影に住まう者 〜ティア〜
「宿に泊まるのはやめよう。足がつくし、いざという時に逃げられない」
「確かに」
全くその通りだ。私達は捕まるわけにいかない。生きるのだから。そう決めたのだから。街を出て森に入るとほど近い所に捨てられた小屋があった。狩人や樵が街へ売りに出た時に使う小屋だったのだろう。戸を開けると蝶番が悲鳴を上げ、閉めると小屋全体が揺れた。
「ボロいな」
「ないよりいいだろ」
そう答えたトピがかまどを指差す。前の住人が置いて行ったらしき鍋が一つ転がっていた。かなり古そうではあったがしっかりと作られているそれは穴もない。買ってきた鉈で薪を作ってかまどに火をおこし、ようやく人心地ついた頃にはもう表は暗くなっていた。トピが買ってきた肉を串に刺し、火であぶる。さて…。
「で、何故おまえは街へ来た事があったんだ?」
説明すると言った。忘れたとは言わせない。トピがため息をついた。胡座をかいて私に向き直る。
「『ナダッサ』の中では村によって特定の場所での戦闘に特化させる訓練をするんだ。思い出してみてくれ。『牙』は森での戦闘に特化している筈だ。『森の影』と呼ばれる集団なんだよ。そして『翼』は街の中に特化しているんだ。だから『街の影』そして『鉤爪』は室内が専門だ。なんと呼ばれているかは、もう分かるだろう?その他の村もその三つのどれかのはずだ」
「は?ちょっと待て。『ナダッサ』は皇帝の近衛兵として仕えているんだろう?室内は分かる。皇宮で襲われた時のためだろう。街も分からないでもない。だが、皇帝は森の中には来ないだろう。何故そんな役回りが必要なんだ。選出されたやつならある程度はどこでも闘える。だがそれならわざわざ特化させる意味がないじゃないか」
むしろどこでも最高の状態で使える奴がいた方がいい。そんなこと私にでも分かる。
「察しがいいね。だけど、事実は一つじゃない。『ナダッサ』は、皇帝が使う刺客集団でもあるんだよ。悲しいことにね。僕らは皇帝の影に住まう者なんだ」
淡々と言うトピは悲しそうに笑った。そういえば思い当たる節がある。暗器の訓練を受けたのも、毒物の扱いを習ったのも、木々の間を飛び回ったのも、そして変装も全てそのためか。七つまでは神の子。十五までは村の子。十五を過ぎたら…きっと近衛兵兼暗殺者として働き始めるのだろう。
「何故トピはそんな事を知っている?」
「十三の誕生日に、父さんから聞いた。こんな事教えたなんて知られたら怒られるから秘密にしてくれって言われたよ。僕たちは生まれつき移住民よりずっと身体能力が高い。こんなにも強いのにまるで昼も夜も逃げまどう鼠のように弱いんだ。冗談きついだろう?だけど事実なんだよ。父さんは諦めたようにそう言ってた」
肉を口に運ぶ。
「答えになったかな。それとももう少し情報を整理した方がいいかな」
ああ。
「つまり私達は特別に訓練を受けた暗殺の徒だと?」
トピは頷いた。なるほどね。意思を殺し、皇帝の代わりに手を汚す。そこに存在意義を見出された集団。それがナダッサか。…ふざけるな。
「…分かったよ」
「僕が質問する番だね」
顔を背ける。トピを誤魔化せるなんて思っていなかったが、それでも隠したい事はある。いや、分かっているのだ。隠したままではいけないという事は。
「何を買ったんだ?ティア」




