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微睡を帯びた世界

前回より二週間ぶりの更新です。先週は全く更新できず、誠に申し訳ありませんでしたm(__)m

 さて、突然の出来事ではあったが、俺は本日、夢のマイホームを手に入れた。

 いや、この場合、『夢の』マイホームという表現は少々不適切だろうか。なにしろ、母親のお腹から生まれ出てこのかた、自分の居を構えるという未来を想像したことなんて無かったし、何なら、そういう願望を抱いた事すら無かった。


 とは言え、マイホームがマイホームであることに変わりは無い。今日からここが我が家となり、俺はこの場所を拠点として日々の生活を送る事となる。ならば、まずやるべきことは引っ越しだ――と、ほぼ勢いのままに俺は現在の定宿である『豊穣の宿』に戻り、恰幅の良い女将さんに今日限りで部屋を引き払う事を告げた。


 しかし、その際に一悶着あった。それは別段、女将さんがお客を流出させないように俺を引き留めようとしたとかそういう訳では無く、唐突に「家を貰ったので」とか言い出した俺の事を女将さんが心配してくれたというのが事の真相である。


 俺は懇切丁寧に事の一連を説明し、女将さんにこれまでのお礼を言って頭を下げた。無論、引き払いがあまりにも唐突なタイミングとなった事も合わせて謝罪する。

 すると、女将さんは豪快に笑って謝罪を受け取り、許してくれた。それどこか、「また住処に困ったらうちを訪ねてきな!」とまで言って送り出してくれたのだから、本当に彼女には頭が上がらない。

 宿を発ち、背中に女将さんの激励の声を受けながら、俺は女将さんにもいつか恩返しする事を心に決めたのだった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「――あ、レティア」


「……ユウト君」


 豊穣の宿を引き払い、新たな我が家へ戻る道中――というか、我が家へ戻って来ると、その前に佇んでいるレティアを見つけた。見知らぬ人間ならまだしも、彼女はこれから隣人となるだけでなく、今までにも色々と交流があった相手だ。俺は軽くでも挨拶を交わしておくべきだろうと思い、ゆったりとした足取りで彼女の方に寄っていく。


「さっき振り」


「うん、あ、さっきはゴメンね。うちの子達が迷惑かけちゃって……」


「いいっていいって。子供は元気な方が良いに決まってるからさ」


 そう笑いながらレティアの謝罪を遠慮して、俺はふと抱いた疑問を投げかけてみる。


「――それにしても一体どうしたの? こんな場所に佇んで」


「あ、うん。ユウト君がここに引っ越してくるって聞いたから、挨拶しておこうと思って待ってたの」


「あれ? もう知ってたんだ」


 意外な回答に驚愕して問い返すと、レティアは一つ頷いて。


「昨日の内に冒険者ギルドの方から通達が来ていたから。明日、ユウト君にここに住むように勧めてみるから、もし本当に住むことになったらよろしく、みたいな感じで」


「なるほど……こっちに話を持ってきたときには、ある程度の根回しは済んでたって訳だ。手際が良いというか何というか……」


「ほんとにね。私も昨日初めて話を聞いた時は、ギルドマスターは相変わらずだなーと思ったよ」


 互いに顔を見合わせ、苦笑し合う。何とも穏やかな日々。数日前まで森の中で十日に及ぶサバイバル生活を強いられていたとは思えない程の、微睡を帯びた時間。

 レティアの傍にいると、いつもこんな感じだ。彼女自身の雰囲気のせいか、或いは俺と彼女が一緒にいると化学反応的な事でも引き起こされてこうなってしまうのか。とかく、ゆったりとした気持ちになる。


 それが悪いとは言わない。寧ろ、好ましいと思う。こういった時間はきっととても貴重で、何物にも代えがたい価値を持っているのだと、そう感じるから。


「まぁ、とりあえずこれからはお隣さんてことだね。よろしく、ユウト君」


「あぁ、よろしく。レティア」


 どちらからともなく右手を出し合い、握手を交わす。それから、レティアは良い事を思いついたとでも言うように、胸の前で手を合わせ、明るい表情を浮かべる。


「そういえば、ユウト君はこの後どうするの? 今日はギルドメンバー全員がお休みだし、実はうちでユウト君の歓迎パーティーをやろう、って昨日から皆が張り切って企画していたんだけど……」


「あー、ゴメン。この後は冒険者ギルドで依頼を受けて来ようかって思ってて。結局、昨日は依頼を受けなかったし、今日こそお金を稼いでおかないと、明日から一文無しになっちゃうから。……それに、この家の代金も払わなきゃだし」


「このお家、譲ってもらったんじゃなくて、買ったんだ? てっきり、私は冒険者ギルドから譲ってもらったんだと思ってたよ」


 首を傾げるレティアに俺は事の顛末を軽く説明した。

 今朝いきなり冒険者ギルドに呼び出され、今回の件――つまり、この物件を〝譲渡〟する心づもりがあるという事を伝えられたこと。

 実際にここまでやって来て、家の中を見学したこと。

 そして、契約の折に〝譲渡〟という形では無く、正当な対価を支払う〝購入〟という形にしてもらうよう、こちらから頼み込んだことを。


「――じゃあ、ユウト君はわざわざ自分から購入っていう形に持ち込んだってこと?」


「うん。こんな立派な家をただで貰うってのは……なんだか気が引けちゃってさ」


「そっか……初めてうちに来た時もそうだったけど、変な所で律儀だよね、ユウト君って」


「そう?」


「そうだよ。頑固と言うか何というか……あ、でも、それが悪いんじゃなくて。寧ろ、そういう所がユウト君の美点なんじゃないかな」


 美点、か……さっき、ナタリアさんにもそんな事を言われたけど、やっぱり実感は無い。


「そうなのかな……」


「うん。そうだよ、きっと」


 未だ半信半疑……と言うより、自覚のない俺の呟きをレティアは笑って肯定してくれる。

 ……本当にそうなのだろうか。俺は律儀なのか。やっぱり実感はわきそうもない。少なくとも、今までそんな事を他人から指摘された事なんて一度も無かったから。けど、今日だけで二人もの人に同じことを言われたのだ。なら、少しだけでも自分は律儀であると思ってみてもいいんじゃないだろうか。誰にともなく、そんな考えが浮上する。


 ……まぁ、それを自覚した所でやる事はこれまでと変わらないんだけど。


「とにかく、今から歓迎パーティーには参加できないかな……わざわざ誘ってもらったのに、ゴメン」


 軽く頭を下げ、謝罪する。

 すると、レティアは首を横に振ってから口を開いた。


「ううん。そういうことなら仕方ないよ。どんな言葉で取り繕っても、結局生きていくのにはお金が必要だと思うし……あ、でも、依頼を達成した後なら時間はあるよね?」


 俺は少し思案して、首肯する。


「まぁ、俺のギルドランクはまだ下から二つ目だし、街近辺の依頼しか受けられないから、夕方までには帰ってくると思う」


「なら、その後に歓迎パーティーをするって事でどうかな?」


「分かった。それじゃあ、依頼の報告を終え次第、俺はそっちにお邪魔するって事で」


 特に断る理由は無かった。それに、丁度孤児院の子供達にも顔を見せておかないといけないなと思っていた所でもある。だから然程迷うことなく提案を承諾すると、赤髪の少女はさも嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。


「うん。ユウト君の事、待ってるから。きっと、私だけじゃなくて、他のメンバーや孤児院の子供達もね。皆、昨日ユウト君が隣に引っ越してくるかもしれないって聞いてから浮足立ってたし……だから、出来るだけ早く帰ってきてくれると嬉しい、かな」


 そう言って、レティアが上目遣いでこちらを見つめてくる。

 斜め下のアングルから紅玉(ルビー)の如き赤い双眸に見つめられて、自分の心臓の鼓動がほんの少しだけ加速したのを自覚しつつ、俺は小さく頷いた。


「――じ、じゃあ……そろそろ行ってくる」


 そして、己の内に沸いた煩悩を振り払うように。

 何となく気恥ずかしい感情を抱きながら一時(ひととき)の別れを告げる。


「うん。行ってらっしゃい。ユウト君」


 小さく手を振るレティアに手を振り返し、踵を返す。

 メインストリートを吹き抜けていく朝の爽やかな風を全身で感じながら、俺はその場を後にした。








次回も来週の日曜日に更新予定です……うん、出来たらいいな……(´・ω・)

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