敵襲 〜トピ〜
夜。ティアは隣で寝息をたてている。
(こんな時に寝られるなんてね)
襲われるかもしれないのに。と、ティアが一瞬呼吸を変えた。同時に、
(来た…)
表に人の気配がある。ティアは寝ていた訳ではなく休んでいただけのようだ。それはそれで相当な勇気だが。闘う前、休める時に休んでおこうというのは実に理にかなっているのだが、だからといって出来るかと言われればなかなか難しい。
刺客はひたひたと近寄ってくる。気配を殺してはいるものの隠しきれない殺気が静かに押し寄せてくる。
(一人、いや、二人か?)
気脈に接触を図る。
(二人だ)
意識を引き戻した時、ティアはもう床の中にはいなかった。慌てて見回すと戸口にしゃがみこんで表を窺う彼女が目に入る。
(行動が早いよ)
僕も剣を持って静かに戸口に向かった。お互いに気配は全くない。
(来る)
次の瞬間、ティアが表に駆け出し、一人目の刺客が襲って来た。
(二人目は?)
はっと、上に目を転じる。木の上から降ってくる人影。
「ティア、上だ!」
叫ぶのと同時に礫を打つ。
(外したか)
礫は急所を外したが、どこかにかすったようで、二人目は空中で体勢を崩した。そのすきにティアも間合いをとる。僕は戸口から走りでるとティアの背を守るようについた。再び、両者が接近して…。
「耳黒子?」
ティアがつぶやいた。
「え?」
返答はなかった。風が動き、刃が襲って来る。ティアが背後で打ち合う音が聞こえた。それに気をとめるまもなく、
「っ」
無言の気合と共に剣が突き出される。突き刺すことに特化した細身の刃だった。体をひねりながら避ける。服が切れたが、体には当たらなかった。
(危ない)
防具の類は一切身につけていないのだ。だが、毎日ティアと鍛錬をしていたおかげで闇の中でも相手の動きを見切る事が出来た。
「やっ」
一瞬の隙を突き、相手の首筋に剣を振り下ろす。だが、一瞬、ほんの一瞬だけためらった。人を殺すための訓練を受けてきた筈なのに。それにためらいを抱き始めたのはいつからだろう。
(僕は、人を、殺す)
そのわずかな隙に相手が再び刃を繰り出す。
(避けきれない!)
せめて急所は外れるように体を開いた。痛みを覚悟し、風を切る音がして、
「かっ!」
(え?)
目の前の相手が血を吐いた。背に深々とティアの刀が刺さっている。断末魔の痙攣がいまだ続いていた。たった今まで剣を交え、闘っていた相手が今はもう冷たい骸となって僕の足元に転がっていた。
(は?)
振り返るとティアが地面を転がる所だった。素手だ。そのまま相手に向かって半身になる。相手が剣を構えなおすのが見えた。
(ふざけるな、死ぬ気か?)
こんな状況で頭に血がのぼる。
「ティア!」
叫ぶと、振り返ったティアが走って近寄って来る。僕もそれに駆け寄った。
「使え!」
自分の剣を渡す。わずかに頷いた彼女は腰を切って振り返った。僕は死体からティアの刀を抜く。ティアが半身に構えた。そのまま、
(ティア?)
まるで背後の僕を守るように左手を広げる。
「トピ、手を出さないでくれ」
それは懇願だった。
「ティア?」
木立の中に駆け込んで行く。慌てて後を追うが、見失った。何より、
(手を出さないでくれ)
懇願した彼女の声が足かせとなって自分を引き止める。いや、そんなの言い訳にもならない。怖がっているだけじゃないか。どれくらい待っただろうか。耳を澄ませても何も聞こえない。一年よりも長く感じられた。ごめん。ティア、本当にごめん。がむしゃらに駆け出す。
「ティアー!」
誰も答えない。木立が僕の声を吸い込むだけ。
(こんな日が、前にもあった)
ティア、答えて。頼むから。
*
「ティア!」
彼女が森から出てきた。左腕が血に染まり、だらりと垂れている指先から、鮮血がしたたる。怪我をしているのは明らかだった。
「ト、ピ」
どこか惚けたような目をしている。
「トピ、が無事で、よかった…」
真っ直ぐに僕を見据えた彼女の顔の右側は返り血で真っ赤に染まっていた。まるで華が咲いたかのように。




