『きっと、世界は〝彼〟に作られた』
予定より三日も遅れての更新となってしまい、申し訳ありません。
何となくやってみたかったので、主人公のシーンでの三人称に挑戦してみたところ、思ったよりも時間を取られてしまいました……。
調合魔法有りの調合……とは言っても、その実、やることは調合魔法無しのそれと殆ど変わらない。原材料をすり潰し、沸騰した熱湯で煮て、冷やす。簡潔に言えば、ただそれだけのこと。変更点があるとすれば、これらに加えて、『調合魔法を行使する』という工程が追加されるぐらいだ。
――と、これだけを聞けば、調合魔法有りの調合が物凄く簡単な事であるかのように思えるかもしれない。
だが、この『調合魔法を行使する』という工程が追加されるだけで、調合という作業は何倍もの面倒くささと奥深さを垣間見せるようになる。その大きな理由となっているのが、調合魔法を掛けるタイミングのランダム性だ。……いや、”ランダム性”というのは少し誤った表現かもしれない。が、それを追求するのは一旦横に置いておくとして、件の”ランダム性”とはどういう事なのか、それを少しばかり説明すると。
先ほど述べた通り、調合魔法の主な効果は、
1、調合に掛かる時間の短縮
2、調合時に要求される素材の削減
3、完成品の品質向上
以上の三つなのだが、調合魔法を掛けるタイミングと回数、そして調合魔法のスキルレベルにより、それらの効果は大きく上下動してしまう。
まぁ、スキルレベル云々に関しては調合魔法を何度も使って向上させていけばいいだけなんだけど、調合魔法を行使するのにベストなタイミングと回数を見極めるのはそう単純な話では済まされないらしく。
何でも、そのベストな『タイミング』と『回数』とやらは、調合の原料となる薬草類が育った”産地”により変化し、果ては調合を行う調合師によっても変わるのだという。
とどのつまり、例え同じ物を調合するにしても、そこに至るまでの過程は千差万別。一番効果が高い完成品を生み出す工程は各々によって違う。故に調合魔法使いの調合師は、手探りの状態で何千何万という実験を繰り返し、己だけの”最高”を突き詰めることが要求される。
この探究の道に終着点は存在しない。遥か昔、頑なに否定されていた地動説が今日では真実となっているように、昨日の”最高”が明日の”最高”である保証はない。
そう。きっと、この研鑽の道はどこまでも続いている。
俺の想像が追い付かない領域まで。どこまでも、どこまでも。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
両頬を叩き、自分に気合を注入したところで。
調合魔法を使用した調合を極めるべく、裕翔は行動を開始する。
最早、バイブルと化している『調合資』を手に取り、パラパラとページを捲る。
どうにかして、起点が欲しかった。
調合魔法の使いどころは、文字通り千差万別。十人十色。一朝一夕で見いだせる程甘いものでは無い。裕翔自身、それはよく理解していた。
その点、『調合資』には調合に関するありとあらゆる情報が記述されている。
幾百にも及ぶ薬の調合法。調合師としては必須とされている技術の解説。
正しく知識の宝庫。内包する知識量は生半可な物では無く、この本を入手してからずっと読み進めている裕翔でも、その全貌を把握するには至っていない。
或いは、その未読部分にヒントがあるかもしれないと思った。
「……無い、か」
だが、世界はそう甘くは無かったらしい。
ページを捲れど捲れどそういった記述を見つける事は出来なかった。
それどころか、本の末尾には『フハハハ! 調合魔法に関しての手がかりを得ようとしても無駄じゃ! この混沌の世界に蜘蛛の糸を落とす者など存在せんのだよ! 全て自分の手で切り開くしかない……その途方もない苦労の果てに高みに至れ! 若しくは絶望の中で散れ!』との、著者からのメッセージが。
応援するのか、それとも蹴落とすのか。その辺りはっきりして欲しいところだ。
「とりあえず、俺自身の手で進めていくしかないって事か……」
裕翔は肩を落とし、調合資を作業台の上に置いた。
見つからないものはしょうがない。
そう思い直すことにして、予め取り出しておいた薬草を手に取る。
先程と同様、乳鉢にリアント草とファトラ草。それから、少々の水をぶち込んで右手をかざした。
「『崩壊の理』」
超短文詠唱。次の瞬間。
みるみる内に乳鉢の中身がペースト状に変化する。
『調合魔法』の中でも初級に分類されている、『粉砕』。
特殊条件下で対象を粉砕。均一に混ぜ込む魔法。
この『特殊条件下』というのがミソで、ここに当てはまらない場合は発動が拒絶される。
具体的には戦闘中には発動不可。こう言ってしまっては夢もクソも無いが、どうにも〝システマチック感〟が否めない魔法である。
裕翔は中身がしっかり変化したのを確認すると、再び詠唱を紡いだ。
「『いずれ世界は末する、泡沫の世は変革の渦に呑まれ、世界は彼の者に統制された』」
凡そ状況に似つかわしくない詠唱を唱え終わった瞬間。ペースト状となった薬草が、淡く発光する。
発動したのは、初級調合魔法『調合』。
この魔法によって、完成品の質が大きく上下する。文字通り調合の肝となる魔法である。
発光現象は数秒間続いた。数秒間続いて、消えた。
裕翔はその跡に残った薬草を見て、
「魔法を掛ける前とあまり変わりないけど……これでいいのか」
唐突に不安を覚えたので、念のために『鑑定』してみる。
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ファトラ草とリアント草の混合物。
『調合』の影響を受けている。
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「……いいらしいな」
どうやら、自分は間違えていなかったらしい。
それを確認した裕翔は鑑定結果を視界から消滅させ、煮込みの作業に入る。
材料を鍋に投入し、中身を適度にかき混ぜる。そうして、時間が経つを待つ。
鍋から湧き上がる蒸気に触発されて額から汗が滲む。これが鍋に混入すると品質の低下を招く原因となるので、汗が零れ落ちないように注意を払う。
しばらくしたところで火を止めてみると、〝ランク3〟のMPローポが出来上がっていた。
「うーん……やっぱ初めてだとこんなもんなのかな……」
調合魔法無しと比べると品質が向上しているのだが、裕翔にとってこの結果はイマイチ納得がいかなかったらしい。
その理由は、昨日街を回った時に見た〝同業者〟達にある。
「町売りされてる物だと、ランク10以上が標準っぽいんだよな……」
これだった。
今、裕翔が調合した物では店売りとするには品質が低すぎるのである。
無論、今日調合を始めたばかりの裕翔がこんな事で悩んでも仕方ないのは明白だ。
品質を向上させるには、試行回数を増やし。幾度も試行錯誤していかなくてはいけない。
その工程を短縮し、今すぐに上達しようなど、傲慢以外の何者でもない。
だけど、そう分かっていたとしても。失敗して上手くいかなければ、焦ってしまう。
これは……きっと、人間の性みたいなもんなんだろうな。
ふと、そんな事を考えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
いつしか、個室に籠り始めてから5時間が経過しようとしていた。
壁掛けの時計を見てその事に気が付いた裕翔は、慌てて作業台の上に散乱している道具やら完成品の後片付けを始める。鼻歌を歌いながら。
「フフーン、フンフフーン♪」
近年のヒット曲を微妙な音程で奏でている様子から分かる通り、戸神裕翔はとても機嫌が良かった。
なにしろ、ランク8のMPローポーションに成功し、ランク6のローポーションも調合した上に、後学の為に今日試行した手順(MPローポ、ローポ合わせて約30通り)の結果と過程全てをノートにメモする事が出来たのだから。
望外の結果に裕翔のテンションは正しくアゲアゲ状態だった。
シュバババッ! と音が聞こえてきそうな手際で道具や完成品の薬(手のひらサイズの小瓶詰め。合計100本。尚、小瓶は悠久の館で譲ってもらった)の大半をアイテムボックスに放り込む。
レンタルした道具を抱え、残った十数本の小瓶詰めのポーションを革のポーチに入れ、裕翔は個室を出る。螺旋階段で一階に降りると、強面のじいさんが待つカウンターに直行。他愛無いやり取りを交わし、個室のカギを返却してから裕翔はレンタル工房を後にした。
この時、時刻は正午を少し過ぎた頃。
すぐに宿に帰るには少し早い位の時間帯。かと言って、今から冒険者ギルドに赴いて依頼を受注するのも何か違う気がする。
何が言いたいのかと言えば、少しばかり時間が余ってしまったのだ。
「昨日と同じように、少し街を回ってみるかな……」
それは何とは無しに呟いた思いつきだったのだが、案外悪くない選択肢であるような気がした。
そうだ。偶にはこんな日があってもいいだろう。何しろ、日本には週末の二連休というものが存在していたのだ。故に、二日連続でのんびりするというのも、別段おかしな話では無いはずである。
「……まぁ、明日はまたギルドで依頼を受ける予定なわけだし。今日ぐらいはゆっくりしてもいいよな?」
そう、自分に言い聞かせて。
裕翔は、大勢の人で賑わう街中に繰り出す。
それからは、一人で昼食を食べて、特に目的も無くブラブラして。つまり、昨日レティアと辿った行程をほぼそのまま一人で繰り返した。
そして夕方になれば豊穣の宿に戻り。
明日の〝仕事〟に備えて早めの時間に床に就いたのである。




