が一人になってから、自分が一人では生きていけないと知った。今更。遅すぎた。ティアだってきっと、そうな筈だ。彼女を一人には出来ない。


(こんな風に思うのなら一緒に行くべきだった)


どうして一人で行かせてしまったんだろう。そう思って苦笑した。すぐに戻ってくると分かっているのに。彼女から、もう離れられない。不意に痛いほどそれを悟って、思わず顔を手で覆った。こんなにも僕は彼女に依存していたのか。依存していたから、僕は自分にティアがいないのが嫌だから、ティアを救い出した。全て自分のために。


ティアが巻いていったサラシの端がぱらりと落ちて、でもそれを直そうとも思わなかった。不意に自分の危うさに気がついたのだ。どれほど彼女を失う事を恐怖しているかに。もう手を離せない。それほど、僕は弱い。守りたいものは、自分の弱さになる。僕はそれを強さに出来るだろうか。しなければならない。膝を抱える。どれほどそうしていただろうか。かすかな足音がきこえ、


「ただいま」


ぶっきらぼうなティアの声がひどく胸にしみた。


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