手負いの狼 〜トピ〜
二人とも怪我を負っていると食料が困る。狩に行けない。ティアは罠を作っていた。漁師顔負けの手際の良さだ。慣れているのだろう。
「速いな」
「これくらいは目を瞑ってもできる」
…左様でございますか。
「トピ、お前釣竿くらいは作れるだろう?」
「馬鹿にするな。罠だって作れない事はないんだ」
とは言ったものの釣竿とは思いつかなかった。たしかに狩と違って怪我を負っていてもできるだろう。さすがは森に強いティアだ。発想が違う。
「この辺の川ってどこだ?」
首をかしげながらティアが言う。二人とも岩穴からほとんど出ないで生活してきたのだ。水はとある枝道の奥の穴に湧いていたから、川へ行くこともなかったのである。
「罠をかけるついでに探すかな。トピ、お前も来るだろう?」
「無論」
「そう来ないと」
屈託なく笑ったティアは年相応の女に見えた。大人ではないが、もう子どもはとうに過ぎている若い娘に。ずっと一緒にいると気づかないが、ふとした瞬間に初めて出会った時の女の子からだいぶ変わったと、そう気づく。落ち着いた美しさは古びた服装でも色褪せる事はない。普通の娘として生きるのなら、さぞ男を惹きつけることだろう。
(もうその道はとっくに捨ててしまっているのだな、あなたは)
ナダッサとして生きることをやめて、それでも自分の意思で、闘い続けながら生きる道を選んだ。どんなに迷っても、道は結局一つきり。それを運命と呼ぶ人もいれば、冗談じゃないと抗う人もいる。運命なんてくそくらえだと。
ティアは、運命を信じない。僕も、信じない。もう、どうしても信じることが出来ない。父ははめられたのだと言って、その人の信じる運命を変えたかったと言った人に、父を殺した人に、それも運命だとどの面下げて言うんだ?彼女の、友を殺した苦しみを、それを初めから決まっていた事だと、運命なんて言葉で軽々しく片付けられない。片付けさせるものか。僕たちはいつも選びうるぎりぎりのところを選んできたんだから。誰にも文句は言わせない。僕は、ただ自分で選び続ける。もう二度と自分の意思は手放さない。
今更自由なんて言われても困ると思っていた。だけど、今はそうは思わない。僕の命は僕のものだ。
「ちくしょう」
つぶやきにティアが顔を上げた。にやりと笑う。
「本当だよな」
何をティアが感じたのかはわからない。罠を編み上げるその肩が震えていた。笑っている。声をあげずに笑っていた。
「…なんなんだよ」
ようやく発作の去ったティアは目に浮かんだ笑みを消し去ることもせずに言った。
「お前がいてよかった」
「なっ」
思わず絶句した。こいつ、本当にティアか?
「お前今日はどこかおかしいぞ」
「せっかく礼をしたのになんだその言い草は」
あれは礼だったのか?ティアを見つめると相手もじっと見返してきた。その目がそらされるのを見たくなくて、自分から目をそらした。ひどく卑怯なことをした気がして、でもどうすれば良いのかわからない。結局冷たい風を言い訳にティアのとなりに座りなおした。ティアがわずかに腰をずらし、二つの体が密着する。その温かさがひどく尊かった。よかった。ティアが生きていて。僕と一緒に、生きていてくれて。
いつの間にか、冬になっていた。




