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狼の仔  作者: 加密列
第四章 敵襲
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精霊の舞 〜トピ〜 挿絵あり

どんな夢を見たのかは覚えていない。ぼんやりと目が覚めて、なんとなく不快感が残っていた。当たり前だ。刺客に襲われて、悪夢を見ない方がおかしい。


(ティア?)


一応こちらが気を使って床は離してある。手探りするが、何も触れない。隣はもぬけの殻だった。


「ティア」


返事はない。叫ぶのをどうにかこらえた。


(落ち着け)


目を閉じて十数える。そのまま意識を気脈につないで…。


(…いた)


表に確かなティアの気配があった。


(よかった)


慌てた自分が馬鹿みたいだ。あいつ、外で何をしているんだろう?そっと戸口に近づく。


「ティ…」


呼び声は途中で切れた。彼女は舞を舞っていたから。早朝の空気に同化したように、彼女は舞っていた。あたかも浮いているように軽やかだった。いつも地を踏みしめるようにいた彼女が精霊のように浮世離れした、どこか儚い雰囲気をまとって舞っている。


(『仮面』じゃないだろうね)


あれは本当に僕の知っているティアだろうか。二の腕に巻いた白いサラシだけが彼女がこの世の者だと伝えていた。


挿絵(By みてみん)


僕には舞が分からない。だが、あそこで舞っている彼女は、とても上手い舞い手だと、それは分かった。その舞いに合わせるように音がどこからか聞こえてくる。それが自分の口笛だということにしばらくしてから気づいた。空に吸い込まれるように、口笛の音は響いていく。


(ああ)


音と舞がからまり合い、蒼穹へと登って行く。ティアが飛んでいってしまうのではないかと本気で思った。だが、それを止める事もできない。やがてゆっくりと動きが鈍くなり、口笛も最後の旋律をそっと鳴らした。


「ティア」

「トピ?」


目が覚めたような顔をしたティアは汗だくだった。顔を火照らせ、荒い息をしている。あんなにも軽やかに舞っていたのに、そこには生半可ではない技術が必要なのだろう。


「すごかった。まるで、精霊が舞っているようだったよ。本当に。とても…」


何を言えばいいのだろう。どんな言葉があの舞いを表わせるのだろう。


「とても、綺麗だった」


自分が口にしたのは、平凡すぎる一言だけだった。彼女が口を開く。


「『サランハーン』」


未だ息をきらし、掠れていた。


「え?」

「トピの口笛。サランハーン(風の呼び声)だった。私の好きな曲だ。『翼』にもあったんだね」

「ナダッサの伝統曲だから」


無意識に吹いたが、あれはサランハーンだったのか。一番基本にして、究極とも言われる。覚えるのには一日。極めるには一生と言われる曲だ。僕はあれが好きだった。もう、笛など吹かないと、思っていたのに。


「…ても」

「え?」

「とても、うまかった。トピは笛の経験があるのか?」


質問ではない。確認といった様子だった。それはそうだろう。舞が分かれば、笛の良し悪しがある程度は分かるはずだ。僕の笛は、笛は…。


「経験は、ある」


思った以上に暗い声が出た。本当に色々と経験したよ。笛が世界を壊せると分かるくらいには。だから僕は笛を吹かない。そう決めたはずなのに、口笛を吹いてしまった自分が悔しかった。どうして。笛が吹きたくてたまらなかった。こんな才能は望んでいない。いらない。


ティアは一瞬いぶかしむような目をしたが、何も問わなかった。

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