住まうは闇夜 〜ティア〜
「だめだ。すっかり体がなまってる」
額の汗を拭って思わず苦笑いを浮かべた。この程度でこんなに汗をかいて、我ながら信じられない。殺されかけてから短剣以外の武器はふるっていない。その短剣だってトピの物を借りていたのだ。当然時間は限られる。小屋の周りの空き地でひさびさに握った刀は記憶していた物よりも重く感じられた。もっとも、盗んだ物なので文句は言えないが。
「いや、これだけ鍛錬をなまけておいてこれだけ動けるのはすごいと思うけどな」
失礼な。
「なまけてたわけじゃない。場所がなかったんだ」
「そうかい、わかったよ」
ちくしょう。絶対信じていないだろう。
「相手するよ。ティア」
望むところだ。刀の鞘を十字に縛ると、下段にひっさげて相手を見つめる。勝てるなんて、思っちゃいない。明らかにこれまで活動量が多いのは彼だった。ただ、負ける気などない。
トピは同じく鞘を縛った剣を引くように構え、半身になる。ふっと気が満ちて、刀を切り上げた。トピが受け止めて体をひねりながら蹴りを放ってくる。紙一重で避けるとすかさずトピが突きを出してきた。自分の体勢が崩れるのが分かる。その崩れを利用して地面を転がり、一度間合いをとった。鞘はつけてあるものの当たれば痛いし、お互い手加減する気はない。体は少しずつ闘いを思い出しているようだ。次第に考えるより前に体が動くようになってくる。と、トピが駆け寄ってきた。その勢いのまま突きを出すと見せかけて上から切り下ろしてくる。とっさに足をはらう。
(勝った?)
しかしトピの胸に突きつけるそのひらめきより一瞬先、ほんの一瞬先に首筋にトピの刃を感じた。寸の間見つめ合い、構えを解く。
「あーあ、負けちまったよ」
座りこんでつぶやく。首筋から汗が滴った。頰が火照っている。
「僕は、正直に言うともっと楽に勝てると思っていたよ。だめだな、こんなんじゃ」
こんなものでは追っ手に勝てない。生き延びる事が出来ない。
「槍を作りたい」
最後にあれをふるったのはトピと狩をした時だ。やめよう、思い出したくない。
「今すぐには無理だよ」
「分かっている」
こっちが大した得物を持っていないのはばれているだろう。とすれば、武具屋なんて刺客の張り込みが厳しい所の最たるものだ。
「とりあえず柄の部分だけつくってしまおうかな」
「そうだね」
ところで。トピに向き直る。
「今晩街に出るよ」
「は?絶対に行かせない。お前に闇を見せる訳にはいかない」
反応が速すぎだ。きっと何度も考えた結果なのだろう。だけど、
「これだけは譲れない。第一、私は既に闇を見ている。縛り付けられても行くからな」
睨みあってどれくらいの時間がすぎたか、トピが目をそらした。
「分かった。だけどこれだけは約束してくれ」
なんだ。首を傾げて先をうながす。
「絶対に体を売るような真似はするな。今日だけじゃない。これからもずっとだ」
正直に言うと夜鷹となって声をかけ、手を出される前に逃げると言う手を考えなくもなかった。が、トピが言うならそれは選ばない。
「ああ。絶対に」
金茶色の目の奥底まで見据えるように目を合わせると、トピはやっと頷いた。
「よくみておくといい。自分がどんな化け物と行動を共にしているか」
彼がなにかを言いかける。胸の奥底でなにかがうずいた。それを直視したくなくて、私は小屋に入った。森のどこかで、かえるが鳴いた。




