そして彼は変革の狼煙と遭遇する
またも三週間間を開けての更新となってしまい、申し訳ありませんでした(土下座
レティアと別れた後、俺は冒険者ギルドに赴いて二つの依頼を同時受注した。
一つは先日受けたものと同じ、リアント草の採取依頼。
もう一つは、昨日の調合でも使用したコドリの採取依頼。
どちらも薬師の森の中に自生している薬草だ。
この様に並行して進めやすい複数の依頼の同時受注はギルド側からも推奨されている行為であり、ギルドの規約にも〝自分の冒険者ランクと同じ数までは依頼を同時に受注する事ができる〟という一文が記載されている。
そして俺の現在の冒険者ランクはⅡであるからして、二つの依頼を同寺受注する事に何ら問題は無く。
結果、冒険者ギルドで滞りなく依頼を受注した俺は、先日の様に街の西門を通り、外壁の外に出た。地平線の彼方まで平原が続くだけの単調な光景の中、平坦な道を歩いていく。そうしてしばらくの後、俺は目的地――『薬師の森』に辿りついた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
今日は早朝から快晴で、木々の枝葉が鬱蒼と茂った薬師の森の中にも、頭上を覆う緑色の天井の隙間から一筋二筋と陽光の射線が差し込んできていた。ほんの少し薄暗く、ほんの少しジメジメとしている森の中を微かに照らす射光は、真っ暗なステージ上を照らすスポットライトのようにも見える。まぁ、目前でそのスポットライトを浴びているのは、名も知らない下草、或いはそこら中に分布している薬草の類なんだけど。
「……って、どうでもいいか。そんな事は」
何気なく頭を過ぎった心底どうでもいい思考を苦笑と共に払い落とし、俺は薬師の森の中を歩く。
既に森に入ってから、五分が経過しようとしていた。
前回の事を考えると、そろそろか。あのよく分からない石像が鎮座している、リアント草の密集地に辿りつくのは。そう思っていると、途端に前方の視界が開けて、見覚えのある光景が現れた。
いつしか見た光景。森の中に突如として出現する、見晴らしの良い場所。綺麗な円を描くように木という木が排除されたその場所は、やはりどこか人為的な影響を感じざるおえない。人でなくとも、精霊とか、或いは精霊とか。そういったモノの意志が働いているのではないかと思える。事実、ここには一度ナタリアさんが調査に来た事があるらしく、その時に精霊が関与しているかもしれないという所までは掴めたらしいのだが、それ以上の事は何もわからなかったらしい。
そう考えると、ここは本当に謎めいた場所だ。何のために存在しているか。そもそも何かの為に存在しているのか。ただそれだけの事すら分からず、幾重ものベールに包まれてしまっている。
存在理由だけでなく、作られた経緯すら不明の場所――一瞬、精霊が作ったミステリーサークルの類かな? と思ったのは内緒の話。
俺はそんな謎多き場所に到着する否や、外縁部に座り込んで辺りに自生しているリアント草の採取を始めた。
アイテムボックスの中から小型のナイフを取り出し、刃を独特な鍵状の葉を広げるリアント草の茎に当て、切り取る。そうして収穫した物を腰に取り付けた革製のポーチの中に仕舞っていく。むろんこんな煩わしい工程を踏まずに、無差別に手で毟って採取しても構わない。けれど、それでは薬草の品質が下がってしまい、薬の品質にも悪影響を及ぼしてしまうと『調合資』には記されていた。少しの苦労を面倒くさがった結果として、その後の成果に影を落としてしまっては本末転倒。それに……そうして得られた結果に、きっと意味は無いから。
だから、俺は丁寧な作業を心掛けている。
なるべく薬草に傷がつかないように採取し、一つ一つ、丁寧に丁寧に処理して、収納。
一見地味な作業の様にも見えるし、実際にかなり地味で退屈な作業なんだけど、ここでの処理の仕方が後々明確な差となって現れるらしいのだから、自ずと気が抜けなくなる。
そうだ。気を抜くのは、休憩して怠けるのは後回しにすべきだろう。少なくとも、今は。
あと少し、もうちょっと。今、気張る事が出来れば、きっと目に見える成果が得られるはずだから。自分にそう言い聞かせて黙々と単調な動きを継続する。
それから凡そ一時間を費やし、ようやく目標の量の採取を終えた頃には、既に太陽は頂点辺りまで上っていた。ここに来た時よりも周辺の気温は幾らか上昇していて、今まで一つの作業に没頭していたことも相まってか、微かに蒸し暑さを感じる。
俺は額に滲み出る汗を袖で拭いながら作業を切り上げ、その場に立ち上がった。
よし、これで後はコドリを採取すれば……。
「……?!」
――嫌な感覚。
俺は咄嗟に腰の得物を鞘から抜き放ちながら、辺りに視点を移ろわせた。
……誰かから、見られている気がする。チリチリとこちらを無遠慮に見つめる視線がどこからか向けられているのが何となく分かる。
視線の数は……多分七つ。内三つは、数時間前に感じた精霊のそれに近い。これは多分、この辺りを彷徨っている精霊のものなのだろうという予測が建てられる。
問題は残りの四つの視線だ。これらからは、こちらを害そうという明確な殺気を感じ取れる。悠久の館での戦闘訓練の際に戦ったり、館を出て森を突っ切る最中にも幾度となく戦った〝グレイウルフ〟達も同じような視線をこちらに向けていたから、間違いないと思う。
殺気。何でこんな物を俺なんかが感じ取れるのかはよく分からない。けれど、森の中でこういった視線を感じた次の瞬間には〝グレイウルフ〟達が姿を現していた。そういった意味では、既にこの〝感覚〟には幾度も命を救われてきている。それだけは確かだ。
だから、この自分の感覚に逆らわず、けれど過信はしないようにしながら。俺は懸命に自らに突き刺さり続ける視線の元を辿ろうと試みる。
最も強く視線を感じる首筋――そこから、仮想の腕を伸ばしていく。そんなイメージ。
仮想の腕は手探り状態で空中を進んでいき、終にはその終着点にぶち当たった。刹那、俺はその終着点の方を振り返る。すると、そこには木陰に紛れるようにして存在している、小さな人影が一つ。
「――誰だっ!」
『グフッ、ゴブッ!?』
無遠慮に視線を寄越すその存在を咎めるように鋭い声を放つ。すると、ばれた事に気が付いたのか、小さな人影は酷く濁った奇声を上げ、のっそりとその姿を露呈させた。
一般的な成人男性の胸ほどしか無い、小さな体躯。体色は周囲の下草に紛れればその姿を見失ってしまいそうな、緑一色。手足や胴体はガリガリにやせ細っている。あばら骨がくっきりと浮かび上がっている体はほぼ裸同然の状態で、唯一貧相な腰布だけが陰部を隠す様に腰に巻かれているだけだ。殆ど瞼の中に埋もれてしまっている小さな双眸は爛々とした赤色を内包しており、豚鼻のしたに開く口からは、鋭い犬歯が顔を見せている。
知っている。あの魔物を俺は知っている。悠久の館で見た魔物図鑑の中に、あの姿が描かれていたから。
名前は――ゴブリン。集団で身を寄せ合って生活する、小さなヒト型の魔物。個々の戦闘能力は然程高くないが、魔物にしては比較的高めであるとされている知能を生かした集団戦闘で人に襲い掛かってくる。自分の記憶に差異が無ければ、そんな魔物だったはずだ。
で、あれば。今ここにいるゴブリンが〝奴一人〟だけであるはずがない。
ゴブリンは決して単独行動をしない。億劫なまでの集団行動。非情なまでの数の暴力。それが奴らの強みだ。そして、ゴブリンたちはそれが自分たちの最大の強みであると本能的に理解している。にも拘らず、一匹で行動しているのはあまりにも不自然だ。残りの視線の先に仲間がいると見てまず間違いない。
そう思って辺りを注意深く観察していると、周囲の木々がガサガサと揺れて更に三匹のゴブリンたちが姿を現した。
――合計四匹の小人型魔物達。醜悪な外見を晒す奴らは俺の周りを包囲すると、その手に持っていた棍棒のような武器をチラつかせ、何が可笑しいのか、互いに顔を見合わせながらゲラゲラと幼稚な笑声をあげ始める。相手を見下し、神経を逆撫でる皺がれた声色。それが無遠慮にこちらの耳朶を叩いて来て、思わずイラッとしそうになる自分を何とか抑制する。
シェリルさんの教え。戦闘、闘争において余分な思考や気概は等しく無意味で無価値。それらは思考能力のリソースを奪うだけでなく、時として戦闘の障害にすらなり得る。だから、戦闘の最中に特定の感情に支配されてはいけない。さもなくば、動きが単調になり、直ぐに隙を突かれて呆気なく殺されてしまうだろう。
浅く、息を吐く。落ち着け。ステイクールだ。ステイクール。何人相手だろうが、相手にどれだけ侮られようが、冷静に対処しろ。そう、自分に言い聞かせる。繰り返し、繰り返し、魂に刻み込むが如く。自分が思い上がらないように。慢心しないように。
俺は弱者だから。たった一人ではちっぽけな力しか発揮できないから。
けれど、ここには味方はいない。たった一人で完全に孤立した状態。それでもやるしかない。自分の命を繋げるために。これまで与えられた恩に報いて行くためにも。
人型の魔物と戦うのはこれが初めてとか、そんな言い訳は奴らには通用しない。敵か味方か、奴らが襲撃の有無を判断する基準はそれだけなんだから。
次回の更新は来週の日曜日の予定ですが、延期となる可能性があります。その際は活動報告にてお知らせ致します。
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