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黒き影。異変の序章

本日最後の更新となります


*前のタイトルが少しパッとしない感じだったので、タイトルを変更しました。正直タイトルの部分は手探り手探りなのでこれからも多少変わっていくかもしれませんが、ご了承ください。

「さぁ、そろそろ時間だ」


 体感で数十分ほどの時間が経った頃、神はタイムリミットを告げてきた。

 閉眼し、思考の海に身を投じていた俺は奴の声に反応して目を開ける。


「気持ちの整理は……付いたみたいだね。それにその目……覚悟も決まったみたいだ」


 奴の言葉に俺は頷いた。


「俺の命は両親から貰った物だ。もし、それがまだ存命する可能性があるなら、俺はそれに縋りたい」


「それが例え、これまでの世界の常識は通用せず、これまでとは比べ物にならない程の苦難に(まみ)れていたとしても、かい?」


「勿論……って、待て。ちょっと待て」


 ――俺、そんなヤバい世界に送られちゃうのかよ。

 そう思って内心尻込みしていると、神はクスクス笑いだした。


「冗談冗談。冗談だよ。そりゃ、君の世界と違う所は幾らかあるけどね」


「はぁ……慌てて損した」


 胸を撫で下ろす俺に、神はニコリと笑いかけてくる。そして奴は手を一つ叩くと、


「さぁ、ともかく君は異世界で生きていく道を選んだ訳だ。そんな君には早速、異世界に行ってもらいたいんだよね」


「早速って……」


 何とも急な話だな。


「まぁ、僕もそう思うよ。けど、そう悠長にできない理由があってね……っと、そう言ってる内に、もう()()()()()()()()か」


 さっきまでの何処かぼんやりとした微笑みを浮かべた表情から一転、唐突に鋭い視線を宿した神の双眼が、真っ白い世界のとある一点を見つめ始める。そして奴はどこか忌々しそうな声色でそう宣った。


 神の視線に釣られ、俺も奴が見つめる方へと視線を向ける。

 すると、そこには何かが存在していた。

 三百六十度、何処を見ても真っ白で、俺と目前の『神』以外如何なる物も存在しなかったここにおいて、およそ初めて見る『異物』。

 最初視界にとらえた時はあまりにも小さすぎて、『それ』が何なのかよく分からなかった。だが、よく目を凝らしてみると、『それ』が定まった実体のない、黒い影のような物であるという事が見て取れる。

 その黒い影は徐々に大きくなっていて、その様は周りの白い空間を喰らって黒い影が成長しているかのようにも見えた。


「――何だよ、あれ……」


 俺はその黒い影から何か嫌な感覚を覚えて、思わず顔を顰めた。不気味、かつ未知。禍々しく、どこか近寄りがたい黒い影。それから発せられている『気配』は凶悪その物であり、気を抜くと所かまわず発狂してしまいそうな、危うい気分にさせられる。


「うーん、これはマズいね」


 顎に手を当てながら、神は唸った。


「思ったよりも活性化の時期が早すぎる。もう、あんなに力を取り戻してるなんて、思っても見なかったなぁ……」


 奴の態度は言葉とは裏腹にどこか余裕を感じられる。鋭い視線が失せ、再び丸みを取り戻した奴自身の表情も余裕を感じさせるのに一役買っているのかもしれない。


 対して、俺には余裕なんてものはこれっぽっちもなかった。

 黒い影を視界にとらえてから体の震えが止まらないし、体中から冷や汗が噴き出してくる。独りでに過呼吸になりそうな自分を落ち着けさせるのでもう精いっぱいだ。

 スゥハァ、と一つ深呼吸。少し、体の震えが落ち着いたような気がする。


「この様子じゃあ、あまり時間は無さそうだ」


 黒い影を見据え、ポツリとつぶやいた神はこちらに視線を戻した。


()()に見つかった以上、もう僕らに悠長に話している暇は無い。今すぐ、君には異世界に飛んでもらわなくちゃいけない」


『あれ』って、黒い影の事か。


「……あれは一体何なんだ?」


 俺が問い返すと、奴は少し困ったような表情を見せた。


「あれは……そうだな。僕とは真逆に位置する存在、と言うべきなのかな。あれにおおよそ正式な呼称は存在しない。ともかく君も感じているだろうけど、あれは唯々、邪悪なものなのさ」


 要領の得ない返事を返してきた神は、次いで俺から視線を外し、先ほど出現した扉を見た。


「さぁ、問答はここまでだ。君はあの扉を(くぐ)ると良い。あそこが異世界への入り口だ」


「俺はあそこを潜るとして……お前は、お前はどうするんだ?」


 あの黒い影は段々と大きくなっている。徐々に、徐々にその体積を増やしている黒い影の末端は、確実にこちらに近づいてきているのだ。しかもその成長速度及び、侵攻速度が中々に速い。少なくとも、俺にはあの黒い影から逃げきれる自信は無い。そして、あの黒い影に捕まればどうなるか……よく分からないが、何か良くない事が己の身に降りかかる事は確実だろう。あれはそれを確信できる程の禍々しさを秘めている。


 しかし、そんな恐ろしい存在を前にしても尚、神は笑って見せた。


「僕は神だ。君に心配される程、弱い存在じゃないさ」


 言って、奴は俺の背中を押した。咄嗟の事で俺はそれに抵抗できず、前につんのめってしまい、いつの間にやら扉の前へ。

 俺はそのぞんざいな扱いに思わず文句を言おうと振り返る。だが、神は既に俺の方では無く、黒い影の方を見ていた。奴は相変わらずの笑みを浮かべているが、その双眸は思わずゾクリとしてしまうほど細く絞られていた。それはまるで、長年の宿敵を前にしているかのようにも見える。


「あぁ、そうだ。一つ言い忘れていたことがある」


 と、黒い影からは視線を逸らすことなく、奴はが唐突に語り掛けてきた。


「このまま誰に言うでも無く一人で見知らぬ土地に往くのは心細いかと思ってね。一つ君にサプライズを用意しておいた」


「サプライズ?」


「うん。それが何か……それは、あの扉を潜ってみればすぐに分かるよ。……だけど、気をつけてくれ。『そこ』は少しばかり不安定な世界だ。あまり多くの時間、君をそこに留めておくことは出来ない」


 奴の説明は先のと同じように要領を得ないもので、俺は再び質問をぶつけようかと思い至る。だが、そこで黒い影の巨大化が爆発的に加速し始めた為に、それは断念せざるおえなかった。


 その内部で爆弾が爆発しているかのように、黒い影の表面があちこちボコボコと隆起する。そして、次の瞬間にはまた別の場所が隆起するという繰り返し。自然、黒い影は加速度的に膨張していく。その体積は瞬き一つの僅かな時間で、二倍にも三倍にもなっているかのようにさえ思えた。

 しかも、変化は見た目だけじゃない。黒い影の肥大化に比例するかのように、奴から感じる『気配』も大きく、強くなっていく。その『気配』に当てられた俺は、思わず両手を固く握り、歯を食い縛った。そうしなければ、自分は本当に発狂してしまうのではないかと訝しんだから。


 ――それほどまでに、あの黒い影が放つ『気配』は禍々しかった。


 しかし、奴は――神である奴は、その気配を前にしても、どこか飄々とした態度を崩しはしなかった。


「――さぁ、行け」


 大きな動きを見せる黒い影を見据え、神は厳かに言い放つ。


「その扉を通って早く行くんだ、戸上裕翔。あいつは、今の君とっては余りにも荷が重すぎる」


 奴の言う事は正しい。本能的に分かる。理解させられる。

 俺はどう足掻いたところで、『あれ』には太刀打ちできないのだと。何と言えばいいのだろうか。とにかく、格が違う。生物としての格が。あるいは、存在そのものとしての格が。俺と『あれ』とでは、その格にあまりにも大きな差がある。


 つまるところ、結局、俺には奴の言葉に従うしか道は残されていなかった。


「……分かった」


 ――正直、何がどうなってるのか、全てを完全に理解できているわけでは無いけれど。もう、迷っている暇は無い。賽は投げられた……と言うべきか。ともかく、後に引くことが出来ない所まで来てしまっている事だけは確かだった。


 扉の方へと振り返り、ドアノブに手を掛ける。

 俺は、そこで一瞬躊躇した。『本当に『神』は大丈夫なのだろうか』とか、その他諸々の不安が頭の中に過ぎる。だが、すぐにそれらを否定し、ドアノブを捻った。

 ガチャッと軽い音を立てて扉が開け放たれる。その先に続くのは、光の世界。眩いばかりの光、その瞬きが、俺を向こう側の世界へと誘っているように思えた。


「願わくば、君の行く末に光を。そして、その光が次世代へと受け継がれんことを」


 背後から聞こえる神からの激励。それに背中を押されるようにして俺は扉を潜る。

 刹那、光が視界を埋め尽くし――やがて何も見えなくなった。












次回は明日、午後6時ころの更新となるかと思います。

今回も読んでいただき、誠にありがとうございました!

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