姉と妹 〜トピ〜 挿絵有り
「嘘だ、そんなはずない!」
森にティアの絶叫が響いた。ティアの叔父。ティアの父をはめた人。処刑の日、ティアが殺しにくると言い放った相手。それがティアの母の連れ合い?ティアの背中が震えていた。
「本当だよ」
憐れみのたたえられた目。
「私から話すことはもうない」
キィナが剣を構える。ティアが槍を持った手を青眼に持ち上げた。
「手を出すな」
懇願ではなく、それは命令。ティアは、一人で友を殺すつもりだ。そんなこと、させられない。
「馬鹿を言うな。お前の方こそ引っ込んでいろ」
次の瞬間、ティアの槍が唸りをあげ、僕の背中に振り下ろされた。
「うっ」
息がつまる。鞘はしてあったものの、ただでさえ相手はティアだったのだ。前に緊張している時に後ろの味方から攻撃されるなんて普通は思わない。なすすべもなく地面に倒れ伏したその脇をティアが駆け抜ける。
(待て)
本当に、ティアはそれでいいのか。言葉にならない。言葉を発せられない。あらん限りの精神力を振り絞って顔を上げると切り結んだ二人がぱっと跳び離れるところだった。キィナはかなり遣えるようだった。二人とも傷つき、それでも、ティアには敵わない。鞘をした剣を杖にして起き上がる。僕は、何もできない。キィナが振った剣がティアの頭に迫る。転がって躱したティアと一瞬目があった。暗い、どこまでも引き込まれそうな目をしていた。
彼女は本気で、キィナを殺そうとしている。そしてキィナも手加減はしていない。
「やーっ!」
キィナが駆け寄り、剣を振り下ろす。頭を傾けてティアが避け、その剣が回転して切り上げた。ティアの槍がそれを受ける。呼吸のようなものがあり、二人が腰を切って振り向きざまに、キィナが横殴りに切りつけた剣がティアの腹に吸い込まれていく。
「ティアー!」
絶叫した。ごめん、ごめんごめんごめん!キィナの剣がティアの帷子を切り裂いた刹那、ティアが突き出した槍がキィナの胸に深々と突き刺さった。返り血がティアの顔を染め上げる。ティアの血で真っ赤に濡れたキィナの剣が、地に落ちた。キィナが、崩れ落ちる。胸に槍が刺さったまま。まるでそれに引きずられるように、ティアが倒れた。ティアは、死にかけているのかもしれない。
(いやだ!)
体が自分の物では無いように重たく、思うように走れない。キィナの喉がこくりと動いた。
「いや!」
ティアの叫びが聞こえた。駄々をこねる子どものように顔を歪ませている。
「キィナ姉さん!」
血を吐くような叫び。キィナの手がゆっくりと持ち上がり、ティアの背に落ちた。それっきり、動かなかった。
*
気を失ったティアを担いで、小屋に戻る。思ったよりも軽い彼女は、どうしても槍を離さなかった。仕方なしにキィナの亡骸から槍を抜くと、がくりとそれが動いて顔が見えた。彼女は目を閉じて、微笑んでいるようにも見えた。僕は死体を手厚く葬ったり、敬ったりするような教育は受けていない。それも皇帝の刺客としての教えの一つだったのだろうと今なら分かる。死体を、皇帝が殺せと命じた物に敬意を払う事などあり得ないと。
だけど僕はその時、キィナの亡骸に向かって頭を下げた。
*
小屋を開けるとすぐにティアの傷を改める。
(まずいな)
帷子を着ていたから良かったものの、縫わないといけない。縫合はもちろんできる。ティアほど上手くはないかもしれないが。水と火で針を清め、傷口に刺していく。解けた髪が汗で張り付き、血の気の失せたティアの顔は、元々の美しさの上に一種の色気のようなものを感じさせた。そして、どこか消えてしまいそうな儚さも。
(この人も)
まだ十四なのだ。それなのに、父を殺し、命を狙われ、逃げて、逃げて、
(キィナ姉さん!)
姉と慕った者まで、その手にかけた。
(なんと、酷い)
この人は、この小さな体に何を背負ったのだろう。
「ごめん。こんな僕でごめん、ティア」
呟く。自分が何も出来なかった事に、後から後から胸を焼かれる。涙がこぼれたのを、強引に拭った。
「僕は、絶対にお前を裏切らない」
歯を食いしばりながら、この手が朱に染まるのも顧みず、僕はティアの傷の手当てを続けた。




