これが、僕らのカタチ
前回の更新から二か月以上もの時間が空いてしまいまして、誠に申し訳ありませんでした<m(__)m>
この二か月間は様々な用事(主に大学のサークル関係)があり、中々執筆活動に時間が割けない状況が続いておりましたが、何とか今話を書き上げることが出来、内心ほっとしております。
兎にも角にも、これからは一章のクライマックスに向けて怒涛の展開になる予定ですので、変わらずお付き合いいただけると幸いです。
――温かい灯りに満ち満ちた大部屋の中に、老若男女の歓声が響き渡っている。
幼い子供が無邪気に騒ぐ声や、大人たちの笑い声。
現在進行形で俺の引っ越し歓迎会が催されている紅蓮聖女のギルドホームの食堂。数日前に俺自身も朝食を御馳走になった事のあるその場所に、ヨミお手製の料理がずらりと並べられている。それらは様々な色彩や芳醇な香り、更には絶妙な味付けを以って参加者達の五感を愉しませていた。
無論、今回の主賓となっている俺も彼女の絶品料理に舌鼓を打っている一人だ。数日振りに食すヨミの手料理は相も変わらずに美味であり、得も言えない満足感を提供してくれている。既にパーティーが始まって二時間程経つが、ビュッフェ形式で提供されている料理の消費速度に未だ陰りが見られない事が彼女の料理の完成度を示す何よりの証左だろう。
「なんかいいな……こういうの」
食堂構内に全部で六卓有る、二十人が同時に腰かけられる巨大なダイニングテーブル。俺はその内の一つに腰を落ち着け、取り分けてきた料理を突っつきながら、会場内の賑やかな喧騒をぼんやりと眺めていた。
誰もかもが笑顔を浮かべ、陽気に騒いでいる。――そんな、眩い光景を。
「――ユウト君」
するとそこで声を掛けられる。声がした方へと振り返れば、右手にサラダを載せた大皿を持ったレティアがこちらに向かってきていた。
部屋着なのか、現在の彼女の服装は普段外で着ている物とは大きく趣向が違っている。
例えば、極端に丈の短いパンツルックとは打って変わり、踝までを覆う白を基調としたロングスカートを履いていたり。最早、彼女の標準装備として見慣れつつあるへそ出しのチューブトップでは無く、裾が腰下まで伸びているカーディガンを羽織っていたりといったような感じで、いつもと比べると肌の露出が格段に抑えられているのだ。結果として、普段の快活な印象とはがらりと変わり、今のレティアからはそこはかとない奥ゆかしさすら感じられた。
彼女は俺の隣に腰を落ち着けると、不安げな面持ちで小首を傾げながら問うてきた。
「……楽しんでくれているかな?」
「あぁ、勿論。引っ越し初日で隣人にこれだけ盛大に歓迎されてるんだから。これで嬉しくない訳が無いよ」
「そっかぁ……良かった」
俺が今の正直な感想を述べると、レティアはホッとしたように胸を撫で下ろす。
少し大げさにも映るその仕草に、俺は湧き上がる苦笑を堪えきれなくなった。
「なんていうか、レティアは心配性だなぁ……」
苦笑と共に言葉を吐き出す。
途端、レティアがさも不服そうにこちらをねめつけてきた。
今まさに、持参していたサラダを口に運ぶところだったのか、レタスのような野菜を突き刺したフォークを右手に持ったままに色形の良い唇をつんと尖らせたりしながら、赤髪の少女は苦言を呈す。
「もう、そんな風に笑わないでよ。歓迎パーティーをこっちから企画するなんて初めての事だったんだよ?」
「あはは、ゴメンゴメン」
「本当に反省してるのかなぁ……」
「そりゃあ勿論。これが反省してない人間の顔に見えるか?」
勉めて真面目な表情を作り、レティアの方に顔を向けた。
だがレティアは一瞬だけこちらに視線を向けただけで、次の瞬間にはそっぽを向き、視線を全く別の方へと逸らしてしまう。
一瞬だけ見えたレティアの頬が赤くなっていた事からして、少々お茶らけた返答が彼女の気に障ってしまったのかも……などと、俺がそんな危惧を抱いたのも束の間。
「もぅ、いいよ……分かってるもん。キミの言葉に悪気が無いって事ぐらい」
顔があらぬ方へと向けられているからか、或いは周りの喧騒に邪魔されているのか。少し聞き取り辛いながらも、しかしはっきりとレティアのものだと分かる声が耳朶を打つ。
直後、レティアがこちらを振り返り、なんとも彼女らしい爛漫な笑みを見せてくれる。
「という訳で、この話はお終い。まだまだ一杯御馳走はあるから、ユウト君もどんどん食べてね!」
「あぁ」
俺は小さく首肯し、レティアと顔を見合わせて笑いあった。
その最中、心の奥底で自覚する。
俺は今、どうしようもなくホッとしているのだという事実を。
理由はよく分からない。けれど、レティアとは波長が合う、とでも言えばいいのだろうか。兎にも角にも、何とはなしに微笑むタイミングであったり、あるいは会話のテンポであったり。俺と彼女はそういった何気ない部分が噛み合っている……のだと思う。
故に彼女と会話を交わしていると、心地よく感じられてホッとしてしまうのだろう。
それは――数年前、みーちゃんと一緒にいた時には無かった感覚で。生まれてこのかた、人付き合いが特別多く無かった俺にとって、この感覚は初めての体験に相違なかった。ともすれば、延々とこの世界に浸っていたい――そう願ってしまうほどに。彼女と語らうこの一時は安楽に満ちている。
けれど……ダメだ。それだけは、どうしてもダメなんだ。
優しい世界、温い世界へと、ただ流されちゃいけない。何も考えず、ただ〝そっち〟に流されていくのはなんとも楽な選択肢だろう。しかし、それでは元の世界で過した〝無為な時〟と何も変わらないんじゃないか。俺はまた、何か人として大切な物を失ったままに朽ち果ててしまうんじゃないだろうか。
そんな根拠のない強迫観念が胸を締め付ける。
だから俺はこの柔い空気に飲み込まれそうになっている自分を胸中で叱咤した。
そして「お皿、空っぽになっちゃったし、また何か取ってくるよ」とレティアに言い残し、自ら席を立とうとした……丁度、その刹那。
「――ただいまーっと。今帰ったぞ」
唐突に食堂の中に声が響き渡ったかと思うと、今の今まで姿を見せなかったノエルが入り口からひょっこりとその姿を現した。街中でよく見かける典型的な冒険者らしい服装を身にまとった彼は食堂に姿を見せるなり、孤児院の子供らに囲まれてその整った容貌にデレデレっとした笑みを浮かべ始める。
普段の飄々とした態度からは連想できないような変わり身だが、ノエルが言わずと知れた〝子供好き〟である事は前回の訪問時に俺自身も承知していることであった。
「あなたは何をやってるんですか、このロリコンっ! お客様の前なのですから、もう少し自重してください!」
「いたたたたたっ、耳ッ! 俺の耳がもげちまうッッ?!」
――そして、だらしない面持ちを晒すノエルを窘める為、ヨミがどこからともなくすっ飛んで来て彼に制裁を加える、これもまた前回の訪問時に目にした光景である。
それは今回とて例外ではなかった。如何様にしてノエルの帰宅と現在の状況を察知したのか、食堂奥の厨房で忙しなく食後のデザートを準備していたはずの少女は、疾風と見紛う速さでノエルの懐に潜り込むと彼の耳を力いっぱいにつねり上げたのである。
唐突に耳に奔った激痛。勿論それに対して無反応でいられるはずもなく、ノエルはいつしか聞いたような悲痛なる叫び声をあげている。切迫したその声色から察するに、問答無用でトリップ状態から脱却させられたらしい。
ちなみにこの一幕に対し、彼ら以外の紅蓮聖女のメンバー及び、ノエルのもとに集わなかった子供たちは無反応を貫いている。最早訓練されたかのようにすら感じる周りの対応に、これが日常的に繰り返されている光景なのであろうという事は彼らとの付き合いが浅い俺にも容易に想像することが可能であった。
「……相変わらずだな、ノエルは」
なので、俺も小さく一言呟きながら心持ち生暖かめな視線をノエルに向けるに反応を留めておくと、隣席でサラダを頬張っていたレティアが苦笑しだす。
「あーもう、ノエルもヨミもこんな時にまで……。ユウト君、うちのメンバーが騒がしくしちゃって……なんだかごめんね?」
「別にレティアが気にすることじゃないよ。こうして賑やかな方が楽しいしと思うし。それにさっきも言ったけど、こうして歓迎されていること自体が俺にとっては嬉しいことなんだからさ」
こちらもまた苦笑しながら、俺はレティアにそう言葉を返した。
そして――、
「……よし。じゃあ、俺は新しい料理を取ってくるついでにノエルにも挨拶してくるよ」
「うん、分かった」
一旦レティアとの会話を中断し、俺は今度こそ席を立ち色とりどりの料理が大皿に乗ってずらりと並べられているテーブルの前まで移動する。そこで次は何を頂こうかと頭を悩ませながら鳥っぽい肉のソテーとエビっぽい小型の甲殻類がちりばめられているシーフードサラダらしき一品を自らの皿に盛りつける。
そうして一先ずの食事を確保し、俺は既にヨミの制裁から解放されたらしいノエルの方へ足を向けた。
するとノエルは直ぐにこちらの接近に気が付いたらしい。普段の彼らしい明瞭な笑みを浮かべると、快く俺を迎えてくれた。
「よぉ、ユウト。お前さんが元気そうで嬉しい限りだぜ」
「あぁ、どうにか元気にやれてるよ。――こうして早くも生活の拠点を得られたのは間違いなくノエルのおかげだ。改めてありがとう」
「なに、俺はただお前さんをこの街に招き入れただけだ。ギルドから直々に一軒家を提供されたのはあくまでもお前さん自身の成果だよ」
ノエルは大げさに右手を振り口元に微笑を浮かべると、次いで少しばかり申し訳なさそうな面持ちでこちらを見つめてきた。
「それよりお前さんの歓迎会だってのに最初から顔を出せなくて悪かったな」
「いや、事情はレティアたちから聞いてるから気にしてないよ。ギルドから直々のご使命とあっては断る訳にもいかなかっただろうしさ」
そう、ついさっきまでノエルがこの場にいなかったのにはきちんとした理由がある。実はこの催しを行うにあたって、紅蓮聖女のメンバーの中で唯一彼だけは急きょ冒険者ギルドから指名依頼を承ったという事で途中参加を余儀なくされていたのだ。
尚、〝指名依頼〟とは読んで字の如く、ギルド側が予め受領する人間を指定して発行する依頼の事である。
これらの中には一般冒険者では遂行できない特殊な技能が必要とされる、所謂専門職的な依頼が多く、〝他者の人間性を感じ取れる〟という不思議な能力を持つノエルに対しても〝街の入出場を管理する外壁の門の警備〟という名目で度々発行されているのだそうだ。で、本日においてはとある事情により、街の入場門が閉門される定刻までノエルの力がどうしても必要になったとのことで指名依頼をを賜ったらしいのだが……現在の彼の様子からして、どうやら依頼は何事もなく完遂できたようである。
「――そんな事よりノエルが無事に帰ってきてくれた事がとても嬉しいよ」
俺がこの世界で生きるための基盤を作ってくれた恩人に対し、嘘偽りない本心を晒す。
すると当の恩人たるノエルは、俺の言葉に対して束の間面くらったように目を見開き、
「そ、そうか? なんだか照れ臭ぇな……」
と呟いてから、さも照れ臭そうに鼻先を掻いた。
続けて、彼はにこりと笑みを浮かべると、
「にしても……やっぱ、お前は俺が思った通りの良い奴なんだな、ユウト。そんなお前さんとお隣さんになれて俺も嬉しいぜ。――これからもよろしくな」
そう言い放ち、右手をこちらに差し出してくる。
俺は瞬時にその行動の意味を悟り、ノエルの右手を同じく己の右手で強く握り返した。
「あぁ、こちらこそ。これからよろしく」




