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よきにはからえ

今回こそ、ようやく予告通りの日付に更新出来たぞーーーっ!


……これはきっと、明日は雨が降るな(´・ω・)(名推理



精霊に関する説明の文面、そしてそれに関連する会話文の改稿を行いました。(2019/3/18)


「……分かったわ。トガミ君の意志を尊重しましょう」


 ナタリアさんはしょうがないと言わんばかりに肩を落とした。そして、一つの条件を付けてくる。


「ただし、利子は一切無しよ? この街の為、貴方が尽力してくれるだけで、利子の分は十分に回収できるんだから」


 なるほど、つまり足りない分は働きで返してくれと。そういう事か。

 あるいは、そう条件を付ける事で、この議論の落としどころを自分で作ったのかもしれない。どちらにせよこの申し出が有難いことには変わりないので、俺は特に反論も無く首肯する。


「分かりました。ありがとうございます、ナタリアさん」


「えぇ。これからの活躍に期待しているわよ、トガミ君。ーーそれじゃあ、気が早いかもしれないけれど、ここで『誓約』を結んでおく? そうすれば、この土地と物件の所有権はトガミ君に〝魔術的〟に譲渡されて、今日からでもここに住めるけど。……あ、トガミ君は土地売買時の土地の所有権移行の方法って知ってるかしら? 分からなかったらこちらから説明させてもらうわ」


「それは初耳ですね……なので、説明していただけると有難いです」


「分かったわ」そう呟いて、ナタリアさんは次の様に説明してくれた。


「このグリモアの街のように周囲を外壁に覆われた〝人の領域〟の土地は全て、誰か一人の人間と『誓約』を交わしているの」


「へぇ……でも、土地が『誓約』なんてものを交わす事が出来るんですか?」


「えぇ。……まぁ、正確には私たちは土地そのものと『誓約』を交わすんじゃなくて、その土地を管理している最も小さな存在――〝下級精霊〟と『誓約』を交わすんだけどね。ちなみに、トガミ君は精霊の事はどれぐらい知っているの?」


「いや、それは……」


 全く知らない、と言おうとして俺は口をつぐんだ。


 ――〝精霊〟。

 これまでの人生において、その単語自体は何度か聞いた事がある。例えば、自分がまだ地球にいた頃、暇つぶしで幾度かログインしていたRPGゲーム等で。

 しかし、この世界において〝精霊〟という言葉が示す正確な意味を俺はまだ知らない筈だった。悠久の館にいた頃にシェリルさんから教わった記憶は無いし、それについて記述された文献を読み漁った事も無い。


 けれど――あった。他でもない、俺自身の頭の中に。いつ蓄積されたかも思い出せない、だが〝間違いなくこれが正解だ〟と言い張れてしまう知識が。


「――遥か昔から世界中のいたる所に存在していて、魔力が一定以上寄り集まって自我を形成した魔力的生命体……ですよね」


 自分の事ながら、何故その事を知っているのかが理解できず、腑に落ちないままに答えを口にした。すると、ナタリアさんは満足げな笑みを浮かべて首肯する。


「正解よ」


「けど……精霊って普通の人には見えないんですよね? そんな存在相手にどうやって『誓約』を成立させるんです?」


 ふと自分の口から割って出た疑問、その内容に改めて驚愕する。本当に、俺はこんな知識をどこで得たのだろう。自分の中で、違和感が広がっていく。まるで東の空から流れてきた薄雲が、これまで不純物一つ無かった晴天を覆い隠していくかのように。得体のしれない〝ナニカ〟が、俺の心を侵略しようとしているんじゃないかと、訳の分からない不安に押しつぶされそうになる。

 ……もしかすると、俺が早くも忘れてしまっているだけで、実は悠久の館でシェリルさんにこの事を教わっていたんだろうか。だとすれば、シェリルさんに申し訳ない気分になるのだが、何となくその可能性は低い気がする。


「うーん……」


 ナタリアさんは少し思案してから、こちらに提案してくる。


「その辺りは実際に見た方が分かりやすいんじゃないかしら。百聞は一見に如かずとも言うから」


 俺は無言でうなずいた。

 相変わらず心の隅で引っかかるものはあるのだが、そればかりを気にしていても仕方がない。頭の中を占拠しつつある疑問一切合切を思考の外に放棄し、ナタリアさんの一挙手一投足に意識を集中させる。


「――よく見てて頂戴ね」


 ナタリアさんが『誓約』の呪文を詠唱し始める。

 直後、先日と同じように、何もない空間から何の材質で出来たかもわからない一枚の紙が生み出され、卓上に舞い落ちた。それを拾い上げたナタリアさんは、紙を持ち上げて俺に見せつけてくる。

 そこには今回の対価である家の値段が記されていると同時に、丁寧な文字でこう書かれていた。


〝現在の所有権保持者、ナタリア・ファーレスト仲介の下、一帯の土地を司る精霊に願い奉る。この者、ユウト・トガミと『誓約』を交わし給え〟――と。


 俺が読み終えると同時、ナタリアさんはその紙をテーブルの上に置いた。一体何をするつもりなのかと思っていると、あろうことか彼女はそのまま紙を放置して、紅茶で一服し始めたではないか。


「あの……ナタリアさん? それを放置したままで良いんですか?」


 問いかけると、ナタリアさんは気品あふれる仕草でティーカップを持ち上げながら器用に肩を竦めて見せる。


「えぇ。今は周りに精霊がいないのよ。だから、そもそも〝精霊と誓約を結ぶ〟という事が出来ない状態なの。ほら、相手が居なくてはどんな契約であろうと結ぶことなんて出来ないでしょう?」


「……じゃあ、どうすれば誓約が結べるようになるんです?」


「待つのよ」


「待つ?」


 何とも単純な回答に俺は些か拍子抜けした。そして同時に疑問を抱く。


「具体的にはどれぐらい待つんですか?」


「さぁ?」


 紅茶を一口すすり、次いでナタリアさんが嘯く。


「その辺りは私にも分からないわ。なにしろ、精霊を待つって事は、集合時間も場所も決めていないどころか、会う約束さえしていなかった友達を待ち続けるみたいな物だから」


「え、――ってことは、一生精霊がやって来ないなんて事もあるんじゃ……」


「それは流石に大丈夫よ」


 こちらの危惧に対し、ナタリアさんはそう言って苦笑した。


「こうして精霊を対象にした誓約をさせれば、その術者――今回の場合は私から精霊を引き寄せる特殊な魔力の波動が放たれるようになるの。だから、どれだけ時間が掛かろうとも、いずれはこの辺りの土地を司る精霊が自分からやって来るというわけ」


 直後、ナタリアさんは徐に碧眼の視線を窓の外に投げかけた。


「そう言ってる間にいらっしゃったわよ、精霊さんが」


 ――次の瞬間、俺は周りの空間に対して強烈な違和を感じた。既存の言葉では言い表せない、摩訶不思議な気配。すぐ隣にナタリアさん以外の〝誰か〟が居て、その誰かがこちらを無遠慮に見つめているような……そんな、得も言えぬ感覚。兎にも角にも、すぐ傍から誰かの気配と視線を感じられる。


 ――一体どこから?

 慌てて視線を巡らせる。しかし周囲には何も変化が無い。じゃあ、他の五感ではどうだと辺りの臭いを嗅いだり耳を澄ましたりしてみるが、やはり引っかかるものは何もない。

 それでも断言できる。今ここに俺とナタリアさん以外の〝何者か〟が存在していると。これは第六感とでも言うべきなのだろうか。普段頼っている五感とは別な感覚器官を以って、俺はその〝気配〟を確かに捉えていた。


 そうして唐突に辺りをきょろきょろとし始めた俺を見て、ナタリアさんは微笑を漏らしながら呟く。


「どうやらトガミ君は見る事は出来ないまでも、精霊を〝感じる〟事は出来ているみたいね」


「精霊? この違和感が……ですか?」


 そう問いかけると、ナタリアさんはその通りだと小さく頷いた。


「えぇ、今はあなたの右肩付近を飛び回ってくすくすと笑っているわ。ちなみに、その子の外見は体長10センチ程で、背中に蝶のような羽が生えた小さな女の子よ。下級精霊としては珍しい、人間に似た容姿をしたタイプの精霊ね」


「なるほど、精霊にも色々なタイプがいるって事ですね。……ていうか、その言い草、ナタリアさんには精霊の姿が見えてるんですか?」


「えぇ、私は『精霊術』のスキルを持っているから。これを持っていると精霊たちとの親和性が高くなって、彼らの姿が見えるようになってくるの」


「へぇ……凄いですね。なんていうか、違う世界が見えてるみたいで」


「ふふ……何とも詩的な例え方ね」


俺の表現がお気に召したのか、ナタリアさんが上機嫌そうな表情で紅茶を啜る。

ーーその、次の瞬間のこと。俺は耳元で囁かれる小さな〝声〟を聴いた。


『もうすぐ、もうすぐ――』


「――ッ! 誰ッ!?」


 唐突に聞こえてきた〝ダレカ〟の声に対し、情景反射的に腰を上げた俺は、辺りを見回しながら鋭い声を放った。……しかし、当たり前のように。部屋の中には俺とナタリアさん以外の姿は無い。


「どうしたのかしら、トガミ君?」


 疑問符を浮かべたナタリアさんにそう問われ、


「いや、今確かに誰かの声が……」


 ともう一度辺りを見回していると――またダレカの声が俺の耳朶を叩いていく。


『――もうすぐ、揃う。半分欠けた六。最後は――クスクス』


「誰だ、君は一体――」


『――じゃあね、バイバイ』


 次の瞬間、卓上にて変化が起こる。突然そこにあった羽ペンが独りでに動き出したかと思うと、紙の上を走り、何やら文章を綴り始めたのだ。それは本当にあっと言う間の出来事。羽ペンは数秒ほどでそれまでと同じように卓上に転がり、全く動かなくなった。

 そして――それと同時、先程から感じていた違和は綺麗さっぱり消え失せ、あの誰の物かも分からない声はパタリと聞こえなくなる。


 あれは……一体何だったのだろうか。怒涛の展開にいまいち付いて行けず、少し置いてけぼりを喰らった様な心境を抱いていると、ナタリアさんが紅茶を一杯口に含みながら口を開いた。


「ーー恐らくだけど、トガミ君は……精霊の声を聴いたのよ」


「精霊の声……?」


「えぇ、私も最初は気が付かなかったのだけれど……あの精霊、トガミ君の周りを飛び回りながら、何かあなたに喋りかけていたわ。それを貴方は聞きとっていたのよ。自覚は無いかもしれないけれど、それは本当に珍しい事なのよ? 精霊の声を聴ける〝一般人〟なんて、早々いない訳だし」


「そうなんですか?」


 問い返すと、ナタリアさんはえぇ、と首を縦に振って、


「そもそも、精霊術を会得せずに精霊の気配を掴める人自体が中々いないわ。その上、精霊の声を聴けるなんて、何万人――何十万人に一人の才能、と言った所。まぁ、全く居ないという訳では無いけれど、ごく少数である事は確かね。とは言っても、流石に存在を感知できるのは私たちと存在としての格が酷似している中級精霊までで、上級精霊以上の存在を感じ取ることは難しいでしょうけど」


「はぁ……」


 上級精霊や下級精霊……それは一体何なのか。そう思っていると、ナタリアさんが精霊の等級について説明してくれた。


 まず、一番下にいるのが最下級精霊。ただ宙を漂うだけの、自我が薄い精霊。所謂赤ん坊のような存在らしい。


 その上が下級精霊。今回ここにやって来た精霊もそれで、ごく小規模範囲の土地を管理したりしている者が多いそうだ。そして、この辺りから精霊としての人格が確立し始めていく。


 次は中級精霊。下級精霊達を纏める、中間管理職の様な位置づけの精霊。


 そして上級精霊。大精霊に仕え、配下の精霊たちをコントロールする者達。この辺りの精霊になってくると、俺たちのような普通の生物とは存在としての格が違いすぎる為、例え精霊術のスキルを持っている者でも彼らを感知することは叶わないらしい。


 最後に大精霊。精霊たちが進化を繰り返し、辿りつく果て。或いは、原初の精霊たち。遥か昔、この世界が〝今の形〟となった頃に創造主と呼ばれる存在に初めて生み出された精霊もまた、この大精霊だったと言われている。彼らは世界中を見渡してみてもそう多くの数は存在していない。しかし、各々の力量は人間のそれを遥かに凌駕しており、一柱で小国一つを滅ぼしつくす事が出来るとさえ噂されている。


「物凄く物騒じゃないですか、それ……」


「まぁ、話だけ聞くとそう思えてしまうかもしれないけど、それはあくまでも噂でしかないわ。想像上の空論。だって、本当に大精霊や上級精霊を見た人なんて、これまでに誰一人としていないんですもの」


「え、それはどういう……?」


「言葉通りの意味よ。上級以上の精霊達は古代の書物に僅かに記述があったり、精霊たちの話の中に出てくるだけ。その存在を確認した人を少なくとも私は知らないわ」


 自分が使っていた空になったカップに新たな紅茶を注ぎながら、ナタリアさんは話を締めくくる。


「だから中には、上級精霊や大精霊なんて眉唾物だと思っている人もいるのよ。……まぁ、私は精霊と話せる事情柄、その存在を信じているのだけどね? ともかく、その存在を信じるのか信じないのかは人それぞれって事よ」


 そして、新たに注いだ紅茶で喉を潤したナタリアさんはハフゥ、と溜め息を一つ付くと、徐に卓上の紙を持ち上げた。


「それよりも、先にこっちの処理をしてしまいましょう。どうやら、精霊の方もあなたを歓迎してくれているみたいだしね」


 紙には、少々拙い文字でこう書き足されていた。


〝わかったー。きょかする。よきにはからえ〟


「……何だか、気が抜ける文章ですね」


 苦笑しながら呟く俺に、ナタリアさんもまた苦笑を返してきて。


「否定はしないわよ。けど、これで誓約は成立する。――じゃあ、この紙を取り込んで頂戴」


「分かりました」


 俺は頷いてナタリアさんから誓約書を受け取り、いつかの如くそれを自身の中に取り込んだ。


「――ここに『誓約』は完了した。さぁ、これでこの物件はあなたの物よ」


「ありがとうございます」


「ふふっ、お礼はきちんと行動で示してもらえれば良いわ」


「はい。勿論です。冒険者ギルドに貢献できるよう、しっかりと頑張らせていただきますよ」


 そう宣言すると、ナタリアさんは満足げに頷いて、


「それが聞ければ私としても一安心だわ。……さて、そろそろ新しい書類が部屋に届くころかしらね。私はここでお暇させてもらうわ」


 優雅な仕草で立ち上がったナタリアさんは、ティーセットをアイテムボックスに収納すると、階段を降りていく。俺も彼女に続いて一階に降り、店舗部分を通って屋外に出た。

 既に早朝と呼べる時間は過ぎ去り、外にはそれなりの数の人々の往来がある。そんな中、こちらに視線を送ってきたナタリアさんはふと微笑を浮かべて。


「じゃあ、期待しているわよトガミ君。――これからも貴方の行く末に幸福があるように祈っているわ」


「ありがとうございます」


 本日何度目かも分からない感謝の言葉を伝えると、彼女はさっそうと身を翻して、その美貌のせいで四方八方から向けられる視線を気にする事も無く、まばらな人混みの中に姿を消していった。

 俺は彼女の姿が見えなくなるまで見送り、次いで視線を傍らの我が家に向ける。


「……何だか唐突な話だったけど……まぁ、これから頑張って恩返しをしていくか」


 改めてその事を心に誓い、俺は口元に笑みを浮かべた。













次回の更新も来週の日曜日の予定です。

感想、評価等いただけると有難いです。誤字報告も随時受け付けております。

では、次回もよろしくお願いしますm(__)m

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