敵への備え 〜トピ〜
「さて、状況を整理するとしようじゃないか」
ティアが危ない思いまでして情報を集めてきたのだ。せいぜい有効に活用してやらなくては。ティアが再び紙を開く。
「ったく、こりゃ私の字じゃないな。えーと、綺麗だがぶっきらぼうで近寄りがたい少女を探している男がいる。私のことか?…そうだったんだ。『私』より五つは年上に見えた。…誰だろう。トピ、化粧をした私はいくつに見えた?」
書きつけを読み上げてティアがいう。淡々と読み上げる姿勢は明らかに他人事で、綺麗だと言うくだりに喜ぶことも、ぶっきらぼうで近寄りがたいと言うくだりに憤ることも苦笑することもしなかった。唯一の反応といえば筆跡が変わっている事に自分で驚いた事くらいだ。なんというか、自分に関する他人の意見に対して淡白なのだ。こんなところはどれほど付き合いが長くなっても新鮮で、驚かされる。
だから僕も一々突っ込まずに淡々と訊かれた事に答えていく。なるべく客観的に、正しく。
「十七くらいかな」
背も高い方だし、謎に色っぽかった空気が実年齢よりも上に見させていた。女ってのは化け物だな。
「そんなものか。とするとそいつは二十前後ってことだよな。若い。そんなやつたくさんいるからな。村の全員を知っているわけじゃないし。特定は難しい」
ため息をつく。
(村の全員を知らないって…)
なんでもないように言うが十四年も村で生きて分からないものなのだろうか。ティアの事だ、お世辞にも社交的とは言えない。「牙」の大きさを知らないのでなんとも言えないが…。
「分かった事をまとめると?」
「一つ、とりあえず公に私達を探しているのは男。二つ、そいつは二十歳前後。三つ、特定は出来ない」
僕も付け足す。
「そして見つかるまでは時間の問題」
ティアがため息を吐く。困ったような、少し怒っているような顔をして。自分までため息をついてしまいそうでしっかりと口元を引き締めた。昨日ティアが化粧をした時、彼女はとても綺麗だった。美人だと思った。かなりけばくはあったが、それでも。そして今朝、ティアの顔を拭っていた時、彼女は化粧をしなくても、いや、化粧をしない方が綺麗だった。とにかく美人の部類に入ることに気づいた。むしろ何故今まで気づかなかったのか分からないくらいだ。野生的な仕草や、いつも身なりを気にしない事に騙されていた。
よく焼けた浅黒い肌に、通った鼻筋とややきつめの目元。そして何より、青みがかった黒の瞳。あの瞳に初めて出会った時から惹きつけられた。あまりに澄んでいて、人の考えを見すかすように目の奥底を覗き込んでくるあの瞳。あれにまともに見つめられて潰れない人などいるのだろうか。
(今まで母親以外の人を綺麗だと思ったことなんて一度もなかったのに)
ましてやティア?槍の穂先を飛ばして鹿を狩るような少女が?こんなこと考えたなんて知られたらどうなることやら。
僕は鍵のついた箱にそっとその思いつきをしまった。




