仮面 〜少女〜 挿絵有り
少女は、街にいた。いや、少女というには少し大きいだろうか。彼女は自分の美しさを自覚し、それの使い方を心得ていた。手頃な酒場に入る。入った瞬間、中にいた者たちの視線を痛いほど感じた。女は妬みや羨望の入り混じった視線、男は露骨に値踏みする視線を向けてくる。
「ねえ、飲み物をいただけない?アタシ、喉が渇いているの」
酒場の主人に声をかけるとすぐに酒が出てきた。少し口に含み、頭をそらせるように飲み込む。そのまま目を閉じて唇を舐めると感じる視線がいっそう濃くなった。
「アタシの妹知らない?」
あえて無邪気な口調で問う。
「ああ?どんな妹だ?」
「嬢ちゃんの妹だ。さぞかし可愛いんだろうよ」
下卑た笑いが起こる。
「アタシとは全然違うわ。綺麗かもしれないけど、ぶっきらぼうで近寄りがたいもの」
「ああ。ついこないだもそんな事言ってたやつがいたな」
「男?」
「男だ。あんたより五つは上に見えた。なんだ、嬢ちゃんのいい人か?」
「ぜーんぜん違う。彼ったらアタシの妹に浮気してたの。ひどいと思わない?捕まえて思い知らせてやらなくちゃ。よりを戻す気は全くないけどね」
男達の視線が露骨だ。だが、全身を這う視線に彼女がたじろぐ様子はない。
「彼が来てもアタシのこと、ナイショにしてくれる?なんか恥ずかしいもの。でも、今日会えなかったらもういいの。アタシ、遠くに行くんだ」
女達がじろりと見つめる。
「へえ、そいつは残念だな。で、どこへ行くんだ?」
「ふふふ、ひ、み、つ」
手を出される前に退散しよう。そう思って彼女はかたりと盃を置いた。
「お代。今日は楽しかったわ。また来たいくらい」
少し多めに金を払う。
「お釣りはとっておいて。アタシからの置き土産」
女達の視線には敵意が混ざっている。酔いはまわっていないけど、少し遠回りして帰ることにした。と、
「きゃ!」
いきなり路地から人が出てきた。
「よお嬢ちゃん。あんな所に来て、色気ふるって、ただで帰れると思うなよ」
下卑た声。抱き竦められる。やだ、やめて、さわらないで、だれかたすけて!
「うお!」
え?男が急に離れた。押さえた額から血が出ている。ピシッ!音がして、壁になにかがめり込んだ。
(礫?)
「ったく。嬢ちゃんのいい人はまだあんたにご執心なのかね。興ざめだぜ」
男が吐き捨てるように言った。思いっきり肩を押されて地面に転がる。そのまま男は去っていった。
(誰だったの?何故アタシを守ってくれたわけ?)
路地の奥で人影が動いた気がしたが、気のせいだったのだろう。急いで帰る。帰る?どこへ?馬鹿な。来たところへだ。森に入って行くにつれて妙な感覚におちいった。家が見える。いや、家なんて代物じゃない。だが、あそこが「来たところ」だ。戸口に誰か立っている。少女の中で彼を懐かしく思う気持ちと彼を警戒する気持ちが生まれた。だが、体は前に進もうとする。戸口の少年が一歩踏み出した。
「おかえり。ティアノン」
ティアノン。ティアノン。ティア、ティア、ティア…頭の中で誰かが叫んでいるようだ。地面に倒れる寸前、少年に抱きとめられた。
「ただいま、トピ」
それが言葉になったかはわからない。ただ、かろうじて笑みを浮かべた。少女は、私は暗闇に呑み込まれていった。




