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自称『神』の提案

ちょいと予定を変更して、今日、明日中に異世界に転生する直前までを投稿しようかと思います。

やはり、異世界に転生しないまま何日も間延びさせていては読む方にとってもつまらないかと思いまして。

なので、今日はこれを含めてあと二回の更新。

明日は二回更新という形にさせてもらいます。

それでようやく長い導入部分は完結。明後日より異世界での話となります。


 訳が、分からなかった。


 なんでこんな事になっているのか。


 どうしてこんな事になってしまったのか。


 そもそもこの光景は何だ、とか。


 あそこに横たわっている『俺』は『誰』だ、とか。


 頭の中で、著しく纏まりのない言葉が思考という名の川を流れていく。


「君は死んだんだよ」


「死ん……だ?」


 語り掛けてきた自称『神』に俺は問い返す。


「あぁ。君は自分の家に帰る道中、一人の少女を助けた。ほら、あそこにいる娘さ。見覚えが無いかい?」


 部屋の中には一人の少女がいた。一切模様の入っていない真っ白なワンピースを身に纏い、艶やかな黒髪を腰まで伸ばした少女。その様は後姿だけを見れば如何にもな大和撫子であるが、顔の造形はどちらかと言えばヨーロッパ人寄りで、まぁ日本人には見えない。


 少女はベッドの上に横たわる『俺』の傍に佇んでいた。悲し気な表情を浮かべ、両手は己が身に付けているワンピースの布地を固く握りしめている。


 その顔、その表情に見覚えは……ある。鮮明に思い出せる。


 あの時の情景、状況――その全ても含めて、だ。


「そうか。俺はあの子を助けようとして……轢かれた、のか」


 俺の呟きに自称『神』は頷いた。


「そう。その結果がこの光景だ。君は勇敢にも一つの命を救おうとした。けど、それには代償が必要だった。つまりは等価交換さ。少女の命を救うためには、君は君自身の命を犠牲にする他に方法はなかった」


 そう自称『神』の少年が言った直後、ベッドの上に横たわっていた『俺』の様子に変化が訪れる。僅かに上下していた胸の動きが止まった。次いで、そこからコードで繋がっていた心拍計測を行う機械が『ピーーー』と単調な音を鳴らし始める。


「裕翔ッ!」「逝くなッ、裕翔ッ!」


 誰かが声を荒げた。


 その声は父さんと母さんの物だった。二人は一切の鼓動を止めてしまった『俺』に縋りつくように体を前に乗り出し、固く目を閉じる『俺』に必死に語り掛けている。だが、『俺』が彼らの声に答える気配は無い。


「そ、そんな……」


 そんな『俺』、父さん母さんの様子を見て、誰かが泣きそうな声を上げた。


 誰かと思い、声が聞こえてきた方に目を向けると、そこには両手で顔を覆い、涙を流している佐奈さんの姿がある。彼女のそばには、彼女の夫である颯太さんの姿も。颯太さんとは時々顔を合わせる機会があったから、顔なじみと言っても良い。


 彼は悲しそうな表情を浮かべながらも、自身の伴侶である佐奈さんを気遣うように、彼女の背中をゆっくりと撫でていた。


 病室に悲愴、諦念、あるいは絶望。そういった空気が満ちる。


 誰かの鳴き声が、叫び声が、絶え間なく俺の耳朶を打っていく。


 それはまるで、雨あられのように。いっそ、スコールのように。どこか冷たい声達が俺の全身に降り注いでくる。


 そんな中、『神』はいつの間にか、物言わぬ骸となった、ベッドの上に横たわっている『俺』、そのすぐ傍に佇んでいた。丁度、泣き崩れる父さん母さんの真横に奴が立っている形。


「改めて言おう。君は死んだ」


 奴はその端整な顔に薄く笑みを浮かべ、俺に向かってそう言い放った。


 そんなお気楽な様子を見せる奴に俺は苛立ちを覚える。それは、今の自分がどうなっているのか、これからどうなるのか――そんな不安を抱えた結果だ。


「俺が死んだのは……まだ納得できてない。信じてもいない。けど、仮に俺が本当に死んでいたとして……じゃあ、今の『俺』は何だ? あそこに横たわってるのが『俺』なら、こうしてお前と喋ってる『俺』は何だ?」


 故に、俺は奴に疑問をぶつける。


「君は君さ。他の何者でも無い」


 すると、奴はとぼけるように返す。が、その程度の言葉で俺が納得する訳が無い。


 それは寧ろ俺の苛立ちを煽るだけだった。沸々と煮えたぎるような怒気が腹の底から湧き上がる。


 俺をなめているのか――と奴を問い詰めたくなる想いをグッとこらえた。


 代わりに、鋭く尖らせた視線を奴の方に向ける。


「おぉ。怖い」


 俺に睨みつけられた『神』は肩を竦め、緊張感のない声で宣った。


 奴の余裕な態度は相も変わらず崩れそうにない。こちらの怨嗟の視線もどこ吹く風と言ったところだ。


 何というか、奴と俺とでは決定的に年季に差がありすぎるような気がする。


 見た目はほぼ同じ年ぐらいのはずなんだが……少なくとも、奴は普通じゃない。


 あの『指パッチン』を例に挙げてみてもそうだ。普通の人間にあんなことが出来るわけがない。


 さっきまでは心の中で否定していた。


 けど、奴が『神』と自称しているのもあながち冗談では無いのかもしれない。


「ふむ……話をするには、ここでは少し騒がしいね」


 束の間の後、『奴』は一言言葉を発し、先ほどと同じように指を鳴らした。


 刹那、三度(みたび)世界は改変される。ぐにゃりと目の前が歪む独特の感覚がした後、俺と『神』は、三百六十度全てが白に染まった、見覚えのある不思議な空間に立っていた。


 まるで雲の中にいるかの様なこの空間において、先の病室の面影は何処にも残っていない。あちらこちらから聞こえて来ていた声もピタリと止んでいた。


 その世界を眺めながら「うん。静かになった」と、どこか満足げに頷く『神』に俺は再び問う。


「答えろ。『俺』は何だ? 俺が死んだのなら、何故、俺は今こうしてお前と話をしている?」


「さっきも言っただろう? 君は君。まぁ、さっきも見た通り君はもう既に死んでいるから、『今の君』は体という殻を捨てた、その中身――『魂』だけの存在、と言えばいいのかな」


「今の俺が……魂だけの存在……?」


「そうそう。にわかには信じがたいことかもしれないけどね。それを信じてもらうには……そうだな。一度自分の胸に手を当ててみると良い」


 俺は『神』の言う通り、自分の胸に右手を当ててみる。


 すると、すぐに自分の心臓の鼓動を感じられない事に気が付く。


(おいおい、嘘だろ……)


「どうやら、気が付いたようだね」


 自らの変化に愕然とする俺に、目前の『神』は微笑みを浮かべながら語り掛けてくる。


「それが君が死んで、既に魂だけの状態になっているという事の証明さ。そもそも死者には、今の君のように自分の意思で動かせるような体は無いんだ。けど、今回はそれだと都合が悪いからね。僕の力で君に仮初の体を与えた。生前の君と全く同じ体さ。だけど、『ここ』には『生者』は存在できない。心臓の鼓動とは、『生者』である証。だから、君の体から心臓の鼓動だけを奪い取らせてもらった」


「そんな事が――」


「出来るんだよ。僕にはね。ほら、僕って『神』だから」


 俺の言葉を遮り、『神』は言い放った。まるで、それが当たり前だと言うように。


 そんな奴の言葉を、俺は否定することが出来なかった。


 奴――『神』の言っている事は常軌を逸している。


 そもそも自分自身を神だと呼称する事自体、頭が湧いているとしか思えないし、他人に向かって『お前は死んでいる』と宣うなど、その人物に対する冒涜でしかない。


 で、あるなら。俺は奴の言動を馬鹿馬鹿しいと一刀両断にすることも出来たはずだ。


 しかし、俺は自身の中にある本能的な部分を以って、奴の言葉を受け入れていた。


 こいつは『神』なのだという事実。俺は死んだのだという現実。


 それらの事柄を俺は本能的に肯定していた。


「……俺は、死んだのか」


 ぽつりと、呟く。


「あぁ。君は死んだ」


『神』は淡々と俺の呟きに答え、そのまま言葉を続けた。


「だが、君はただ死んだわけじゃない。一人の少女の命を救って死んだ。あの時、君が助けなければあの少女は命を落としていただろうね。君はそんな崖っぷちの命を救って見せた。……そこは称賛されるべきだし、その功績は湛えられるべきだと僕は思う」


 奴はそこで一旦言葉を区切ると、またもや指パッチン。本日四度目だ。


 そんな奴の行動に対し、俺はまた景色が変わるのかと身構えるが……どうも違うらしい。


 今度は周りの光景全てが変化するのではなく、奴の奥に人一人が軽く潜れるほどの高さの木製の扉が出現した――って、なんだあれ。


「――だから、僕は君に生き返るチャンスを与えることにした」


 その言葉に釣られ、俺は奴に視線を向けた。


 数瞬前の絶望に打ちひしがれていた時とは打って変わり、俺の胸の内に希望の光が飛び交い始める。


「戸上裕翔……君は異世界で生きていく気はないかい?」


 しかし、奴の言葉は俺が望んでいたそれとは少しばかり違っていた。


「……は?」


 奴の言葉に対し、間抜けな返事をしてしまった俺を誰が攻められるというのか。


「えっと……異世界? 元いた世界、とかではなく?」


「へぇ、異世界という概念に対する知識はあったんだね」


 何故か少し人を小馬鹿にするようにして関心を示す神。その口調に少しばかり憤りを感じながらも、いや、だってまぁそこは普通にあるだろうさ、と俺は思う。


『異なる世界』と書いて異世界。


 それは創作物では定番の舞台。最近じゃ平衡世界理論――パラレルワールド、つまりは異世界の存在証明をしようとしている科学者もいると聞く。


 実際に有るか無いかは別として、ここ数年で一般人にとっても『異世界』という言葉は比較的身近なものとなったことは間違いない。


 しかし、そんな世界で生きていく……? 何も知らない、そんな世界で俺が? 嘘だろ。


「……地球に生き返らせてくれるって訳じゃないのか?」


「すまないね。これは僕ら、神に共通する掟なんだ。『死した者の魂はそのままに元の世界に返すことは出来ない』ってね。自力で生き返ったり、元の世界からの介入によって『蘇生』した場合は別として、僕の権限で君を元いた世界に送り返すことは出来ないんだよ」


「……もし、俺が異世界に行くことを断ったら?」


「どうにもならない。君は輪廻の流れに取り込まれ、次の生まで意思なく浮遊するだけの存在となる。そして次、君が新たな生を受けた時には今の『君』の記憶は全て無くなっている……ただそれだけの事さ」


 粛々と答える神に嘘を付いている様子は無い。


 ってことは、本当に俺は地球で生き返る事は出来ないのか。


「いきなりこんな話を聞かされて、君は混乱していると思う。突然、全く知らない世界で生きていくかと聞かれて即答できるものでもないだろう。けど、決断してほしい」


 決断してほしい――そう言われても難しい、というのが今の俺の心境だ。


 まだ心の整理が追い付いていない。


 自分が死んだという事に対する衝撃が未だに強く心に刻みつけられている。


「……少し、考える時間をくれ」


 ともかく、時間が欲しかった。自分の心に整理をつける時間を。


「分かった。それほど長くは待てないけど、君にも時間は必要だろうしね」


 俺の頼みに応えた神は小さく笑みを浮かべた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ――まだ俺が『あっちの世界』で生きていた頃。


 俺の心はどこか凍り付いていたように思う。


 勿論、他の人等のように笑いはするし、泣きもするし、時には怒りもしていた。だけどそれはどこか表面的で、薄っぺらいもので。きっと、俺は心の底から自身の感情に浸る事が出来ていなかった。


 だからなのか。俺には自信が無い。これまでの自分の人生に悔いが無いか、とか、思いっきり自分のやりたいことを出来ていたか、とか。そういう事に対する自信が欠片程も無い。つまりは空っぽだ。『あっちの世界』にいた頃の俺は空っぽと呼ばれるのがふさわしいような存在で、そんな自分が嫌だった。


 自分が何故、そんな存在になってしまったのか……理由は察しが付いている。


 六年前の『あの日』に、自分の一番身近にいた少女がいなくなってしまったから。あの日、心の大きな支えだった彼女を失った俺は……失意のどん底に落ちた。


 そして、そこから何かを変えるでもなく、結局俺は死んでしまったのである。


 そんな自分の人生を顧みて、何かを残すでもなく、ただ迷い続けただけの俺の人生に何か価値はあったのだろうか、と改めて自問自答してみると、答えは直ぐに出た。


 即ち、『否』。


 俺は、自分の人生に何か特筆すべき価値があったとは到底思えない。


 そんな、人生。――何も生み出さない人生。


 改めて振り返ってみると、それは途轍もなく悲しい事のように思えた。


 そして、何よりも。自分を生み、育ててくれた両親に申し訳なく思う気持ちがあった。


 まぁ、あのお人好しの両親の事だから、俺がどんな生き方をしても、それが人としての道理を外したもので無ければ笑って肯定してくれるとは思う。


 だが、それじゃあ俺自身が納得できない。


 今のままでは、俺は、自分の人生を笑って肯定する事が出来ない。


 胸を張って、俺は精一杯生きたと、自分の有り様を誇る事が出来ない。


 このまま消えてなくなって、「はい、また来世で」なんて終わり方はまっぴらごめんだ。


 だから――チャンスが、欲しかった。


 自分を変えるチャンスが。


 何でもいい。


 俺は、何でもいいから、きっかけが欲しかった。











次回の更新は本日23時となります。

今回も読んでいただき、誠にありがとうございました!

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