精霊の舞 〜ティア〜
「おかしい」
私が言うとトピは首を傾げた。
「何が」
「刺客だよ。あまりにも弱すぎた。殺したいのならもっと強くていいはずだ。私がこの程度の怪我で勝てたのはおかしい」
それに耳黒子。彼は武術をそんなにやらない筈だ。処刑場に連れていかれた時も投げつけられた石を避けそこなっていたし、そんなに手練れだったらあの時私が気づかないはずがない。
(何がしたいんだ)
そこまでなめていると言うことだろうか。それとも、何か別の考えが…考えすぎか。
「僕には分からないよ。だけど、『この程度の怪我』だとしてもしっかり休めないといけないよ」
トピも首を傾げたが私の心配をしっかりしていった。お前は私の父親か。
*
「精霊の舞を、見たことがあるのか?」
朝餉を口に運びながらトピに問うと、彼は怪訝そうな顔をした。
「精霊の舞いのようだったと、おまえは言った。呪術の心得があるんだろう?あの世を見たのか?」
そもそも、見える物なのか?
「見たわけじゃない。ただ、時折感じられるんだ。あの世はこの世と隣合わせだけど、決定的に違う。なんというか、波調のようなものが違うんだ。だから、気配はあっても、それが不意に消えたりするし、不意に現れたりもする。本当に力を持った呪術師でも、精霊を『視る』ことができるのは、二年に一度、あるかないかくらいらしい。
ただ、僕が気脈に触れられるように、むこう側にも時々そんなやつがいるんだ。そうすると、波長が近くなって、ひれや、翼や、触手のようなものの動きが手に取るように感じられる。ティアの舞いは、『気』に属する精霊によく似ていた。もっとも、感じただけで『視た』ことはないが」
何が違うんだ?分かるように説明をしてくれ。
「どうして?」
「僕が『視る』って事は相手からも『視える』状態になるって事なんだ。向こうの生き物が敵意を持っていなかったり、あるいは捕食しようとするようなやつじゃないと言う保証はどこにもない…」
トピが俯く。暗い影がその目に宿っていた何故かは分からない。だけど、トピがそんな奴に会ったことがあるんじゃないかと、そんな気がした。
「だから、余程のことがない限り、『視る』ことはしない方がいいんだ。それで積極的に視ようとしたことはない」
視たら視られてしまうから。よく分からないような、懐かしいような話だった。
「ところで、おまえまだ私に話そうと思ってる事があるだろう」
彼が驚いたように顔を上げる。
「どうして」
「それくらい分かる。一月も一緒に生活しているんだ」
あなどるな。
「昨日の晩…」
トピの目が据わる。何かまずい事を言ったかと一瞬思った。逆鱗に触れたんじゃないかと。
「え?」
「おまえ約束破ろうとしただろう」
今度は私が驚く番だった。




