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01 第一曲 夕べに

 傾いた赤い陽に照らされて、街がその地に影を落とす頃、その片隅にしゃがみ、土をこねる少年がいた。誰も気にも留めぬ子に、一人の青年が声かけた。

「可愛い子よ、おまえは何をしているの」

「お人形を創っているの」

 顔も上げずに黙々と土をこね続ける少年の、その身なりはみすぼらしく、孤児か乞食か、虱だらけの泥だらけ。青年は、親がいようとは思えぬその少年の手元を見、たちまちに目を瞠らされた。

「可愛い子よ、おまえがこれを作ったの」

 問われた少年が答えもせずに作る人形は、気高い瞳で青年を射抜いた。青年は別の問いを重ねて言った。

「可愛い子よ、お人形は好きですか」

「大好きよ」

 淡々と答える少年は、初めて顔を上げたかと思うと、気高い瞳で青年を射抜いた。

「お兄さんは、パピヨン・マカオン」

 少年の細いのどから紡がれ出されたその声は、危うく澄んで割れんばかりに瑞々しく、その声に合わせて動く紅薔薇のつぼみのような唇は、青年が未だ作り得られぬ繊細さ。言葉を忘れた青年を映し、少年の紺碧の瞳が赤光を受けて紫紺に光った。

「みんなみんな、パピヨン・マカオン。ぼくはただのお人形」

 青年は魅惑の少年に誘いの腕を伸ばした。

「わたしは人形工房を開いています。よろしければわたしのもとで、モールドを作ってみませんか」

 青年を見上げた少年は、泥にまみれた白い手で、差し出されてきたその手を取った。手を差し出した青年の名は、レオン・カシミール・ブリュといった。

 手を繋いで道を行き、レオンは少年に問いかけた。

「可愛い子、おまえ名前はなんというの」

 レオンの問いに少年が返した答えは、どうにもいささかいびつだった。

「ぼくはただのお人形。名前なんて、どうしてぼくが知っていようか。ぼくの名前は、あなたが与えてくれるもの」

 聞いたレオンはしばし考え、末っ子にしようと言い出した。

「おまえは今日からわたしの弟。一家の末っ子と呼びましょう」

 レオンはあたたかな微笑みを浮かべ、若い小鹿の肢体を飾る、末っ子の小さな頭を撫でた。

 ある日の夕べに思い出す、ある日の夕べの、あるお話。


 人形が末っ子になって幾日か、レオンは工房を見て回り、並べられたヘッドの多さに驚いた。それらはみな気高く美しかったが、末っ子は未だ納得がいかぬようだった。

「わたしの可愛い末っ子よ。おまえが作りたいお人形は、一体どんなお人形なの」

「マカオンに大きな憧れを抱く、小さくて非力な人形を。生から死へ、死から生へ、偉大な旅するマカオンに、成りきれない無力さを」

 答えた末っ子は、雨降る外を見つめて言った。

「兄様きれいなパピヨン・マカオン。ぼくは不完全なお人形。ぼくはマカオンになるためにお人形を作ってる」

 窓打つ雨が涙のように硝子を伝った。末っ子の硝子の声色が、雨の涙の中に浮かんだ。末っ子の硝子の大きな瞳が、雷に照らされてレオンを射抜いた。

「わたしの可愛い末っ子よ。マカオンとはなんですか」

 末っ子はぴたりと動きを止めて、見えないものを見つめて言った。

「誕生祝いの赤い薔薇、墓碑に備える白い菊、その二色の間にパピヨン・マカオン。いつ雨に打たれるや知れぬのに、いばらで傷付くか知れぬのに、恐れもせずに飛び踊る。花の上の困難ロンド。ぼくはその姿が好きなんだ。みんなみんな、とてもきれい」

「おまえも充分に美しいよ。しかしなぜかな、おまえもマカオンのはずなのに」

「違うよ、兄様。ぼくはただのお人形。誰かによって生み出され、誰かによって組み立てられ、誰かの好みで服を着る。それでも何か物足りない。ぼくは不完全なお人形」

 語った少年の瞳に浮かぶ、絶望、渇望、哀愁、憂愁、混迷、困惑、寂寥、哀惜。レオンはそれらの輝きを、ついには忘れることができずに。

 ある日の夕べに思い出す、ある日の夕べの、あるお話。

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