かくして彼は語る/前
約一週間ぶりの更新。
とりあえずは、このペースを保っていきたいです(´・ω・`)
――結局、それっきりでノエルとの会話は終止符を打つこととなった。
「こんな無粋な話、ちびっ子共に聞かせるわけにはいかねぇしなぁ……」というつぶやきを残し、ノエルは一人で料理を受け持つヨミを手伝うために厨房の奥へと引っ込んでいく。その背中を見送り、俺は一人となった。
はてさて、これからどうしようか。
先ほどの会話の内容を一度頭の中から追いやりながら、改めて会場内を見渡していると、
「――ゆーとん」
聞き覚えのある声で名を呼ばれる。
世界広しと言えど、俺の名前をこんな風に呼ぶのは、俺の知る限りたった一人しかない。
確信をもって声がした方を振り返ると、俺の想像した通りの人物――黄色く尖った一対の獣耳を頭上に生やした少女が、感情の読みにくい表情でこちらを見つめていた。
「ん……リーリアか。どうかした?」
「ノエルンとの話が終わるのを待ってた。……ちょっと、こっちに来て」
俺を呼び止めた、狐人の少女。
紅蓮聖女のクランメンバーであるリーリアはこちらの右手を引き、いずこかへと誘導するように歩を進め始める。
「あっ、ちょっ……」
あまりにも唐突な展開に面を食らうが、当の少女の横顔にどこか憂いのような感情を見つけ、俺は大人しくついていくことを決めた。
少女に手を引かれ、食堂の中を横断する。その最中に出入り口にほど近い壁際を目指しているのだと分かったのは、俺たちが向かう先に壁際にもたれて座り込む、一人の男児が所在なさげに蹲っていたからだ。
外見から伺える年齢は……五つ程だろうか。
髪の色は森を彷彿とさせる深緑色。少し長めの前髪の奥には、これまた深い緑色をした双眸が収まっていて、周囲に胡乱気な視線を飛ばしている。
和気藹々とした歓迎会の雰囲気において、彼が纏うその雰囲気は異質そのものだ。彼と同年代の筈の遊び体盛りの孤児院の子らが、彼の発する雰囲気を察してか、〝その付近〟を避けて動き回っていることが遠目でも見て取れた。
「あの子は……」
「あの子の名前は、クロウ。親の仕事の関係で、時々私たちが面倒を見てるの」
「ってことは、ここの孤児院の子供じゃないんだ」
リーリアは大きな尻尾を左右に振りながら胸を張り、心なしか誇らしげに答える。
「そう。色んな事情で子育てと仕事の両立が難しい人たちの子供を預かって面倒を見たりもしてる」
「なるほどね」
とどのつまり、紅蓮聖女は孤児院だけに留まらず、保育所のような役割も兼任しているということらしい。俺自身が利用しているわけじゃないが、その仕事量を想像すると本当に頭が下がる思いになる。孤児院だけでも相当な労力だろうに……。
「……で、なんであのクロウって子はああやって一人で黄昏れてるわけ?」
「いつもの如く父親が迎えに来ないから、不貞腐れてる。クロウは早くに母親を亡くしてるから、送り迎えどっちも父親がやってるんだけど……父親が迎えに来ない時は、いつもあんな感じ。それ以外のときも、周りの子達と積極的に関わらない。だから、他の子もあまりクロウと遊ぼうとしない」
「……そう、そういうわけね」
ふと、俺は前世――日本に居た頃の記憶を思い出す。
保育園に通っていた時分、既にその頃から幼馴染同士であった俺とみーちゃんは、いつも連れ立って行動していた。その中には毎日の登下園も含まれており、母親同士の仲も良かった影響か、母さんと佐奈さんはいつも一緒に俺たちとみーちゃんのお迎えに来たものだった。
しかし、ある雨の日の事。ふとした事で俺の方だけ母親のお迎えが遅れてしまい、俺は一人、保育園に取り残されてしまう事となってしまった。
みーちゃんの母親――佐奈さんは、母さんが迎えに来るまで自分の家で俺を預かる事を提案してくれたのだが、あの日の俺は……何というか、〝間〟が悪かった。
迎えが来ないことに対して意固地になり、佐奈さんの好意を撥ねつけてしまったのである。
あのクロウという少年の様子は、そんな折の俺によく似ている気がする。
不貞腐れ具合なんか、多分、瓜二つなレベルだ。
「……そう考えると、あの時の俺は色々と幼かったんだな」
「……? どうかした、ゆーとん」
「いや、少し自分の子供の頃を思い出して、客観視してただけ」
「……そう」
何を考えているのかわからない無表情で相槌を打つリーリアに対し、俺はさらに疑問を重ねる。
「そんな事より、俺とあのクロウを引き合わせて、何をさせようとしてるんだ?」
すると、リーリアは金色の瞳で真っ直ぐにこちらを見据え、言った。
「ちょっと、クロウとお話してきて。多分、ゆーとんならクロウも話を聞いてくれるはず」
「……えーっと、そう思うのは何故?」
「……勘? この前、うちに泊まった時にちびっこ達を楽しませてたし。それに、何となく、ゆーとんとクロウは波長が合う気がするから」
「……本当かなぁ」
「うん。私が保証する」
何故か自信満々に胸を張るリーリア。
一方で俺としては……一抹の不安が残る。というか、不安しかない。
だが、こうして今も期待に満ちた視線でこちらを見つめているリーリアの願いを無碍にする事は出来そうにない。
「……分かった。出来るだけやってみる。けど、俺だけでダメそうだったら、助けに入ってきて欲しいかな」
「うん。分かった。それじゃあ、よろしく頼みます」
ペコリとお辞儀したリーリアに苦笑を返し、俺は一人殻の中に閉じこもる少年の目前へと身を晒した。
しかし、顔を伏せるクロウがこちらに気が付いた様子はない。
慌てるな。まずはジャブ代わりに挨拶から入るべきか。
「――やぁ、こんばんは」
「……だれ」
唐突に目の前に立ちはだかる形となった俺に対し、クロウは短い呟きを零しながら、胡散臭げな視線を向けてくる。
まるで『放っておいてくれ』と言わんばかりの視線に早くも諦観を刺激されるが、リーリアの期待を早々に裏切る訳にもいかない。
俺は努めて人当りの良い笑みを浮かべ、腰を屈めて目線を彼に合わせた。
「俺はユウト。君は……クロウ君、だよな? クロウって呼んでもいいか?」
「べつに。……すきにすれば」
なんとか絞り出した呼びかけにはなんとも素っ気ない応答が返される。友好の証として差し出した右手も無感情な瞳を以って黙殺された。
正しく、徹底的な排除。
今において、このクロウという少年が友好的な契りなど望んでいないことは火を見るよりも明らかだ。
しかし、こちらとしても引くわけにはいかない。
引いてはいけないなら、押して押して押しまくるのみである。
「クロウはここで何をしてるんだ?」
「……べつに。なにもしてない」
見てわからないのか、と言わんばかりの冷たい視線を向けられるが、努めて無視する。
「そっか。じゃあ、あっちでごちそうを食べたりはしないのか? どれも美味しいのに」
「……そんなきぶんじゃない」
素っ気無い返事を返されても、気にしない。
「友達と遊んだりは?」
「ともだちなんて、いないもん」
「そ、そっか……」
……なんだか、盛大に地雷を踏み抜いた気がするが、気が付かないふりをする。
「――それじゃあ、俺と友達になってくれないか」
「……はぁ?」
刹那、俺の提案にクロウが白い目を向けてくる。
つい今しがた見知った相手に唐突に友達になろうなどと言われたのなら、変な勘繰りを入れられても文句は言えない。逆の立場なら、俺も恐らくは同じ反応を返すことだろう。
何言ってんだ、こいつは――とでも言いたげな冷たい視線がこちらを見つめている。
だが、この視線に怯んでいる暇はない。
「いや、俺はこの街に来たばかりだからさ。あまり友達が居なくて。だから、クロウが俺の友達になってくれると嬉しいかなって」
あくまでも下の立場から、言葉を切り出す。
今のクロウのように、頑なに殻に閉じこもろうとする子供は凡そ、他者からの施しを極端に嫌う。事実、母さんが迎えに来てくれなかった時の俺は、佐奈さんからの施しを跳ね除けてしまった。
だから俺は、友達になってあげるのではなく、友達になってほしいという意図を込め、懇願する。
「……かってに、すれば」
すると、そんな俺の行動が功を奏した――のかは定かではないが、クロウは不承不承といった様子を隠すこともなく呟く。
「そうか。それじゃあ、今から俺とクロウは友達だな。よろしく」
あからさまな態度ではあるものの、とりあえずこれで一歩前進だと俺は一先ず前向きに捉えることにして、再度手を差し出した。しかし、今度こそはと思ったその手さえ、プイッとそっぽを向かれて無視されてしまう。
再度空を切る羽目となった右手を内心で肩を竦めながら引き戻した直後、俺はとある事に気が付いた。
こちらから視線を外すクロウの横顔に困惑の色が多分に含まれていたのである。
「……なんで、そんなにうれしそうなのさ。ぼくなんかとともだちになっても、つまんないだけなのに……」
「つまんない? なんでクロウはそう思うんだ?」
深緑色の瞳を伏せ、クロウは己の服の袖をギュッと握りしめた。
「それは……ぼくが、つまらないにんげんだから。ほかのことあそぼうとしてもうまくいかない。なにかはなしかけられても、どうこたえればいいのかわからないんだよ……」
「じゃあ、クロウは他の人とお話したり、遊んだりしたくないってわけじゃないんだな?」
「うん……」
つまるところ、そういう事なのだろうと一人納得する。
別段、クロウは他人との関わりを断つ事を望んでいるわけではないのだと。ただ、人との距離感を掴むことを苦手とする不器用な子供だったのだと。
もし仮に、クロウが孤児院の子だったのであれば、紅蓮聖女の面々がこういった部分をケアすることも出来たのかもしれない。けれど実際には、クロウは外部から一時的に預かる託児だ。
いくらレティアやリーリア達が常に子供たち一人一人を気を掛けているとはいえ、孤児院の子達と同等のケアを行うことは実質的に不可能だったに違いない。
「つまんない人間なんてそういない。勿論、絶対にいないって訳じゃないけど。まぁ、少なくともクロウはつまんない人間なんかじゃないよ」
「……どうして、そんなこといいきれるのさ」
「それは……」
一瞬、俺は言葉を区切った。
この先を話してもいいものか、ほんの少し躊躇する。
けれど、これを話したところで――多少、自分の過去を明かしたところで――そう俺に不利益になる訳でもないだろう。そう、思い直した。
「それは……他でもない、俺自身がそのつまらない人間だったから、かな」
「えっ……」
クロウがきょとんとした瞳でこちらを見つめてくる。
絵にかいたような反応に俺が苦笑を漏らしていると、その視線は嫌疑的なそれへと変化した。
「……うそだ」
「嘘じゃない」
「ぜったいうそ」
「本当だって」
「でも……いまはつまんないにんげんじゃない」
「まぁ、何年も生きて、色んなことを経験すれば……流石に色々と変わるから」
「……むずかしくて、よくわかんないよ」
クロウが不貞腐れたようにぼやく。
自分でも何とも達観かつ漠然した物言いだとは思うが、実際にそうなのだから仕方がない。
とは言え、クロウもこれだけでは納得がいかない部分もあるだろう。
「なら……少しだけお話をしようか」
「……おはなし?」
「あぁ、俺自身の昔話。とは言っても、そう大層な内容じゃないんだけど……どう? 聞いてみる?」
クロウが少し伺うような視線でこちらを見上げてくる。その瞳の中には、不安げな波動が見え隠れしていた。
今はお互いに床に腰を落ち着けているが、それでもその視線は向こうの方がはるかに低い。そう考えると、やはり目の前にいるのは、表向きでどれだけ強がっていようと年端もいかぬ幼い子供なのだと気づかされる。
「それをきいたら、ぼくもかわれるかなぁ……」
「さぁ。はっきりとは分からないけど、何かのきっかけにはなるかもね」
「なら……ききたい」
はっきりと。そして、どこか決意を秘めたような面持ちでクロウが首肯する。
そんな彼に、俺は早速話を始めようかと口を開こうとし――。
グウゥゥ……。
「――っ!」
小さく唸り声のような音が響き、出鼻を挫かれた。
思わず音の発生源に目を向けると、クロウが自分の腹を抑え、羞恥で頬を紅潮させている。
「……話をする前に、まずは飯を取りに行こうか?」
「……うん」
腹の虫が鳴ってしまったのがよっぽど恥ずかしかったらしい。
クロウはより一層顔を真っ赤にさせながら小さく頷いたのだった。
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