帰る所 〜ティア〜
「…うまい」
汁をすすって思わず声を上げる。あまり物しか使っていないはずなのに、トピの料理は美味しかった。能力を使った後は心身ともにかなり疲れる。その体に染み入るような味だ。母の味とも、父の味とも違うのに不思議と懐かしい。純朴なのに飽きの来ない味。私はそこまで食べ物にうるさくない。食べ物であると言う事に間違いがない範囲ならどれほど不味くても食べられる自信がある。例外は汁物で、これにはこだわる方だ。だが、私でも作れないだろう、この味は。
「おまえ料理ができるなんて一度も言わなかっただろう」
「訊かれなかったからね」
…言う気がなかったんだろう。まったく。だが、考えてみれば当然だ。父も料理が出来たし、叔父も…叔父も料理が出来た。トピが出来ない理由の方がないか。
「何を使ったんだ?」
買いためていた食材はもうそんなに残っていなかった筈だ。そろそろ新しく買いに行かなくてはと思っていたのに、具の量も少ないとは感じない。味がしっかり出ているのと、大きすぎず小さすぎず切ってあるせいか。こいつ本当に万能だな。
「ご飯に肉と野菜を混ぜこんだ。汁は山羊の乳に塩を入れて、街で買った野菜、裏で採れた山菜が具。この前の味噌の漬けこみ肉に入っていた味噌も少し入れた」
「最初からおまえに料理任せればよかった」
私もそこそこ出来るつもりでいたが、彼は別格だ。二人組の料理当番にしようか。
「そう言うと思ったから言わなかったんだよ。あのな、僕が料理までしたらティアは何をやるんだ?」
完璧に呆れている。金茶の瞳が輝いていた。
「…」
反論できない。いや、私だってかなり色々とやっている。やってはいるが…。
「ティアの飯も十分うまい。僕がうますぎるだけだ」
トピが慰めているのだか馬鹿にしているのだかわからないような事を言った。おそらく馬鹿にしているのだろう。
「はっ」
鼻で笑ってようやく心が落ち着く。トピの所に、彼がいる所に帰って来れた。彼がくれた名に戻って来られた。私は誰?私はティアノン。それがどれほど安心な事か。(お前がいるから『仮面』を使えるんだよ)もし、トピがいなかったら、私は。
「ティア。おい聞いてるか?」
「ごめん。なんの話だ?」
「早く食べろ。冷めるぞ」
「分かってる」
不意に視界が滲んで、私は俯いて首を振った。今更のように自分が緊張していた事を思い知る。人の前で、それも遊びや訓練でなく明確な目的を持って能力を使ったのは初めてだった。帰って来られなくなったらどうしようと何度も考えた。
でも、トピの所に帰って来れた私は間違いなく私なのだ。これだけは間違いない。
遠雷が聞こえる。春が、終わる。




