初めての調合活動
※個人的に満足がいかなかったので、第43~45話を一旦削除し、改稿版を改めて投稿しなおすことにしました。
今回は元43~44話の内容を一部改変し、纏めたものです。
残りの45話の改変版投稿は来週へ持ち越しとなります。
本来は今日だけで元43~45話の内容すべてを改稿、更新したかったのですが、リアルの方で大学のレポート&期末テストの時期となっておりまして、執筆活動に割ける時間がかなり限られている状況となっており、本日までに45話部分も修正する事は叶いませんでした。
読者の皆様には突然のご報告となってしまった事、心よりお詫び申し上げます。
翌日。
この日もまた、例外なく日の出とほぼ同時に目が覚めた俺は、朝食を頂いた後に豊穣の宿を出た。
その足で向かうのは、冒険者ギルドでは無く、レンタル工房と呼ばれる街の北西エリアに存在する施設である。
レンタル工房とは、その名の通り、生産作業をする為の場所や道具を一定の代金と引き換えに時間制限付きで貸してくれる施設だ。
メインストリートから少し外れた裏路地。人通りが少なくも多くもない、ある種境界のような場所に300坪もの広大な敷地を有するその施設には、細工師や鍛治師、調合師等々――ありとあらゆる『生産職』を生業とする人々にとって、必要最低限とされる環境が整っている。
それぞれ個室として区切られ、盗難、盗聴、覗き対策も施された一人用の作業部屋は勿論のこと、清潔に保たれた作業道具一式までもが全てレンタル可能であり、ここ自体が街直営の施設ということもあってか、そのレンタル料は全体的に低く抑えられていた。
また、有料ながらも施設内には食堂や売店も用意されているし、大人数が同時に就寝可能な仮眠室なんかも完備されていたりする。
故に、ここは師匠と呼ぶべき存在を持たず、技術的に未熟で、まだまだ自分の店――工房を構えるには財政的に厳しいものがある新人達の溜まり場兼仕事場兼宿として活用されている。
「思ったよりもデカいんだな……」
目的地にたどり着いた俺は、他の建造物と比べて一回りも二回りも規模がデカい建造物を見上げて感嘆のため息を漏らし――すぐに頭を振って、建物に入った。
横幅2メートル、高さ3メートルはありそうな巨大な出入り口を入ってすぐに広がっていたのは、どこか粗野な印象が漂うラウンジのような場所。
床面積は凡そ縦×横=10メートル×15メートルの150平方メートル。
手前には大人の男一人が上で横になってもまだ余裕がある、背もたれのない長椅子が6脚置かれていて、その奥には筋骨隆々なじいさんが担当している受付カウンターがある。
まだ早朝の時間帯であるためか、現在この場所には俺と受付のじいさん以外の人影は無い。冒険者ギルドでは、これぐらいの時間帯ならもう既に依頼の受注をする冒険者達でごった返しているはずなんだけど……案外、生産職――職人って人種は朝が遅い人が多いんだろうか。
俺はそんなことを考えながら受付に向かった。
そして受付のじいさんにこう尋ねる。
「すいません、ここを利用したいんですけど……」
「では身分を証明出来る物を見せてもらえるかの」
受付のじいさんに従い、懐からギルドカードを取り出して渡す。
「ほう。お主、こんな場所に来る割りには冒険者ギルドに所属しておるのじゃな」
意外そうな表情でじいさんが問うてきた。
「えぇ」
「ふむ……お主、商業ギルドには入ろうとは思わんかったのか? ここに来るという事は、お主もいずれかの生産職として活動しようと思っているという事なのじゃろう。ならば、冒険者ギルドよりも商業ギルドに入っておく方が都合が良いはずなんじゃが」
「確かに生産職に対する支援は商業ギルドの方が手厚いらしいですけどね……」
俺はそこで一度、言葉を区切った。何故かと言えば、ここから続ける言葉をどのようなものにしようか悩んでいたからだ。
そもそも俺が冒険者ギルドに入会したのは、俺自身の出生地が『不明』で、直接的に長――ナタリアさんとコンタクトを取れた冒険者ギルドに入る以外の選択肢が無かった為なのだが――はてさて、この経緯を馬鹿正直に他人に話して良いのだろうか。
……いや、そんな訳ないな。
俺はすぐさま自分の考えを否定した。
馬鹿正直に話したところで、何か面倒な事になる予感しかしない。
であれば、ここは嘘とはったりで誤魔化すしかないだろう。
「――まぁ俺の場合、街の外でも色々と活動したいって気持ちがあったので……」
「なるほどのぅ、それで坊主は冒険者ギルドを選んだと。そういうわけじゃな」
じいさんは一人納得したようにうんうんと頷いて見せる。
良かった。どうやら上手く誤魔化せたらしい。
「えぇ、まぁそういう事です」
俺は内心ホッと胸を撫で下ろす。
すると、何が愉快なのか。じいさんは『ガハハ!』と豪快に笑うと。
「それは正しい選択をしたの、坊主。商業ギルドは支援の内容はともかく、上の輩には色々といけ好かん奴が多い。……お主も生産職として成功した暁には商業ギルドに勧誘されるじゃろう。その時に強引な手段を取られるかもしれんから、気を付けておくのじゃぞ」
「分かりました。肝に銘じておきます」
俺はじいさんの忠告を素直に聞き入れ、コクリ頷いた。
それにしても……商業ギルドか。
確か、グリモアの街に初めて来た日、俺を冒険者ギルドまで案内してくれたノエルも『商業ギルドの上の奴らとは馬が合わない』と言っていた。今回じいさんが教えてくれた事もあるし、今後は商業ギルドに気を付けて行動した方がいいのかもしれないな――と、そんな事を考えてみたが、俺が生産職として成功するか、現時点で確定しているわけじゃ無い。
何なら未来のことは誰にも正確な予測が付かない不確定事項だ。
だから、今からあれこれ考えても仕方がないだろう。
俺は自嘲気味に笑いながら商業ギルドのあれこれを頭の中から追い出し、じいさんの方へと向き直った。
「それじゃあ、本題に戻りたいんですけど……調合師用の個室って、今開いてますか?」
「おう、開いておるぞい。調合師用の個室を借りるなら、一時間50イェンじゃ。その他、小道具一式も借りるのであれば、追加で一時間30イェンかかるが、どうするかの?」
「とりあえず、個室は五時間分借ります。あと、道具も一式お借りしたいですね」
「では400イェンじゃな」
「はい。……これでお願いします」
懐から財布を取り出し、じいさんに代金を支払った。
その際、元々口が裂けても”重い”とは言えなかった財布が更に軽量になってしまった事に、俺は内心肩を落とす。
実は昨日、俺は服の他にも様々な小道具やら生活必需品類を数点購入していたのだ。なので現在、俺の懐にはあまり余裕が無かったりする。具体的には2500イェンちょい。二日宿に泊まれると言った程度のお金しか残っていない。全く余裕が無いという訳では無いのだが、”もしも”の時の事を考えると、少し心許ない感じではある。
――尚、これはここ数日グリモアの街で過ごして分かった事なのだが。
この世界の通貨”イェン”は10倍の値の”円”とほぼ同等の価値があるようだ。つまり、1イェン=10円という訳で、今回の代金400イェンは、日本円に換算すると大体4000円という計算となる。
閑話休題。
「丁度400イェン、確認した。では、これが調合師用の個室のカギじゃ。ついでにギルドカードも返しておくぞい」
じいさんが差し出してきた鍵とギルドカードを受け取り、懐に仕舞う。
「お主に割り当てられた部屋は321号室じゃ。三階の少し奥まったところにあるから、迷わんように気を付けるのじゃぞ」
じいさんはそう言うと。
「少し待っておれ」
そう言い残してカウンターの奥に引っ込んだ。
言いつけ通りにしばらくその場で待機していると、両腕に幾つかの道具を抱えて戻って来る。
「レンタル用の小道具一式じゃ。大切に使うんじゃぞ、坊主」
「ありがとうございます」
感謝を示しつつ、じいさんから道具一式を受け取る。
「じゃあ俺は失礼しますね」
「うむ、精進するのじゃぞ、坊主」
「はい」
短いやり取りを交わし、俺はカウンター横の階段で三階に上がった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
レンタル工房。三階。321号室。
広すぎない程度の間取りが確保され、作業台と大型のコンロに壁掛けの時計だけが内包された部屋。
受付で指定された個室に入った俺は、そんな室内の確認もそこそこに調合作業に取り掛かった。
「――さて。時間も限られている事だし、早速やっていきますか」
作業台に移動し、アイテムボックスから必要な物を取り出し始める。
まずは、俺の調合における教本である『天才調合師・アルナのマル秘調合資』。
次に、昨日調合師の森で採取しておいた数種類の薬草も数種類。
鍵に酷似した奇怪な形の葉を持ち、調合せずともそのまま単体で人体の治癒能力を向上させてくれる効果がある”リアント草”。
葉がとぐろを巻き、まるでタケノコのようなフォルムをしている”コドリ”。
ヨモギとよく似たシルエットでありながらも葉や茎、果ては根に至るまで、その全てが赤茶色に染まっている”ファトラ草”。
その他にもアイテムボックスの中には薬草が幾つかあるのだが、今回使用するのは以上の三種。今回はこれらを用いて、調合品の中でも基礎の基礎とされている”ローポーション(通称:ローポ)”と”MPポーション(通称:MPローポ)”を調合する予定だ。
「……っと、その前に受付で借りた道具はどんなのがあるのか、確認しておかなきゃな」
最初に目に付くのは、大鍋。後は材料をすり潰すための乳鉢と乳棒。ヘラ。
そして、温度計のような何かしらの魔法道具。
「これは……確か、調合品の品質を測る道具……だっけ?」
当たり前だが、一般人は俺みたく『鑑定』のスキルを所持していない。それを補うのがこの道具だ。この道具の先端を薬品に突っ込めば、その品質を計測する事が可能なのである。
とどのつまり『鑑定』が使える俺には必要の無い物なのだが、これ無しで薬品の品質が分かる=『鑑定』を所持していると疑われる可能性がある為、これを借りておいたのは正解だった。ちなみに大鍋等、他の道具はアイテムボックスに幾つか入っていたりするのだが、それらを借りずに調合した場合も『空間魔法』の所持を勘ぐられる可能性があったので、そういった面を考えても道具を一式借りておくというのは最善手だったんだと思う。
「……まぁ、あの時は『借りられるものは借りておこう』っていう俗物的な考えで、ほとんど無意識の内に返答しただけなんだけど……」
と、一人ツッコミを入れ、俺は『調合資』を手に取った。
「――あった、ここだ」
それからパラパラとページを捲り、俺は比較的巻頭に近いページに”ローポ”と”MPローポ”に付いての記述を発見する。そこには、ローポとMPローポの完成品であろう、緑色と赤色の液体のイラストと共にそれぞれの調合方法が記載されていた。
「えっと、まずはMPローポの調合からだな……」
俺はそれを参考にしながら、早速MPローポの調合を始める。
何故、ローポでは無く、MPローポの方を先に調合するのか。
その理由としては、『調合魔法』の存在が挙げられる。
――調合魔法。
その名の通り『調合』に関する効果を発現させる魔法だが……実のところ、この魔法が使えなくとも、薬草等を調合し薬を生成する事自体は老若男女問わず誰もが行えることだったりする。
例えば、さっきアイテムボックスから取り出した”リアント草”はそのまま齧っても治癒能力の促進を期待できる薬草だが、最も効能が高いとされる葉の部分には苦み成分も多く含まれている為、生食する者はそうそういない。
だがしかし。これを細かく刻み、沸騰した熱湯を張った鍋に入れてそのまま煮詰めると、治癒を促進させる成分だけがお湯に溶けだして小さな子でも口にしやすい”緑色の液薬”が出来上がる。厳密に言えば、これもまた『調合』と呼ばれる技術の一つの形態であり、これに限らず現在世界各地で生成されている『調合物』は正しい知識さえあれば調合魔法が無くとも調合してしまえる物ばかりだ。
――では、調合魔法の意義とは何なのか。調合魔法を使えることのメリットとは?
それは、一度の調合にかかる時間の短縮、調合の際に要求される素材の量の削減、完成品の品質を向上させることが出来るという三点に集約される。
つまり、調合魔法が使えると、調合にかかる時間は短くなるし、必要な素材は少なくなる上に、自動的に品質が向上する。これが調合魔法が使える者と使えない者の間に決定的な差を生じさせている大きな要因となっており、調合師を生業とするならば調合魔法を扱えることがほぼ必須と言ってもいいぐらいには影響を与えている。
だが、調合魔法とて、何の代償も無しに使用できる訳じゃない。
他の魔法と同じようにMPを消費する必要があるからだ。
だからこその『MPローポ』。
例え調合魔法を使いすぎたとしても、それまでに調合しておいた薬があればMP不足の心配は無くなり、制限時間一杯まで調合に没頭する事が出来る。
勿論、事前にMPポーションを買っておければそれがベストだったのだが、今の俺は前日に服を購入してしまったせいで半金欠状態に陥ってしまっている。財布の中には、もう今日を含めた三日分の宿代と数回分の食費しか残されていない。
調合魔法を用いて生成されている町売りのポーション類は基本的に高額商品であり、そんなものを大量に買い込む余裕は今の俺には到底残されていなかった。
故に、自分でMPローポーションを生成する方向に舵を切ったのである。
――さて。
我が教本、『天才調合師・アルナのマル秘調合資』によれば、MPローポの原材料は、主にリアント草とファトラ草の二つだ。
尚、今回は初めての調合作業なので、調合魔法無しで調合する予定だ。
――肝心の調合方法は次の通り。
手始めに、この二つの薬草を乳鉢と乳棒ですり潰しながら混ぜ合わせる。この時、中身が水っぽくなりすぎない程度に少しずつ水を加えながら混ぜ合わせると良いらしい。
水を加えて磨り潰す作業を黙々と続け……やがて、薬草が緑色なペースト状の物体になった頃。
今度はそれを予め水を張って沸騰させておいた大鍋に投入し、コンロの上で火にかけて一煮立ちさせる。
それから適度に鍋をかき混ぜつつ、しばらく待てばMPローポの完成だ。
=======
MPローポーション
ランク:2
=======
「――よしっ」
視界に浮かび上がった鑑定結果に、右の拳をグッと握りこむ。
これが初めての調合という事であえて調合魔法を使わなかった”試作品”とは言え、自分の手ずから生成した初めての完成品を前に、俺は飛び上がって喜びを体現したい衝動に駆られる。だが、まだ作業が完全に終わった訳では無いので気は抜けない。
ここからコンロの火を止めて中身が適度に冷めるまで放置する必要があるからだ。
もし、この作業を怠って熱いまま容器に小分けしてしまえば、容器の急激な劣化を招いてしまうし、早く中身の水温を下げようとして氷なんかを投入すれば完成品の品質を低下させる事となってしまう。だから、この段階では特に手を加える必要はない。寧ろ、文字通り放置しておくのが吉らしい。
『調合とは、根気と情熱と閃きの連続なのだ。故に、待て。ただ、待て。それが調合の極致へと至る唯一の道である』――とは、件の”調合資”記されていた一説だ。
大仰な言葉遣いのせいで言わんとしている事が微妙に伝わり辛い文章だが、俺は『調合には待つ事も大事だよー』と言いたいのだろうと解釈している。
まぁ、この意訳が合っているのか否かはまた別の機会に改めて考察するとして。先達の言葉には極力耳を傾けるべきだろうと思う。
俺は先達の言葉に従って大鍋をコンロの上から退かし、濡れた布の上に乗せた。
一先ずはこれで良い。後は、鍋の中身が冷めるまで放置しておけばいいはずだ。
鍋の後始末が一段落した後、俺はアイテムボックスの中からもう一つ空の鍋を取り出した。
前述したとおり、今調合したのはあくまでも”試作品”。
調合魔法を使わずに調合した、所謂不完全品に過ぎない。
「次は調合魔法有りでの調合か……ここからが本番って感じだな」
俺は両頬をパンパンと叩いて気合いを注入し、調合作業を続行する。
次回の更新は来週の日曜日。内容は前書きの通り、元45話の改稿版となります。




