ボクイガイのイホウジン
前話の更新から丸一年が経ちました。
正直、この物語の続きを待ってくださっている方がどれ程いらっしゃるかは分かりませんが、自分自身、この物語を終わりまで書き上げたいという思いを再燃させ、投稿を再開させていただきます。
相変わらずのマイペース更新ではありますが、最後までお付き合いいただけると幸いです。
「――そういえば」
「ん? なんだ、ユウト」
一通りの挨拶を終えてからというもの。俺とノエルは隣合った席に腰を落ち着け、身近な話題で盛り上がっていた。その中でギルドについての話題に波及したところで、俺は一つの疑問に突き当たった。
「いや、そういえばノエルに対して指名依頼が発行される理由になった〝とある事情〟って結局何だったんだろうかと思って」
「あぁ、そのことか」
ノエルは合点がいったと言いたげに首肯すると、厳かな面持ちとなって言葉を続ける。
「……戦争が起きたんだよ」
「……せんそう?」
ノエルの口から漏れ出た解に意表を突かれ、俺は一瞬、彼の言っていることを理解しきれなかった。しかし徐々に俺の思考回路はその意味を理解していき……それと同時、えも言えぬような悪寒が薄肌の下を伝い、全身を駆け巡っていく感覚すら覚える。
これまで戦争とは一切縁のない平和な世界で生きていた俺にとって――例え、幾度にも及ぶ〝戦闘〟を既に経験していたのだとしても――、〝戦争〟という二文字はそれだけ衝撃的な言葉だった。
「本当に、戦争が起きたのか?」
「だからそう言ってるだろ? ま、とは言っても実際に戦争が起きたのは隣国のエストーリア魔王国領内なんだけどな。なんでも王都が襲われたらしいんだが」
「エストーリア魔王国……?」
聞きなれない国名に俺が首を傾げていると、事情を察したらしいノエルが口を開く。
「あぁ、そういえばユウトは森の中で家族以外の誰とも交流せずに育った――って事にしてるんだっけか?」
「いや、〝って事にしてる〟って……」
まぁ、あれは自分でも苦しい言い訳だったとは思うけどさ。
むくれる俺に向かって、ノエルは朗らかに笑いかけてくる。
「ともかく、このあたりの地理に疎いって事なら、俺が一通り説明してやるよ」
という言葉に続けて、彼は近隣諸国についての解説を始めてくれた。
まず、俺が今も踏みしめているこの大地。ここは大きな大陸であり、ユルド大陸という名前が付けられている。このユルド大陸には幾つもの国が乱立しており、その中でもひと際大きな領土、勢力を誇る三つの国々――通称〝三大国〟が存在しているのだそうだ。
内一つが現在俺がいる国である、ストレア王国。ユルド大陸の南西部を領土としていて、その名の通りストレア姓の王族を国の頂としている国である。
そんなストレア王国の以北にあるのが三大国二つ目の国、エストーリア魔王国だ。今回戦争が勃発した国である。この国もまたストレア王国と同じように王政を敷く国なのだが、王家の種族が魔族であることからこのような国名となったという経緯がある。尚、魔族と聞くとどうにもマイナスなイメージが脳裏にこびりついて離れないのだが、それはあくまでも〝向こう側の世界〟の勝手なイメージでしかなく、実際には殆どの周辺各国と良好な国交を築いているらしい。
そして三大国、最後の一国がリオクメール聖教国。大陸の東部一帯を支配し、その領土面積はストレア、エストーリア両国の1,5倍を誇る。リオクメール教という独自の宗教を国教としているこの国には、王族や貴族と呼ばれる上流階級は誰一人として存在していない。リオクメール聖教国は所謂宗教国家であり、リオクメール教の上層部が直接国の舵取りを行っているからだ。
その為、リオクメール聖教国の国民はほぼ例外なくリオクメール教の宗徒であり、彼らはその教えに従って生活を営んでいる。そこには国民同士による争いは存在せず、誰もが隣人を思いやる――そんな〝理想郷〟が広がっているらしい。
「へぇ、凄くいい国なんだ、そのリオクメール聖教国って国は」
「ま、確かにそう思えるよな――ここまでの話だけを聞けば、だが……」
「……? それって、どういう意味?」
意味深に紡がれたノエルの言葉。そこに隠された意味を問うと、彼はいつの間に注いだのやら酒精で満たされたグラスをやけくそ気味に傾けた。そして苦虫を噛み潰したような面持ちで口を開く。
「さっきはリオクメール聖教国を〝理想郷〟だなんて大層な言葉で表現したが、実際は違うって事だ。あの国は決して理想郷なんかじゃない。まぁ、確かにあそこの〝国民〟にとってあの国は居心地のいい場所なんだろうが……それ以外の輩にとって、あの国は唯の牢獄だ。少なくとも、他国の人間であの国に住みたがっている奴なんて殆どいないだろうよ」
「それは……何故?」
再度の問いに、ノエルは感情を押し殺すように眼を閉じてから――ぽつりぽつり語る。
「リオクメール聖教国を支配しているリオクメール教には、他のどんな法律よりも優先される教えが存在しているからだ。――『ヒューマン種尊重、他種族蔑視』なんていう、バカげた教えがな」
「――つまり、リオクメール聖教国内では種族間における差別があると」
「あぁ。あの国でのヒューマン種以外の扱いは奴隷も同然だ。リオクメール国内にいる他種族は等しくヒューマン種に管理され、一方的に搾取され続けている。……どうしようもなく狂ってんだよ、あの国は」
そこまで言い切って、ノエルは再び酒精で口内を潤していく。あまり酒には強くないのか、彼の両頬は既に淡い朱色に染まりつつあった。
「そんな国だからこそ周辺国家との仲は最悪そのものってわけだ。魔族が頂点を担うエストーリア魔王国は勿論だが、ここストレア王国の両大国、その他小国に至るまで。あの国と敵対関係に無い国はこの大陸には存在してない程にな」
「もしかしてだけど、エストーリア魔王国を襲ったっていうのは……」
「あぁ。正確な情報はまだ俺も耳にしてないが、十中八九リオクメール聖教国だろう。寧ろ、あの国以外の可能性はてんで思いつかないな」
「けど、襲われたのはエストーリア魔王国の王都って話だったはずじゃ? いくらリオクメールが大国だからって、そう易々と襲撃できるとは思えないんだけど」
王都というからには、そこはエストーリア魔王国の中心を担う重要な場所だったはずである。ならば、周辺の警備も相応に厳戒なものだったに違いない。さらに言えばエストーリア魔王国自体も大陸の三大国家に数えられるほどの大国である訳で、その国力、軍事力は相当の規模を誇っていたはずだ。
こうやって真剣に考えれば考えるほど、エストーリアの王都が襲撃されたというのが荒唐無稽な話に思えてくる。いや、俺は両国の規模等を正確に把握しているわけではないので、実の所はエストーリアとリオクメール両国の間には、俺が想像している以上の戦力差が開いていたりするのかもしれないが……。
「――確かにそうだな。それが、常識的な思考だろうよ」
早くも三杯目となるグラスを空にして、ノエルは言葉を続ける。
「ユウトの言う通り、いくらリオクメール聖教国が大陸最大の国家とはいっても、他国――それも大国の王都に攻め入るのはそう簡単な話じゃない。けどな、奴らにはそれを可能とする戦力が在る」
そこで一旦言葉を止めたノエルがこちらに視線を寄越してくる。
「――少し話が飛んじまうが……ユウトは異邦人って存在を知ってるか?」
「え、あぁ……」
知っているも何も、俺もまたその異邦人の一人だ――とは、言えない。これだけは口が裂けても他人に知られるわけにはいかなかった。
別段、ノエルの事を信用していないわけじゃない。だが、俺自身の心理的な問題として、自らの秘密全てを他者に開けっ広げにしてしまう事が何となく怖いのだ。これまで散々お世話になった恩人を相手に秘め事をするなど、失礼にも程がある行いだという事は百も承知している。しかし、余計な混乱を避ける為にもこればかりは黙秘せざるを得ない。
この世界における異邦人という肩書はそれほどまでに重い代物なのだ。
この世界の者ならざるゆえに、世界から逸脱した能力を与えられし存在。
――正しく、力の象徴。
或いは、〝向こう側〟の知識をもたらし、文明の進化を促す存在。
――曰く、叡智をつかさどる者。
まだ俺が悠久の館に滞在していた時、シェリルさんから聞かされた異邦人に対する肩書はどれもこれも大層な物ばかりだった。
けれど、今の俺にはそんな力なんて欠片ほども宿っていない。自分で自分の身を守れるかすらも怪しい、雛鳥のような存在でしかない。だから、この場で自らの正体を明かすわけにはいかないのだ。自分の為……だけではなく、周りの人々を守る為にも。この鍍金だけは、剥げさせるわけにはいかなかった。
「――まぁ、一応」
俺はしどろもどろになりながらも、辛うじて首肯を返すだけに反応を留める。
「……そうか。なら、話は早いな」
一瞬、こちらを見やったノエルが小さく頷き、その手に持っていた空のグラスを卓上に置く。そして、どこか重々しさを滲ませたままに数泊の間を置き――彼は言葉を紡ぎだす。
「さっき言った、リオクメール聖教国が有している強大な戦力、それが異邦人だ。それも一人じゃなくて複数人。奴らはリオクメール教という旗の下、強大な力を振るって数多の命を奪い続けてる……恐らく、今この瞬間にもな」
「えっ……?」
ガンッ、と。頭を殴られたような感触。
何故、と。心がいやに騒めく。
異邦人。俺と同じ境遇の筈の人達。彼らが何故、そんな惨いことに協力できるのか。
……分からない。分かりたくない。
たった一つ分かる事があるとすれば、リオクメール聖教国に属しているという異邦人達と俺は相容れない存在であるという事だ。
俺には、彼らの考えていることが全く理解できない。それだけは余すところなく理解できてしまった。
「なんで……なんで彼らはそんなに酷いことを……」
「さぁな。……もし、簡単にそんな事が分かるなら、そもそも戦争なんて起こりやしなかっただろうよ」
「それは……」
――確かに、そうかもしれない。
世界中の誰もが他者の考えを満遍なく理解し、その全てを許容することが出来るのならば戦争など起こりえないはずだ。けれど、こうして戦争が起こってしまっているという事実が、そんな事は土台実現不可能な法螺話なのだと声高らかに主張してしまっている。
黙り込む俺に、ノエルは少し自嘲気味な笑みを浮かべた顔を向けてきて、
「……悪い。こんな場で話すような内容じゃなかったな。少し不謹慎だった」
「いや、元々はこっちから振った話だし、ノエルが謝る事じゃない」
「そうか。……んじゃあ、この話はとりあえずここまでにしておこう。せっかくのパーティーなんだし、もっと純粋に楽しまないとな」
これまでとは打って変わり、カラッとした笑いを見せるノエルに俺は頷きを返した。
正直に言えばもう少しこの話を聞いておきたいところだったのだが、今は彼の言う通り、パーティーを楽しむ方に注力すべきだろう。それこそが、折角このパーティーを企画してくれた隣人たちに対する最低限の流儀であるはずだから。
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