譲れない道 〜ティア〜
木漏れ日の差し込む森の中。二本の棒が打ち合う音が響きわたる。私達がやっているのは二人一組で行う槍の型だ。私が受け、トピが打つ。ゆっくりな動きから加速していく。
「そこ!」
一瞬できた隙を打つ。
「トピ、だいぶ良くなったとはいえ、その右脇に隙ができる癖はなんとかした方がいい」
「今日はいいところまで行ったと思ったんだけどな…」
たしかに格段に強くなってはいる。さすがトピだ。だんだん余裕がなくなってくる。追いつかれるのも遠くない。
「よし、午後はティアの剣の稽古だな」
…それがあった。槍以外の得物といえば刀、と育ってきた私にとって、なんとなく剣は扱いづらかった。似たような形なのに、なにかが決定的に違うのだ。が、あるものを利用しなければ生きてはいけない。そして…
「っと」
首をすくめると礫が風を切る鋭い音がした。
「さすがの反射神経だな」
呆れたような声。軽くとはいえ、そんなに近くから礫を打たないだろう、普通。呆れるのはこっちだ。
「お前はよく体力が持つな」
「ティアはもう限界なのか?」
「…そうは言ってない」
口の端に笑みを浮かべるとトピの方へ駆け出す。迎え撃つように腰を落とした彼にこの手が届く少し前に、思いっきりかかとを地面に食い込ませ、止まった。秋に入り地に積もった枯葉と乾燥した土が一気に舞い上がる。
「わ!」
トピの狼狽した声がした。目くらましを利用して回り込もうとした刹那
「なっ」
目を閉じたままトピが蹴りを放ってくる。こうくるとは思っていなかった。仰け反って躱すと拳を突き出した。その拳が掴まれるのも予想の内。引っ張られて前に動き、体が回転して空中でお互いの蹴りが交差した。地面を転がって体を起こすとトピと目があった。その目がかすかに赤い。
「目が充血している」
「そう言うティアは肩が擦れている」
言われてみると肩が擦れてかすかに血が滲んでいた。受け身を取り損なうなんて耄碌したな。血を指ですくってぺろりと舐める。金臭い味が広がり、目を細めて隣を見やるとトピが目を洗っているところだった。手元に得物がなければ素手で闘うしかない。やり方さえ心得ていればたとえ指一本でも人は殺せる。この瞬間を生き延びるために、強く、強く。ただそれだけを。
(獣か、私は)
それでも、私は私だ。誰にも譲らない。この生を、手放したりはしない。闘うことに、人殺しに悩んでいた霧が払われる。悩むことはないんだ。道を、選んだ。もう後戻りは出来ない。
案外悪い気はしないものだと、そう思った。




