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狼の仔  作者: 加密列
第九章 想う人
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キィナ 〜トピ〜

終わりは唐突だ。寒さが感じられるようになった日、目の前に立つ女を見ながらそう思った。この数ヶ月、ほんの刹那があまりにも平和だったのだと、そう気づく。


「ティア…」


僕に背を向けた彼女は震えているようだった。買い物の帰り。かろうじて武器は持っていたが、まさかここで刺客に会うとは思ってもいなかった。気の緩みと言うほかない。その刺客に出会った時、ティアの反応は尋常じゃなかった。


「キィナ、どうして」


友人なのだろう。僕たちより年上であろうその女はただ口の端に哀しそうな笑みを浮かべていた。


「久しぶり、五番目の娘。あんたが逃げてから、もう半年以上経つね」


ぽつりとつぶやく。美人と言うほどではないが、ナダッサには珍しい品のようなものがある人だ。大店の娘だと言われても納得できるかもしれない。…抜き身で握られている剣を除けば。まっすぐでこれと言った特徴のない剣だったが、不思議な凄味のようなものがあった。


「私はね、今でもあんたが嫌いじゃない。どちらかといえば好きな方だよ」


それが過去形じゃないことにティアが一瞬顔を上げる。


「そして、私が今のあんたを殺せないといこともわかる。力の差がありすぎるから。だから少しだけ私の話を聞いてほしいの。あんたが知らない、あんたの話よ」


そして、とキィナと呼ばれた女が僕に目をやる。


「君の話でもある。この子の片割れなんでしょう」


他人から認められるのははじめてだ。黙って頷くとキィナはまた微笑んだ。真っ直ぐな目。その視線に覚えがあった。いつか、橋の下で感じた視線。殺気はなく、慈愛さえ感じられたあの視線。

「どちらかといえば好きな方」というのはきっと正しくない。彼女は今でもティアを心から大切に思っている筈だ。


「単刀直入に言うと、あなたたちはただの対の子じゃない。『星の子』でもあるの」


対の子ってところで十分「ただの」じゃない気がするがそう言うことではないのだろう。


「星の子?」


ティアが聞き返す。


「これはおばばから聞いた話」


おばばの名を聞いてティアの肩が一瞬震えた。


「私たちナダッサはかなり身体能力が高い。それは知っているでしょう?」


キィナがいう。


「そして時折『能力者』と呼ばれるものがいることも」


僕とティアが同時に頷く。僕たちは能力者だ。


「大体は異常に身体能力が高かったりするんだけど、時折、別の方に能力が出ることがある」


ティアが首を傾げたのを見てキィナが言った。


「例えばフェンなんかはそう。異常に勉学ができた」


ティアが頷く。『牙』の人なのだろう。


「普通は、一つの能力を発揮したら他は駄目。フェンは武術はからっきしだった。でしょう?」


ティアが再び頷く。


「だけどね、『星の子』は違うの。あらゆる方向に才能を、能力を出すことが可能。それゆえ…」


ひたりと据えられた目があった。


「災いを、あるいは幸福を、どちらかをもたらすという」


そんな!まさかそんなはずはない。だって父さんは…。でも、僕は違う。そんなんじゃない!違うよ。災いの子なんかじゃない。


「ちょっと待った。私たちはそんなこと知らなかった。その証拠はどこにある。いきなりあなたたちは特別ですと言われてはいそうですかと納得できるわけがないだろう」


ティアの低い声が響く。感情を押し殺している声。普段はティアの方が感情で突っ走って僕が抑えているのに、こういう時に冷静なのがティアで僕の方が狼狽してしまうのは何故だろう。


「ツィリ、髪を解いてみて」


ティアの背が震えた。おそらくは驚愕で。


「なぜ…」

「おばばが言った」


そういえば一度もティアが髪をおろしたところを見ない。寝る時でさえ結わえているからだ。水浴びは無論別々だし、そもそも髪を解くことがあるのかさえ知らない。ため息とともにティアが髪をゆわえる布に手をかける。両手の塞がったティアの前に一歩進み出た。


背後でティアの髪が落ちる音がする。


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