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狼の仔  作者: 加密列
第四章 敵襲
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十字の誓い 〜ティア〜

十字の誓い。私たちは滅多に誓ったりしない。神なんて信じないし、誓いは自分の行動を縛る。ナダッサの一族は暗殺の徒。誓いを立てたからと言って、必ず守るとは限らない。だが、そんな私たちが、これだけは破ったらいけないとそう定めた誓いもある。それが十字の誓いだ。


私はトピを裏切らない。裏切ってはいけない。自分の心を相手に示し、自分でも覚悟するためには、やはり誓う事が一番いいように思う。私はトピの短剣を火で炙った。炎に魅入られたように、いつまでもその切っ先を見つめていた。



寸の間目を閉じ、呼吸を整える。ゆっくりと何かが腹の底へ沈んでいく感覚があった。目を見開く。


「っ」


短剣で左手の甲を真一文字に切り裂く。声はたてない。特にそういう決まりがあるわけではないが、この空気に声は似つかわしくない。余計な声を立ててはいけないような気がしたのだ。そのまま垂直に交わる線を描き、浮いてきた血を椀に入れた。後から後から血が流れ落ちる。すぐに手が真っ赤に染まり、滑る。そのまま椀をトピに渡す。トピも同じように右手を切り、椀に血を入れた。


利き手ではない手は神聖な手。利き手は使われ、反対の手にこそ大事なものがある。それを切り裂き、二人の血が混ざる。あまりにも紅くて自分のものではないみたいだ。血など何度も見ている筈なのに。私はそれに口をつけて飲み込んだ。金臭い味が口いっぱいに広がる。トピに渡すと、彼も一瞬もためらわなかった。一気に血をのみくだす。唇が血で紅く光っていた。かすかに開いたそれの間から、同じく血に染まった歯が見える。歯が白い彼は血で染まった歯が目立った。


浅黒く、日焼けした肌に、それは不思議な凄みを与え、とても十四とは思えない。どこか獰猛な獣を見ている気がした。きっと自分も同じなのだろう。寸の間目を閉じ、呼吸を整える。初めて口を開き、相手に誓う言葉を告げた。


「トピ。私ティアノンは天と地に、そして己に誓う。私はあなたに、じぶんの魂を預け、あなたを信じる。そして…」


息を吸う。私は、お前を、


「あなたを守ると誓う」


目を見開いたトピが口を開く。一度唇を舐めて口を湿らせると私に誓った。


「ティアノン。僕、トピは、天と地に、そして己に誓う。僕はあなたを信じ、支える。そして、」


一気に言い切った。


「あなたを裏切らず、あなたを見捨てないと誓う」


二人の目が空中でかち合った。確かに、相手への信頼が、はっきりと見えた気がした。天、地、そして自分。どんな誓いよりも強力な十字の誓いに、もっとも強力な誓いの言葉を捧げた。天知る地知る我ぞ知る。


トピ、私はこの誓にはとても言い切れないほどお前を信頼している。だから、きっとお前を守るよ。つとかすかな水音に目を向けるとトピの手から鮮血が滴っている。緑の草にそれは信じられぬ程鮮やかに映った。美しささえ感じさせる。だけど、トピの傷は塞がないといけない。彼の手当ては私の義務だ。もっとも私が勝手に自分に課しているだけだが。


「手」


私は彼の傷を改めようとその手に手を伸ばした。


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