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狼の仔  作者: 加密列
第九章 想う人
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街での用事 〜トピ〜

岩穴の入り口は大きい。だからいつも住んでいる枝道の入り口に戸を建てることにした。岩穴の前を通った者には戸が見えない。一見ではただの岩穴に見える筈だ。隙間のある戸だが、それでもかなり寒さを抑えた。蝶番もなく、立てかけただけのようなそれだが、かたりと閉めると確かにここが家なのだと、そう思った。


袈裟懸けに背負った袋に毛皮を入れ、懐には短剣と金。そしてティアの巾着には短刀と石英らしきかけらが入ってるはずだ。


「寒いな」


本気で言っているというよりは状況に合わせて言葉を発したというような感じでティアが言った。サグミドの寒さに鍛えられたお陰で、僕もティアもこの時期最低限の上着しか身につけていない。


「行くぞ」


岩穴はほんの少し岩を登った所にある。冬ならかなり危ない。道という道はないからだ。普通の人なら岩にへばりついて降りるのにかなりの時間を要するだろう。とはいえ僕たちには通用しない。岩を見て瞬く間に順序を組み立てていたのだが、ティアはさらに強者だった。


「凍ってはいないんだな」


そういうといきなり飛び降りた。


「ちょっ、ティア⁉︎」


ほんの少し登った、とはいえ普通に飛び降りて助かる高さではない。慌てて駆け寄るとわずかなくぼみや出っ張りに足をかけながら器用に蹴りつつ下に飛び降りて行く。


羚羊かもしか?)


思わずそう思った。確かに蹴りながらなら衝撃がかなり軽減される。それでもあれは人間業じゃない。あっと言う間に下に降り立ったティアは


「早く!」


と呼んだ。しょうがない。ティアに倣って飛び降りる。意地だった。次々に岩を蹴りながら降りる。冷や汗が噴き出したが、落ちたらどうしようなどと考える暇もなかった。気がつくとティアの目の前に降り立っていた。


「いい運動になったろ?」


確かに暑いくらいではある。頰が火照って、きっと赤くなっているんだろうな。が、改めて見上げると(嘘だろ…)あんな高い所から身を躍らせたのか。歩き始めたティアがつと振り返った。


「初めてにしては上出来だったな」

「分かっていたのか」

「やった事があるのだったらこの前木を切りに行った時にやっているだろう」


なにもかもお見通しって訳か。


「大丈夫だよ。落ちたら受け止めてやっていたから」


にやりと笑いながら彼女が言う。ちくしょう、笑うなよ。


「街まで競争」


そう言って駆け出した。


「ずるいぞ」


抗議の声を上げてティアがすぐに追いついてくる。振り返ると頰を上気させ、にっこりと笑い返してきた。頰の傷が弓なりに曲がる。少し足を緩めるとすぐに隣に並ぶ。その手をしっかりと握った。


「離すなよ」


そう言うと


「余計な事言ってると息が上がるだろう」


握る力がかすかに強まった。息が白かった。

森の切れ目が見え、遠くから街の喧騒が聞こえてくる。


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