帰る所 〜トピ〜
はっきり言って、ティアの力があんなものだとは予想していなかった。眠り続けるティアの顔をそっと拭いながら悔しさに唇を噛み締める。あそこにいたのはティアの顔した別人だった。暴漢に襲われた時、てっきりティアが反撃するものと思っていたのに、彼女ならたやすく反撃できると思ったのに、彼女はひたすら怯えるだけだった。正直、肝が冷えた。文字通り別人になると、彼女はちゃんと言ったのに、甘く考えていた。帰ってきて猛省したものだ。
ティアに何かあったらと思うと腹の底から怯えが這い上がってくる。ティアに傷をつけるなんて許さない。礫を打ったのは僕だ。あの程度のやつなら軽く脅すだけですんだ。それなのに二発目を放ってしまったのはなぜだろう。一発だけで効果はあったはずなのに。むしろ証拠を残さない方が良いと頭では分かっていた筈だ。ティアに触れるなと思った。汚らわしい、と。あの時…。
*
「トピ?」
ティアが目覚めた。青みがかった黒の瞳がぽかりとあいて僕の目を覗き込む。その目があまりにも澄んでいて、恐ろしかった。ティアは時たまこんな目をする。相手の目の裏側まで覗き込もうとするような目を。いや、相手の魂まで吸い込んでしまいそうな目を。
「目、覚めたか」
何かを思い出そうとするように眉をひそめる。そしてはっとした顔をした。
「っ!化粧落とさないと」
何かと思ったらそのことか。
「もう落とした。心配するな」
ティアならきっとすぐに落としたいと言うだろうと思ったから。
「あり、がとう」
「何か分かったか?」
分かってないことが多すぎる。敵の姿が分からない事が、闘いにおいては一番恐ろしい。分かれば、対処法も自ずと見えてくる。闘いに備えなければ。
「右の袖の中。紙が入っている」
「紙?どこで手に入れたんだ」
そんな物頼まれていないし、無論買ってもいない。紙は決して安くないから。
「トピが買ってくる揚げ物があっただろう。あれの包み紙を使ったんだ」
気づかなかった。たしかにあれも紙だが、あんな物を使うなんて。
「よし。朝飯食べてさ、それから取り掛かろうよ」
「分かった。何か作ろうか」
そう言ったティアが起き上がろうとするのを手で押しとどめた。
「ティアは寝ていてくれ」
ティアが眉をひそめる。何を言い出したのかと言う目だ。
「僕が作る」
僕は予備の帯を襷がわりに締めると料理を始めた。
(僕の腕も捨てたもんじゃないんだよ)
久しぶりに握る包丁の感覚。ティアが喜んでくれるといいな。せめてもの贖罪に。お前は憶えていないのだろうけど、ティア、ごめん。ティア、許してくれ。もう二度と同じ間違いはしない。




