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狼の仔  作者: 加密列
第二章 逃走
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決意

少女


彼は大丈夫なのだろうか。酷くうなされていたし、顔色も悪かった。見ている私が苦しくなるほどだ。悪夢を見るほど無理をしているのだろう。それなのに気丈に振る舞い、予想に反して帰るとも言い出さない彼のことが分からない。


どうしてそんなに私にこだわる?だって私についてきてもいい事は何一つなく、悪い事は山ほどある。ツィンには私の事など忘れて元の世界に戻って欲しかった。人を殺すような世界に入ってきてほしくない。彼に、人を殺させたくない。私についてきていたらきっとそれは無理だ。だって私はすでに人殺しなんだから。だからきっとぶん殴ってでも置いていった方がいいのだ。


その一方で、意識の奥底に彼に帰って欲しくないという気持ちもある。絶対に認めたくはないが、否定できない。もう二度と会えないと思い切っていたのに、もう一度会えるともう彼に執着している自分がいる。もっとも、私がそう思っている事など意地でも彼には悟らせないが。ただ、ツィンがそのことに無理を感じているのなら、隠さずに告げてもらいたい。その方がいいことは確かなわけだし、彼には私についてくる理由の方がないのだから。要は信頼の問題だ。


そういう私も偉そうな事を思っておきながら彼は私の対の子だろうということを隠している。私たち二人の問題なはずなのに、まだ胸の内に秘めたままだ。彼に正直に告げられない理由は、それを聞いた、やつの反応が予測できるから。


(僕の生まれは『牙』なのか。それなら『牙』へ行ってみるよ)


となることは、彼に限ってまずない。そこまで馬鹿じゃない。そしておそらく彼がとるであろう行動は…


(じゃあこうして一緒に逃げているのはなるべくしてなった事なんだね。僕はお前の片割れなんだろう?何があっても帰ったりしないから)


とまあこんな感じだろうか。少なくとも前より私と共にいる理由を与えてしまう。そんなの私が決めることではないと頭ではわかっているのに。


(要するに彼を信頼していないんだな)


こっそりと苦笑する。だけど、もし、この岩穴を出て行くときは、その時はきっと、彼に話そう。私はおまえの対の子なのだと。


「今は…」


思わず口をついてでた言葉に彼が首をかしげる。


「いや、なんでもないよ」


そう言って背を向けた。


(今は、もう少し待って)


逃げだと分かっている。嫌になる程自分が自己中心で考えているとも。だけど、もう少しだけ時間をくれ。…頼むから。



「ツィリ」

声をかけられて顔を上げた。


「あんまり考えすぎない事だよ。僕もいるんだから、一人で背負いすぎるなよ」


黙って頷いた。首を絞められているみたいに息が苦しい。少年は黙って、少し悲しそうな顔をした。そんな顔をしないでよ。お前にはとても似合わない。私は、お前にそんな顔をして欲しくない。



***



少年


困ったのは、食料だった。彼女はここを出るわけにいかない。それは明らかだ。だって狙われている身、逃げ出した罪人なのだから。そして僕もあまりうろつかない方がいい。罪人を拐かし、共に逃げている張本人なのだ。歓迎されるわけがない。

状況整理。ツィリは、そしておそらく僕も、今や追われる身だ。もし捕まってしまったら、きっと。


「ツィリ。もし僕らが捕まったら…」

「縁起でもないこと言わないでくれ」


即答で彼女が返す。ほとんど口を利かぬ時もあったのに、ようやく、少しずつではあるが持ち前の鋭さが戻ってきて、こうして切り返してくる。それだけのことが無性に嬉しかった。ツィリに言い返せる事が楽しい。ツィリが言い返してくれるのが嬉しい。一人で喋っても虚しいだけだから。お前を助け出して本当によかった。


「黙って聞け。そしたら具体的に僕らはどうなる?僕も『牙』で裁かれるのか?」


もし、そうだとしたら。これにも即答されるかと思っていたが、彼女は少し考える様子を見せた。


「まず、後の質問だが、おそらくそうだろう。『翼』にもお伺いがたつかもしれないが、形式だけだ。次に最初の質問だが、いくつか選択肢がある…」


冗談だろ?


「具体的には、殺すとか…殺すとか…殺すとかだ」


本当に冗談だったのか。こんな時にこんな冗談を言えるなんて性格が悪い。何を考えているんだ、ツィリは。


「ちっとも笑えないよ。なんの解決にもなってないじゃないか」


思わず大きな声が出て口に手を当てた。彼女についてきたからには当然死も覚悟していないこともないが、やっぱり僕は死が怖い。怖いものだとあの時知った。死にたくない。殺されるなんてもっての外だ。死んでも生きるために足掻き続けてやる。


「出来るだけ楽観的に考えようと思って。選択肢があるつもりだったんだ。ふざけた訳じゃない。まあ、どう楽観しても…」

「分かった。もういい」


もう一度状況整理。捕まったら殺される。そして僕らは死ぬ気はない。絶対に生きたい。だから、僕らは逃げなければならない。殺されないために。生きるために。だって、僕達がここにいる事になんのご立派な理由も使命もないのだ。ただ生きたいから、彼女に生きていて欲しいから、僕は彼女を助けに行った。本当にそれだけだけど、だからって馬鹿にされるような事じゃない。生きることだけが僕らのしなければいけないことだ。


「生きよう」

「当然だろ」


即答で応えたツィリが笑顔を見せる。それは乾いた形だけの笑みではなく、心からの笑みだった。彼女は生きようとしている。それだけではっとするほど安心した。生きると心が決まれば自ずと解決策も湧いてくる。僕も彼女も、まだ大丈夫だ。こんな状況でも笑いが溢れる。ようやく、心から。


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