赤髪さんからのお誘い
聞き覚えのある声に後ろを振り返ると――ベージュ、脇から下の上半身を全て覆うデザインのチューブトップ。デニムに似た素材のホットパンツ。そして、脹脛の半ばまでの丈の皮ブーツという、日本の感性では少しばかり露出度が高いような気がしなくもないが、概ね年頃の少女らしい服装に身を包んだ赤髪の妖精がそこに立っていて。
「あ、レティアさ――」
「むぅ……」
「――ん~~、じゃなくて……レティア」
こちらが”さん付け”で名前を呼ぼうとした途端、頬を膨らませ、不服を声高らかに主張するレティアの反応を見て、俺は慌てて発言を訂正した。すると、その迅速な対応が功を奏したのか、彼女は人目を惹く魅力的な笑みを浮かべ、上機嫌で頷いて見せる。
「うん! 一昨日ぶりだね、ユウト君」
「あぁ、その節は本当に助かった。改めて礼を言うよ」
「もう! そんな仰々しくしなくてもいいのに……」
唇を尖らせながら愚痴を漏らすレティアに、苦笑しながら言葉を返す。
「あはは。まぁ、これは俺の……というか、俺の国の性分みたいなものだから。勘弁してほしいかな」
「ふーん。そうなんだ……ならしょうがないね」
レティアは一応納得したという表情を浮かべながら頷き、カウンター席に座っている俺の隣に腰を落とした。
すると、チューブトップという露出度の高い服を着ているためか、彼女の年相応以上に豊満な双丘の谷間が目に入り、俺は咄嗟に顔を前に戻す。
そして隣にある魅惑の肢体に目を向けないように極力意識しつつ、煩悩に染まりつつある自分の心をリセットするためにも、レティアに質問を投げかける。
「そういえば……今日はどんな用でここに? そんな格好をしてるところを見ると、冒険者活動の為に来たわけじゃないように見えるけど……って、そういえばレティアは冒険者として登録してるんだっけ? なんか、レティアが冒険者である事を前提に話しちゃったけどさ」
「うん。私も冒険者登録はしてるよー。一応、ランクはⅣ。まぁ、孤児院の方の仕事が多いから、あまり依頼は受けられていないんだけどね」
「へぇ、じゃあ、今日ここに来たのはギルド関係の要件?」
こっちから重ねて問い掛けると、レティアは瑞々しい唇に人差し指を当てる――少し返答に悩むようなそぶりを見せながら口を開いた。
「うーん、ギルド関係といえばそうかもしれないけど……正確には違うかも」
「ほうほう……で、その心は?」
「ほら、ユウト君はわかってると思うけど、うちって孤児院を経営してるでしょ?」
「あぁ、勿論覚えてるよ」
なにしろ、彼女たちの宅家に訪問したのは、つい一昨日のことだ。1晩限りの出来事ではあったけど、たくさんの子供達と共に夜遅くまで読み聞かせで盛り上がったり、一緒にご飯を食べたりしたのは記憶に新しく、今も鮮明に思い出すことができる。
「実はね、うちは孤児院だけじゃなくて、両親が共に冒険者だったり、片親しかいなかったり、他にも色々な理由でどうしても子供の面倒を見きれない人達の子供を一定の報酬と引き換えに預かってお世話をしたりもしているの。で、今日ここにきたのは、両親ともに冒険者だからってことで預かっていた子供達を親元に返すため。本当なら親の方から孤児院の方に迎えにきてくれるんだけど、預かってた子達が早く親に会いたいって愚図っちゃって」
「そうだったんだ……」
これはうろ覚えの知識ではあるけど。確か日本では、慢性的に保育士の人数が不足していたはずだ。なんでも、そもそもその道を志す人の絶対数が限られている上、新たに保育士となった人達もそれなりの確率で早期に退職してしまうのだとかなんとか。
つまり、保育士というのはそれだけ大変な職業な訳で。まぁ、その業務内容がまるっきりレティア達のそれと被っているのかは不明ではあるけど、他人の子供を預かり、面倒を見るということが彼女達にとっての負担になっているはずだということは想像に難くない。
そう。皆、相当に大変なはずなのに……それでも、紅蓮聖女の面々は毎日を精力的に過ごし、子供達の笑顔を生み出し続けている。
それは純粋に凄いことだと思うし、素直に尊敬できる美徳だと思った。
「――なんていうか、やっぱ凄いよね、レティアや紅蓮聖女のみんなは。あの人数で孤児院だけじゃなくて、保育園も切り盛りしてるなんてさ」
「そう……かな?」
レティアはこちらの賛辞に照れたように笑った後。「あれ?」何か疑問を抱いたのか、小首をこてんと傾げた。
「あのさ、ユウト君」
「なに?」
「さっきユウト君が言った"ほいくえん"って……何?」
「あー……まぁ、俺の故郷の言葉、かな。実は俺の故郷にもレティア達みたいに子供を一時的に預かって面倒を見る施設があってさ。皆それを保育園って呼んでたんだよ」
「ふぅん。そうなんだ」
レティアは俺の説明に納得したように頷く。それからチラリとこちらの顔を見て、何故か一度深呼吸。……やがて意を決したような表情を浮かべると、少し抑えた声で囁いてきた。
「あの……急に話が変わっちゃうんだけどね、ユウト君って、この後時間あったりする?」
「? そうだな……この後か……」
レティアの質問を受け、俺はこの後の予定をぼんやりとながらに思い描いてみた。が、これ以降、何か重要な予定がある訳でもなく、頭の中にはほとんど白紙のタイムテーブルが浮かび上がる。すると、自分が俗に言う”ぼっち”であるように思えてしまい、少しばかり微妙な気分になる。
「……まぁ、あるっちゃあるかな。予定らしい予定はないし」
「そ、そっか。それなら良かった……じゃあさ、お昼ご飯がてら一緒に街を回らない?」
「……えっと、一つ確認したいんだけど。その”一緒に”ってのは、"俺とレティアの二人で"って解釈で合ってる?」
「うん」
レティアは俺の質問に首肯すると、上目遣いでこちらを見上げながら、恥じらうような面持ちを浮かべ、
「どう、かな?」
うーん。
はてさて困った。これは途轍もなく困ってしまった。
というのも、俺はこれまでみーちゃん以外の同世代の女子からこういった類のお誘いを受けた経験が無いが故に、このような状況下ではどのような返事を返すのが正解なのか、皆目見当が付かないのだ。
六年以上前はみーちゃんから一緒に遊ぼうと誘われたことは何度もあったのだが、きっと”それ”とこの状況を同列に扱ってはいけないのだろう。それぐらいは、人付き合いにあまり慣れていない俺にでも分かった。
あの時と今では年齢が違うし、シチュエーションも違えば互いの間にある縁の性質が根本的に異なっている。
確かに俺は彼女の家に泊まらせてもらったことによって、彼女とそれなりの仲を築けたのかもしれない。けど、彼女と過ごした時間が浅いことは変えようのない事実で、正直、二人きりでお食事をしたり、街をまわったり――デート紛いの行動を共にするのは、”色々と早くないか”って思ってしまったり、それは”あの娘”に対する背信行為になってしまうんじゃないかと恐れをなしている自分がいたり。
それに、レティアを疑っているわけじゃないんだけど、もし彼女が言ったことがただの社交辞令的なアレで、いざ”じゃあ一緒に行こうぜ”なんて返事をした時、”えっ、マジで行くの……?”みたいな反応をされた時が怖いっていうか。
……いや、本当にレティアを疑っているんじゃないんだけどね?
彼女はそんなことを口に出すような人じゃないってのは浅い付き合いの中で理解しているつもりだし。レティアには裏表があまりないというか、とりあえず素直な性分なんだろうなって印象を抱いている。
(だから……大丈夫、だよな? きっと)
――心の中でしつこく首を擡げようとする”人間不信”に似た感情を押し殺す。
俺は、レティアに向かって笑いかけた。
「わかった、一緒に街を回ろう」
「……うん!」
レティアは魅力的な笑みを湛えて、元気よく頷いてくれる。
こうして、俺はレティアに街を案内してもらうことになった。




