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狼の仔  作者: 加密列
第九章 想う人
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街での用事 〜ティア〜

「この国はアミダン帝国よりも暖かいんだな」


そう言うと


「それはそうだ。ずっと南に向かっていたんだから」


釣竿を削りながらトピが答えた。何か馬鹿にされた気がしてむっとすると


「とはいえ、ナダッサの村があるのはサグミド山脈の上の方だからな。アミダンの中でも寒いと思う」


なだめられたのかなんなのかよく分からない。火はもちろん必要だが、火のそばで重い毛皮を着て熱い鍋をすすった、村の冬のような痛いほどの寒さはない。


「私は久しぶりに鍋が食べたいな」


無理に決まっている。鍋のような調理道具は何一つ持っていないのだから。だが、


「街に降りれば店があると思う」


トピは意外にもそう答えた。


「少しくらい店に行ったりしてもいいんじゃないか」

「そうかな」


公共の場に行くのはやはり控えた方がいいのではないだろうか。


「それに街にはいかないといけないだろう。毛皮は金に換えないとならないし」


罠で獲れたのはほとんどが兎だったが、それでも冬には高めに売れるはずだ。


「それじゃあ」


ふと思いついた。


「那幾も誘おう。三人なら情報を撹乱出来る」


あの少年に久しく会っていない。


「とりあえずティアの抜糸が終わってからだからな。明日にでも抜けると思うけど、絶対に無理はするなよ」


怖いほどに念を押された。


「よっぽど私は信用がないんだな」

「立てるようになったと思った途端槍を振るおうとする女にはこれでも足りないくらいだ。若いからいいものの、無茶をするのはよくない」


若いから?


「言うことが爺むさい」

「ほざけ」


軽口を叩いているとすうっと風が入ってきた。冬の上着は買ってあったので寒くはないが、それでも指先はかすかに冷たくなった。今日は特に冷える。


「戸をつけようか」


トピが言った。


「ちょうどそれを考えていたところだよ」


いくら複雑な枝道の奥だからといって冷気はかなり入ってくるようになった。


「よし、木を切ってくるよ」


トピが立ち上がる。


「ちょっと待った。その靴で外に出るつもりか?」

「そうだよ」

「論外だ」


言下に切り捨てる。ただの草鞋じゃないか。雪こそ降っていないものの、寒すぎる。こんなに冷えるのに。幸い兎の毛皮が取り置いてあったから、それで簡単な長靴をあつらえることにした。毛が生えている方を内側に、靴に仕立てていく。草鞋を履いた状態で上からかぶせる袋のような物にするつもりだ。


(そういえば)


トピに初めて出会った日には、繕い物が嫌で家を飛び出してきたんだったな。こんなに役に立つのならもっとしっかりやっておくべきだった。



「ほら。即席だから脆いかもしれないけれど、とりあえず今日は保つだろ」

「ありがとう」


鉈を帯に落とし込んで、トピは行ってしまった。


「何するかな」


呟いてからひどく後悔した。トピのいなくなった広い岩穴に、その声はあまりにも虚しく響いたから。ぱちりと薪の爆ぜる音がして、ふと岩穴の奥を見た。まだ入っていない枝道が沢山ある。


(入ってみようか)


水以外にももしかしたら使えそうな物があるかもしれない。



(一つ目は真っ直ぐ。二つ目は右。三つ目は左…)


普段から足音を立てて歩く事はしていない筈なのに、今はその音がやけにうるさい。一度元の光が見えなくなると、入った事を後悔する程に暗く、闇がその場を支配している。このまま出られなければ私は死ぬんだろう。多くの修羅場を己の腕で斬り伏せてきたのに、これほど死を身近に感じた事はなかったように思う。


(大丈夫。曲がった数と方向さえ覚えていれば戻れるから)


即席の松明の灯だけが頼りだ。息をするのさえ惜しく思われる。と、


「嘘だろう…」


闇に慣れた目にいきなり刺した光。松明の火に反射して壁が白く光っていた。


石英せきえい?」


おそらくはそうだろう。最高級と言われる玻璃はりほど透き通ってはいないが、十分に売れる。無論本物であれば。持ち帰りたいが硬そうで、短刀を使ったら刃こぼれするだろう。


(落ちていないかな)


探すと小さめのかけらが目に入った。もう戻ろう。トピも帰っているかもしれない。固く左手を握りしめ、一つ一つの枝道を間違えないように辿っていく。先の見えない中、間違ったらもう元には戻れない。先の方にかまどの灯りが目に入った時には喝采を叫びたいと思ったほどだ。


「ティア!」


トピが弾かれたように立ち上がる。


「どこ行っていたんだ」

「ちょっとそこまで」


おどけて言うと、


「岩穴の奥は『そこ』じゃない」


怒ったのだろうか。


「次からはトピも行こう」

「当たり前だ。二度と一人でいかせない」


やけにむきになる。内心首をかしげると左手のひらにつと痛みが走った。


「そうだ。これ石英なんじゃないかと思うんだが」


トピに渡すとしげしげと眺めて言った。


「それっぽく見えるが、分からない」

「街での用事が増えたな」


顔を見合わせて笑う。トピがいるだけで、その笑いが明るくなる。虚しさは、もうかけらもない。私はこっそりと微笑んだ。


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