探し人は箱の中
昨晩の歓迎会の時のように今朝の朝食の席もまた賑やかなものとなった。
「おにいちゃん、きのうはありがとう。おかげでぼくにもたくさんおともだちができたんだよ」
「それは良かった。……そういえば、昨日はここに泊ったんだろ? その友達とはどんなことをして遊んだんだ?」
「うん。それはね――」
俺は折よくテーブルが一緒になったクロウと談笑を交わしながら朝食を食べ進め、二十分ほどで自分の分を平らげる。
「ふぅ……満足満足」
空になった皿を厨房に返却し、満腹となって食後の余韻に浸っていると、俺の耳がこちらに近づいてくる二人分の足音を捉えた。
「やっほー、ユウト君」
「ユウト、今ちょっといいか?」
連れ立ってやって来たのは、こちらも丁度朝食を食べ終えたらしいノエルとレティアの二人。彼らは俺よりも早く朝食を食べ終わり、つい先ほどに上の階へと引っ込んでいったのだが、どうやらその目的は着替えだったらしく、レティアは革製でノエルは金属製と素材の違いこそあれど、二人とも普段ギルドの冒険者たちが着込んでいるような鎧を身に着けていた。
「もう食べ終わったから別に大丈夫だけど……どうかしたの? 二人とも」
「実はこれから俺たちは薬師の森に行くんだが、ユウトも一緒にどうかと思ってな」
「お誘いは有難いけど……なんでまた薬師の森に? あそこは薬草が採取できること以外はそれほど旨みが無かったはずだけど」
ノエルは勿論のこと、確かレティアも冒険者ランクは俺よりも上だったはずだ。となると魔物の討伐依頼を受けることも可能な筈なので、今更薬草を採取しても旨みは少ないだろう。
――と、そこまで考えたところで昨日戦ったゴブリン達の姿が頭を過る。
あいつらの事をギルドに報告した時、アリサさんは『この事について詳しい調査を行う』と言っていたので、彼らがそれについての依頼を受注したのかもしれない。
「もしかして、薬師の森に出没したゴブリンについての調査に行くとか?」
「ん? ゴブリン? ただ私たちはクロウのお父さんを探しに行くだけなんだけど……」
「え……?」
一瞬、意識に隙間が出来る。
同時、その狭間を伝って悪寒が全身を包んだ。
何か、途轍もない悪運が降りかかって来たかのような気がしてならない。
「おい、ユウト。ゴブリンってどういう事だ」
ノエルに両肩を掴まれ、前後に揺さぶられる。
切羽詰まった彼の様子を見て、俺は自分の勘違いに気が付いた。
「そう、か……まだ、ゴブリンの件についてはギルドから告知されてなかったんだ」
「だから、そのゴブリンってどういう意味だ? 俺たちにも分かるように説明してくれ、ユウト」
「あ、あぁ。……うん」
真剣な眼差しを向けてくるノエルに頷き、俺は昨日あったことを説明しようとした。
「いや、ちょっと待ってユウト君。話をするなら、ギルドに向かいながらの方がいいと思う。話の内容にもよるけど、一刻の事態を争う事になるかもしれないし……」
「それは……」
「確かにレティアの言う通りだな……悪い。冷静じゃなかった。……巻き込む形になって申し訳ねぇが、ユウトは一旦家に戻って急いで町の外に出る支度をしてきてくれ」
「――分かった。直ぐに準備してくる」
そこからの俺たちの行動は早かった。
あっという間に各々の身支度を整え、クランホームを飛び出す。
その際、俺たちの変わりように驚いたのか、未だ食堂に沢山残っていた子供たちから困惑した気配が伝わってきたのだが、ノエルとレティア以外のクランメンバー達が手分けして子供たちを宥め回ってくれたおかげで、皆、平静を取り戻していた。
ただ、俺たちの会話の内容が聞こえていたのか、唯一クロウだけが終始不安げな表情を浮かべたままだったのが気がかりだが……彼を安心させるためにも今は急ぐしかない。
「――で、ユウト君。さっき言ってた事ってどういうことなの?」
「あぁ、実は――」
ギルドへ向かう道中、俺はレティアとノエルに昨日あった出来事を語った。
昨日、ギルドで薬草の採取依頼を受け、薬師の森に赴いたこと。
薬草の採取を無事に終えた時、突如として四匹のゴブリンに襲われ、撃退したこと。
「で、その時に倒したゴブリン達が気になるものを持ってて……ペティナイフって言えばいいのかな? 刃渡り十数センチの……多分、戦闘用じゃなくて採取用のナイフだと思うんだけど」
「もしかして、そいつに何か刻まれてたんじゃねぇか?」
「確か、刀身に『エリアス・モント』って刻まれていたと思う」
ノエルは「チッ」と苦々し気に舌打ちする。
「やっぱりな。……それはクロウの親父の名だ」
「ということは……」
「そのナイフはクロウ君のお父さんのものだってことだね……」
レティアの言葉にはどこか力が無い。
だが、それも無理のない事だ。
俺はまだクロウのお父さん――エリアスさんと顔を合わせたことが無いが故にこの程度で済んでいるが、今までに幾度も顔を合わせた事のある筈のレティアが抱える心配や焦燥感はこの比ではないだろう。
「その、少し気になったんだけど。そもそもエリアスさんは何で薬師の森に行ってたんだろう?」
「そうか、ユウトは知らなかったな」
走りながら投げかけた俺の問いにノエルが答える。
「クロウの親父……エリアス・モントはお前と同じ調合師なんだよ。これが頑固な気質で、調合の素材は新鮮な物じゃないといけねぇって、いつも一人で薬師の森に取りに行ってたんだが……」
「それじゃあ、昨日も調合の素材を採取しに?」
「うん。私は昨日少しだけクロウ君のお父さんと話をしたけど、本人もそう言ってたよ」
薬師の森は有用な薬草が豊富に採取できるという事もあって、ギルドが定期的に領域内の魔物を掃討している。故に戦闘能力を持たない者でも比較的安全に探索が可能だ。
それでもエリアス氏のように非戦闘員一人だけで赴くのはレアケースらしいが。
「とりあえず急ぐぞ。ユウトが昨日のうちに報告を入れたなら、ギルドが何か新しい情報を仕入れているかもしれねぇ」
「もしかすると、その中にエリアスさんについての情報もあるかも……だしね」
俺たちは走る速度を上げ、町のメインストリートを駆け抜けていく。
恐らく前世基準で言えば、高校の短距離走で全国大会に出場できる速度だ。けれど、俺にはまだ少し余裕がある。短距離走の速度でこうも長い距離を走り続けるとは前世では凡そ考えられない身体能力だが、これもまたステータスが上昇した恩恵なのだろうか。
「――着いたぞ」
「あ、待ってノエル!」
そうこうしている内に俺たちは冒険者ギルドに辿り着く。いの一番にノエルが中に駆け込んでいき、俺とレティアもその後を追う。
普段、この時間帯は依頼を受注する冒険者で屋内がごった返しているはずのギルドも、何故か今日は人の姿が疎らでいつもよりも静かだ。
慌てて駆け込んできた俺たち三人は当然の如く目立ってしまい、周囲から奇異の視線が注がれる。無数に突き刺さる視線は無視し、丁度空いていた受付に俺たちは一目散に駆け寄った。
そこには顔見知りの受付嬢であるアリサさんが佇んでいる。
「アリサ、ちょいと聞きたいことがあるんだが」
「ノエルさん……レティアさんにユウトさんも……どうかされましたか?」
アリサさんは鬼気迫った俺たちの様子にのっぴきならない事情を感じ取ったらしい。目を通していた書類を横に退け、緊迫した面持ちを浮かべた。
「ユウトが昨日報告した件について、新たに入った情報があれば提供してもらいたい」
「……念のため、情報開示を要求する理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」
一瞬、「そんな事を言ってる場合じゃない」と声を上げたい気分に駆られそうになるが、寸での所で自制する。今は確かに一刻を争う事態だが、ギルドにはギルドの大義や理由がある。
その事をノエルとレティアも分っているのだろう。焦燥感を完全に拭えているわけではなさそうだが、レティアが事の顛末を説明し始めた。
「実は、うちで預かっている子供の父親が昨日薬師の森へ行ったきり帰って来ていないんです。職業は調合師で時折日を跨いでの採取を行う時もあったので初めは然程気にしていなかったんですけど……ユウト君から昨日薬師の森でゴブリンと遭遇したという話を聞いて」
「ちなみにその方は護衛などは……」
「……いつも付けていません」
「それは……危険ではありませんか?」
レティアの返答にアリサさんが目を見開いた。そこにノエルが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら言葉を付け足す。
「勿論、俺たちも護衛を付けるよう言った事はある。だが、素人と一緒に行くと貴重な薬草を踏み荒らされてしまうかもしれないって、意地になって護衛を連れて行かないんだ」
「あの、昨日俺がここに持ってきたペティナイフ……あれ、その人の持ち物らしいんです。だから、もしかするとゴブリンに襲われてるんじゃないかって……」
「……分かりました。そういうことであればギルドも協力を惜しみません。現在までに集まった情報を開示いたしましょう」
アリサさんはつらつらとこれまでに集まった情報を話してくれた。
昨日に俺の報告を聞いた後、薬師の森を調査するために冒険者たちを派遣したこと。
その結果、ゴブリンの姿を確認できなかったこと。
けれど、そこにゴブリンが居たであろう痕跡を確認できたこと。
そして、その痕跡からして薬師の森には俺が討伐した以外にも相当数のゴブリンが潜んでいるであろうということ。
「……解せねぇな」
一通りの説明が終わったところでノエルが眉を顰めてアリサさんに詰め寄る。
「それだけの事が確認できながら、なんでゴブリン自体の姿が確認できなかった? どう考えても不自然だろう」
「……ノエルさんはもう知っておられるでしょうが、昨日隣国エストーリア魔王国の王都が戦火に呑まれました。ここグリモアはエストーリア魔王国との国境が近いので……」
「冒険者ギルドとしてはそっちの方に人員を回さざるを得なかった……ですよね?」
「……はい。ユウトさんのおっしゃる通りです。今も多くの冒険者は国境付近への調査へと出払っている状況で、薬師の森の奥地へと調査の手を伸ばすことが出来ませんでした」
――なるほど、それで冒険者ギルド内に人が少なかったわけだ。
密かにギルド内の気配に違和感を持っていた俺は、肩を窄め申し訳なさそうに畏まっているアリサさんの説明にようやく合点がいった。
俺が内心で頷いていると、隣でレティアが小さく手を挙げる。
「アリサさん、私たちこれから薬師の森に入りたいんですが、ギルドから薬師の森侵入に対する制限は掛かっていませんか?」
「そちらについては問題ないでしょう。ゴブリンが出没しているということ以外の異変は確認できませんでしたから。エストーリア魔王国関連も現時点では大きな進展はありませんし。……流石に非戦闘員、或いは低ランク帯の冒険者単独で赴くという事であれば止めさせていただく事になるでしょうが、ノエルさんにレティアさんがご一緒されるという事であれば、ユウトさんの方も心配はいらないかと。昨日は偶発的にとは言え、単独で複数のゴブリンを相手取ったわけですから」
「分かった。……んじゃあ、そろそろ俺たちは行くぜ。さっさとあの頑固親父を連れ戻さなきゃいけねぇからな」
挨拶もそこそこに、踵を返したノエルが急いてギルドを出ていく。
俺とレティアもアリサさんと軽い挨拶を交わしてギルドを後にした。
探し人の無事を祈りながら。




