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いつも変動は唐突に

昨日投稿した気になっていたら、まさかの操作ミスにより投稿できていませんでした……

本当に申し訳ありませんm(__)m

 初めての調合から、一夜が明けた。

 今日も今日とて朝早い時間に起床した俺は、空き腹を押さえて宿の食堂(宿の一階。ラウンジのすぐ横にある)に赴くと、今朝のオススメだというメニューを注文した。


「あいよ、ちょっと待っておくれ」


 注文を受けた女将さんが厨房に向かうのを見送り、俺は一人用の席に腰かける。

 食堂には十人分の席が用意されているが、早朝という事で俺以外の利用者はいない。

 その影響か、然程待たされる事無く料理が席に運ばれてきた。


「はい、今日のオススメメニュー、『ジャンプラビットセット』だよ」


 恰幅の良い女将さんがトレイで運んできたのは、計4品に及ぶウサギのフルコース。

 ウサギの肉入りスープに始まり、ウサギ肉の生姜焼き、ウサギ肉のスモークが散りばめられた新鮮なサラダ、そして柔らかいパン。


 森の中に生息するウサギ型の低級魔物、〝ジャンプラビット〟がふんだんに使われた料理の数々を前に、俺は唾をごくりと飲み込んだ。

 唾を飲み込んで、空腹による警鐘を鳴らそうとしている腹と、目前に並ぶ皿の数々に対して微かな嫌悪感を抱きつつある心を諫める。


 今、俺の目前に並べられているのは、魔物の肉だ。

 魔物。少しでも〝そう言った方面〟の知識を有する人なら、その言葉を耳にした時、様々な事を想起するに違いない。それも、恐らくはマイナスな方面に。

 人を襲うとか。街を壊すとか。何だか訳の分からない法則で以って、突然森の中とかに〝湧く〟存在であるとか。兎角、常識の埒外にある存在であると。


 俺とて、その認識は同じだった。だから、悠久の館で初めて魔物を使った料理を出された時は、かなり困惑したのを覚えている。半月ほど経った今となっては魔物を食すことにもある程度慣れて、多少の嫌悪感を抱くだけで済む程度になったけど、当時は本当に苦労した。

 そう考えると、俺も程ほどにこの世界に染まってきたのかもしれないな……なんて、頭の片隅で自分の成長に感慨深いものを覚えるが、それが良い事なのか、悪い事なのか。正直判断に困るところだったので、これ以上深く考えないようにして、料理を腹に収める事に集中することにした。


 まぁ、この世界の価値観で言えば、俺の心境の変化はある種喜ばしい事なんだろうけどさ。何となく、前の世界での価値観が抜けきらないっていうか。今の自分に対して少なからず違和感を抱いてしまう。いっそのこと、前の世界の価値観なんて一切合切全て捨ててしまえば楽なんだろうけど……それは、何となく嫌だ。女々しい事を言うようだけど、それまで捨ててしまった暁には、前の世界との繋がりが完全に断たれてしまいそうで、ちょびっと怖い。ほんとに、もう既に〝その世界〟にいない奴が何言ってんだって感じなんだけどね。


「――すみません、誰かいらっしゃいませんでしょうか」


 少しばかりノスタルジックな思考に耽りながら朝食を戴いていると、食堂の出入り口から声が漏れてきた。若い女の声である。


「はーい、ちょっと待ておくれ」


 女将さんが応対の為に出入り口の奥に消えた。

 食堂の出入り口は、直接宿のラウンジと繋がっている。だとすれば、この声の主は俺以外に豊穣の宿に泊まっている人間か、或いは外部から来た来客だろう。


 ――どちらにせよ、俺には関係ないよねー。


 朝食の大半を食べ終えながらそう思っていると、出入り口の向こう側から女将さんの声が上がった。


「ユートの坊ちゃん、あんたにお客さんだよー」


「え……あ、はーい!」


 一瞬呆気にとられたが、すぐに気を取り直して返事する。


 俺に……お客?

 こんな早朝にわざわざ宿までやって来て会いに来るなんて……一体誰なんだろう……?


 疑問は尽きないが、相手を見てみない事には始まらない。俺は残っていた料理を手早く片付けると、急いでラウンジに飛び出す。

 すると、そこには女将さんと雑談をするアリサさんが。

 彼女は俺の姿を認めると、カウンター業務をしている時のような綺麗なお辞儀をして。


「おはようございます、ユウトさん。朝早くにお尋ねしてしまい、申し訳ありません。どうしてもお伝えしておくべきことが出来ましたので、こうしてやってまいりました」


「あ、いや。別に時間帯的な問題は全然大丈夫なんですけど。いつも、これぐらいの時間には目が覚めてますし。……それより、俺に伝えたい事って?」


「はい。……実は、ギルドマスターがユウトさんをお呼びになっておられるのです」


「ナタリアさんが? また、俺をですか?」


「えぇ」


 アリサさんは淑やかに頷くと、


「詳しい話は会ってから話すという事でした。ですので、もしユウトさんの都合が宜しければ、出来るだけ早くギルドの方へ向かってほしいのですが……」


「……分かりました。どちらにせよ、今日は朝食を食べ終えた後はギルドで依頼を受注しようと思っていたので。今すぐ、ギルドに向かいます」


「ありがとうございます。では、私はこれから業務で幾つか回らないといけない場所がございますので同行できませんが、ギルドに着いたならば、誰でも良いので職員にギルドカードを提示なさってください。貴方が呼び出されているのは全員が承知していますから、ギルドマスターの私室に通されると思います」


 そう言い残し、アリサさんは豊穣の宿を後にした。

 俺もまた、彼女の背中を追うように宿を出る。

 突然の呼び出しに少しばかり不安を覚えながら。俺はギルドに向かう為、メインストリートを北上する。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 早朝という時間帯の為か人影が極端に少ない街中をゆっくりと北上し、俺は冒険者ギルドに辿りついた。


 ギルド内部は街中の閑散とした雰囲気とは打って変わり、多種多様な人種の冒険者達でごった返していた。依頼が張り出されている掲示板の前には無数の人々が群がっていて、受付カウンターには依頼を手にした者達が長蛇の列を作っている。

 時折、誰かがいがみ合う様な声も聞こえてくるが、ここではそんな事は些事に分類されてしまうのだろう。誰もそちらを気にしている様子は無い。俺としても面倒事に自ら首を突っ込むのはまっぴら御免だ。その喧騒を無視する事を心に決め、俺は近くを通りかかったギルド職員の女性に自分のギルドカードを取り出しながら声を掛けた。

 すると、アリサさんの言っていたことは本当だったようで。

 女性はすぐに俺が〝ユウト・トガミ〟本人であることを確認すると、ギルドの三階にあるギルドマスターの私室前まで案内してくれた。


 そこには、数十人を纏め上げる一施設の長の部屋のそれとは思えない、装飾の一つも無いシンプルな木製のドアが。

 業務が残っている為一階に戻るという女性に礼を述べ、俺は微かな緊張で身を強張らせながらドアをノックする。


「――鍵は掛けていないわ。気にせず入って頂戴」


 まだ何も言っていないにも拘らず、部屋の中から入室を許可する声が返ってくる。一瞬、こんな不用心でも良いのかと心配になったが、すぐに自分自身他人を心配できるような立場でも無い事を思い出す。

 というか、よく考えれば、組織の長が不用心な訳ないじゃないか。


「――失礼します」


 何だか自分の心配事がやけに馬鹿馬鹿しい物であるように思えてきた俺はドアを押し開けて部屋の中に足を踏み入れた。

 およそ十六畳のゆったりとした間取りの部屋。中央には、簡素なデザインながらもどこか高貴な印象漂う応接セット。日光を取り込む窓のすぐ傍に純木製の焦げ茶色の仕事机が配置されており、横の壁一面を丸々占領する巨大な本棚には、何やら難しそうな本が無数に収められている。


 そしてこの部屋の主たるナタリアさんは仕事机で書類を片付けている真っ最中だったらしく、チラッと顔を上げて俺を確認すると、


「待っていたわ、トガミ君。わざわざ来てもらって悪いのだけれど、ちょっとそこに座って待っていてもらえるかしら。もう少しでこの書類が片付くから」と言って書類に視線を戻した。


「分かりました」


 ナタリアさんに指示された通り、応接セットのソファに座ってナタリアさんの仕事が終わるのを待つ事にした。

 そうして、俺が部屋の中に入ってきてから五分が経過する。


「――ふぅ、終わった」


 書類と格闘していたナタリアさんが、大きく伸びをして椅子から立ち上がった。

 現在、彼女が着用している初めて顔合わせした時と同じ緑色のワンピースは、袖と呼べる物が一切存在していない。更には、横腹のラインが丸ごと露出するような切れ目が入っている。それはつまり、ナタリアさんが大きく伸びをすれば、彼女の綺麗な脇やら、真っ白な(くび)れのラインやらが丸見えであるという訳で……。


「……トガミ君、女性の脇や横腹をそうジロジロと見ていると、あなたに特殊な性癖が備わっていると判断するしか無くなるのだけど。そういうことでいいのかしら?」


 思いがけない〝サービスショット〟に釘付けとなった俺に冷たい視線と言葉を浴びせてくるナタリアさん。勿論、俺にそういった特殊な性癖があるはずも無いので、全力で否定しておく。

 すると、ナタリアさんは。


「……まぁ、そういう事にしておいてあげましょうか」


 と溜め息を吐きながら部屋の中を移動し、俺の対面に腰を下ろした。優雅な仕草で両足を組み、そこはかとない〝エロス〟を辺りに漂わせながら。ナタリアさんは口を開く。


「今日は突然の早朝の呼び出しにも拘らず、こうして足を運んでもらえて感謝するわ」


「いえいえ。俺自身、今日はギルドで依頼を受けるつもりだったので、全然構わないです。寧ろ、色々と便宜を測ってもらったこっちがお礼を言わなくちゃいけない立場ですし……」


「そう、それなら良かったわ」


 直後、ナタリアさんは少し前屈みな体勢を取った。彼女が胸元のガードが緩いワンピースを着ているせいで、危うくその奥にある慎ましい双丘が視界に入りそうになる。俺は一瞬、吸い寄せられそうになった視線を慌てて上に移動させる――と。

 そこには、まるで聖書に出てくる聖母の如き笑みを浮かべたナタリアさんの顔があって。


「ふふふ。ちょっと心配だったけど、性癖は普通だったみたいね」


 という、いたずらっぽい声色で発せられた彼女の発言の意味を理解した瞬間、俺は自分の頬が熱くなっていくのを抑えることができなかった。


「な、なな何言ってんですか、なた、ナタリアさん?!」


 自分でも驚くほどしどろもどろになりながら、俺は何とか言葉を紡いでいく。


「そ、そんな事よりもですね、俺をここに呼んだ用件ってのを早く教えてくださいよ!?」


「物凄く初心な反応ね。……まぁ、いいわ。私としても、話が全く前に進まないのは望まない所である訳だし」


 ナタリアさんは両足を綺麗にそろえ、姿勢を正した。途端、それまで確かに感じられた〝エロス〟な雰囲気は霧散霧消し、代わりに学校の授業中さながらのふざけた事をするのが憚られる真面目な雰囲気が周りを支配していく。


「実は昨晩、小耳に挟んだのだけれど。トガミ君は昨日、レンタル工房を利用していたらしいわね?」


「え、えぇ。まぁ」


 特に否定する理由は無いので、素直に首肯する。


「そこでは勿論、薬の調合を行っていたのでしょう? 差支えが無いのなら、どんな物を調合したのか教えてほしいの。良いかしら?」


「はぁ。……それぐらいなら全然大丈夫ですけど……」


「〝ですけど〟?」


「……いえ、なんでもありません」


 そんなことを聞いてどうするんだ――と、質問をぶつけたい気がしないでも無い。けれど、それこそ〝そんなことを聞いてどうするんだ〟という感じがして、二の句を継げなかった。

 俺はナタリアさんの問いに首を横に振ると、包み隠さず語り始める。


「――昨日、俺が調合したのは二種類の薬です」


「〝ローポーション〟と〝MPローポーション〟ね?」


「はい。俺はローポとMPローポを調合して、ランク6のローポとランク8のMPローポを調合する事に成功しました。……まぁ、とは言っても、店売りするには全然届かない品質なんですけどね」


「ふぅん、なるほどねぇ……」


 ナタリアさんは何故か感慨深げにそう呟くと、背もたれに身を預け、両腕を組んで、両眼を瞑り。何やら考え込むような体勢を取り始めた。

 そして、数秒後。自身の中で何か結論が出たのか、ナタリアさんは碧色の目を開けると、口元に見る者を魅了する笑みを浮かべて。


「――ねぇ、トガミ君」


 あまりにも予想外の提案をしてくるのだった。


「冒険者ギルドがあなたのお店を融通するって言ったら、どう思う?」










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