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狼の仔  作者: 加密列
第三章 真名
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街と秘密 〜ティア〜

「はあー」


トピが大きく伸びをした。


(本当にこいつは肝っ玉が大きいのか、鈍感なのか…)


結果から言うと山を降りるのは拍子抜けするほど簡単だった。追っ手にも出会わなかったし、方向を間違える心配もない。跡を消すのは私の得意分野だ。私もトピも大して跡を残さないからほとんど仕事はなかったのだが。


(ただ…)


街に入ってからが私にとっては修羅場だった。森から出たことのない私は街の猥雑な様子に圧倒され、早くも疲れを感じていた。一方のトピはといえば落ち着いた様子で店を見て回り、あくびまでしている。街に慣れているというようだった。これに慣れるなんて私には理解できない。そもそも人ってこんなに沢山いたんだな。


「なあ」

「ん?」


これ以上ないというほど無邪気な顔をしてトピが首をかしげる。剣を引っさげていた彼とは別人のようだ。


「街に来た事があるのか?」

「ああ。あるよ」


いともあっさりと認める。思わずため息を吐いた。


「どうして?」


私はこれが初めてなのに。


「あー。聞いてないのか、もしかして」


そう言いながら一人で頷いている。勝手に自己完結させるな。私には全く分からない。


「何を聞いてないんだよ」

「『大いなる約定』って分かるか?」


…馬鹿にするな。


「そのくらい分かる」

「内容も分かるな?」

「何がいいたい」

「『ナダッサ』は皇帝に兵を差し出さなければならない。そして、村によって役割が決まっている」

「は?なんだそれ」


皇帝がどうのって話は聞いた事がある。だが、村によっての役割ってなんだ?聞いたこともない。


「長い話になるよ。夜になって寝る所が決まったら話す」


ちくしょう、もったいぶりやがって。そう言われたら何としても聞き出してやるという決意が芽生える。努めて肩の力を抜き、周りを見回して余裕を作ろうとした。このティアノンが街ごときに振り回されるなど言語道断だ。断じてあってはならない。そう思ってなんとなく全身がくすぐったかった。自我として信じられる自分がある。それが嬉しかった。


村にいた頃は自分が誰かなんて思いもしなかった。村の決まりを守っていさえすればそれでよかった。だけど、今ここではとてもそんな事では生きていけない。自分の意思で物事を決めなければ。その自由は心地よいと共にあまりにも恐ろしいけれど、でもトピがいるならきっと大丈夫だ。私は誰?私はティア。


ふと見ると山の方の店は一つも営業していない。一つ残らず戸から窓までぴたりと閉じて暖簾も看板もない。こちらの賑わいとは対極すぎてどこか異様ですらあった。だが、皆素知らぬ様子で通り過ぎていく。


「あそこは?」

「ああ。夜の街だ。飲み屋や賭博場、それに遊郭なんかがある」

「そうか」


なるほど、道理で。文字通りこちらが陽であちらが陰なわけだ。


(あちらの方が情報が集めやすいかもな)


そうこうしているうちにもトピはいくつかの物を買い揃えていく。手慣れたものだ。私にはとても無理だな。



しばらく歩いているとトピが唐突に言った。


「僕は買い物するからさ、ティアもなんか買って来なよ。それと、服は自分で買えよ。待ち合わせはあそこの飯屋の前でどうだ?」

「あ、ああ、いいよ」


一つ返事で了解すると


「じゃあ、またすぐ」


トピはあっという間に踵を返して人混みの中に消えていった。



(ったく、私を置いて行ってどうしろというんだ)


私はここじゃ何も分からないというのに。本当に鈍いやつだ。いや、もしかしたら気を使わせたのかもしれない。男と一緒に肌着は確かに買いにくいから。でも、本当に必要な時、彼は私を助けに来てくれたからな。いつも頼りっぱなしは癪だ。分からない事は学べばいい。自分で決めてみせる。


(とりあえずあれと、これと…)


私はきりと顔を上げると街道を歩き出した。口元にかすかな笑みを浮かべながら。


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