名声値
*昨日も一話更新しています。
*先々週の更新以降、それ以前までは第一部としていた”回想シーン”を丸ごと削除しております。
その為、総部数が1減り、それぞれの話の部数も一つずつ数字が繰り上がっている状態となっております。ご了承ください。
ナタリアさんから冒険者ランクの昇格を告げられた日の晩。――グリモアの町全体が死んでしまったのではないかと錯覚してしまうほどの静寂が漂う、夜深の刻。
俺は、ハイドラ亭に赴く直前に確保しておいた『豊穣の館』のシングルルームのベッドに身を委ねながら思考に耽り、今日あった出来事を思い出していた。
早朝のレティアとの会話に始まり、『紅蓮聖女』との暫しの別れ。
そして粉骨砕身頑張った、初めての依頼。
最後にはナタリアさんに呼び出され、彼女の口から俺の冒険者ランクが上がる事を伝えられた。
これで俺は明日からランクⅡの冒険者として認められ、難易度Ⅱ――街の外での依頼を受ける事が可能となる。
そうなれば、依頼達成による金策を行いつつ、調合用の素材を採取する事も出来るようになり、これからの生活が幾らかは楽になるだろう。
しかしだからと言って、これで油断してはいけない。
グリモアの街の周囲をぐるりと囲む街壁の外。そこは数多の魔物達が跋扈する、彼らの生息領域なのだから。
街からほど近くの地帯は冒険者達や街に駐留する兵士達による掃討が進み、ある程度は安全になっているとはいえ、その状況に胡坐をかいて気を抜いていては、きっといつか足元を掬われてしまう。
悠久の館での初めての戦闘訓練。その時に、気を抜くことの恐ろしさ、愚かさは身を以って体験している。あの時の恐怖を改めて体験したいとは思えない。
彼を知り、己を知れば、百戦危うからず、という格言もある。今の内に出来る事は虱潰しにでもやっておくべきだ。
「一応、今のステータスを確認しておいた方が良いかもな……街に入ってからは、まだ見てなかったはずだし」
俺はベッドから身を起こし、ステータス画面を呼び出した。
ここ二日、魔物との戦闘を全くと言っても良い程行っていなかったせいで、数日前とほとんど変わり映えのない”それ”を流し読みしていく――すると、その中に、これまでとは明らかに違う変化が存在している事に気が付く。
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ユウト・トガミ
種族:ヒューマン
Lv4
MP:81/81
STR:33
DEF:25
AGI:43
INT:31
スキル
「魔法才能:全」「無詠唱」「ステータス隠蔽」「鑑定」「魔力効率上昇(大)」「魔法複合(#”&)〈名声値:10/2000〉」「???」「火属性魔法:Lv3」「水属性魔法:Lv5」「闇属性魔法:Lv6」「光属性魔法:Lv5」「空間魔法:Lv4」「結界魔法:Lv6」
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「名声値……?」
俺が所持する、名前の一部が”文字化け”してしまっている特異なスキル、『魔法複合』に関連している数値、"名声値"。
この名声値は、俺の行動に付随して発生する特殊なポイントのようなもの、あるいは概念である。これを一定値溜め込み、代償とする事によって、俺は新たな魔法を創造できるのだが……。
「今まで全くそれらしい表記は無かったはずなのに、何でいきなりこんなものが……もしかして、冒険者ギルドで依頼達成を報告した時のあの”光”は、これに関係しているのか……?」
――事の真偽は定かで無い。今、自分の身に何が起こっているのか、これから何が起ころうとしているのか。それは自分でも検討が付かない。
しかしあの時、俺だけが見た発光現象と、唐突に表示されるようになった名声値が何らかの形で関係していると考えるのならば、何となく納得がいくような気がする。
「……まぁ、この考えが間違っているにせよ、合っているにせよ、明日中に確認しておくのが吉……か」
夕方の発光現象が起こったタイミングから逆算するに、名声値が僅かに上昇し、唐突にステータス画面に表示されたのは、依頼達成が呼び水となっていた可能性がある。
果たしてそれは本当なのか否なのか。確信を得るためにも、検証が必要だった。
――明日は、早めにギルドに行って、難易度Ⅱの依頼を確保しよう。
そんな事を考え、ベッドに横になる。
すると思っていたよりも疲労が蓄積していたのか、急激に襲い来る睡魔に自分の体を明け渡し、俺は深い眠りについた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
グリモアの街。
直径およそ3キロ半に及ぶ巨大な円形の街壁に囲まれたこの街には、壁の内と外を繋ぐ門が東西南北合わせて4つ設けられている。
まずは、俺がこの街に入場する際にも通った〝東門〟。
次に、近隣の森にほど近い〝西門〟。
そして、最も人通りが多い〝南門〟と、その正反対に位置する〝北門〟だ。
――ナタリアさんから冒険者ランク昇格を告げられた翌日。
朝一で冒険者ギルドに立ち寄り、難易度Ⅱに設定されていた依頼を受注した俺は、件の4つの門の内、西門を通って街の外に繰り出した。
街を出て、壁の中と比べると人通りが極端に少ない地面が踏み固められただけの平原の道を歩く。
時折、自分以外の新人冒険者らしき少年少女らを追い越したり、逆に追い抜かれたりしながらもしばらく道なりに進むと、地平線から深緑色をした木々の枝葉達が頭を出し始める。
――ここは『薬師の森』。
獰猛な魔物や野生動物の数が少なく、肥沃な土が積もっているが故に多くの薬草が自生しているこの森は、一般的に戦闘力を持たない薬師でも比較的安全に活動できるとされていて、その話に影響を受けたのか、いつしかこの名前を冠されていたらしい。
今回俺は”リアント草”という、初歩的な調合薬を調合する際に用いられる薬草を採取する依頼を受注している。
これは、今朝冒険者ギルドにて、初めての難易度Ⅱの依頼としてどれを受注すべきか悩んでいた俺に対し、たまたまカウンター業務をしていたアリサさんが勧めてくれた依頼だ。
依頼の期限は明日の暮れ。報酬は8000イェン。これは、難易度Ⅱの依頼の報酬としては平均的な内容と金額だと言えるらしい。
依頼の達成を目指すと同時、調合に使える薬草類の入手を画策していた俺にとって、この依頼はまさしく”渡りに船”であり、俺は一も二も無くアリサさんの勧めに飛びついた。
そしてその後。ギルドの二階にある『資料室』へと赴き、この薬師の森でリアント草が多く採取出来る事を知り、こうしてここまでやって来た――というのが、これまでの経緯だ。
「……よし、さっさと依頼分の採取を終わらせて、自分の分の薬草を確保するか」
森の入り口に辿りついた俺は、休む間も取らず、早速行動を開始した。
今回の目的の品であるリアント草は、複雑な鍵のような形状の葉を持つ、多年生の薬草だ。
平均で成人の脛ほどの高さまで成長し、例え茎から上を丸ごと失ったとしても、根っこが健在で十分な栄養さえ補給できる状況であれば、たった3日で元の姿に戻ってしまうという驚異の生命力・成長力を誇っている。
その主な活用法としては、葉と茎が調合用の素材として利用できる事が挙げられる。他にも、何も加工せずに鍵状の葉ををそのまま口にしても、身体の治癒能力を促進させる効果が期待できるらしい。
そんな様々な特徴を持つリアント草は、土壌が肥沃な森の中でも、日当たりが良い場所に好んで群生する習性を持っていた。
「えっと。確か、群生地はあっち……だったよな」
俺は、事前にギルドの資料室で調査していたリアント草の群生地へと向かう。
それなりに人が入ってきているせいか、頭に枝葉が掠めるなんて事もなく快適に森の中を進んでいくと――目的の場所はすぐに見つかった。
そこは森の中を十分程歩いた所にある、少し開けた土地。木々が乱立する森の中にあって、何処か人為的なものを感じざるおえない程に見通しが良く、木が一本も生えていない、直径約10メートルの円形の広場のような場所だった。
事前の調査通り、特徴的な鍵状の葉を持つリアント草が数えきれないほど群生している広場の中央には、何故か目を引き付けられる、妙な存在感を放つ石像が堂々鎮座している。
……だが、あれは本当に石像なんだろうか。
改めて目を凝らしてよく見てみると、その是非は少々微妙なラインだと思えた。人によれば、あれは石像であるとも、あれは石像では無いとも判別できてしまうような気がする。
あるいは、物体の外見が判れば、はっきりとした確信に至れるのかもしれない。が、”石像らしき物”の表面はカラカラに乾いた苔に覆われているので、その外見を目にする事は到底叶いそうになかった。
「……まぁ、いいか」
石像のようなナニカに対する興味は尽きないが、本来の目的を疎かにするわけにもいかない。
俺は広場の中央にある”それ”から目を逸らすと、足元で生え盛るリアント草へと意識を集中させる。まずは、依頼の達成と個人的な目的の解決を優先させよう――そんな思惑の下、俺はリアント草の採取を始めた。
……あの石像のような物体を調べるのは、これが終わってからでも遅くは無い――と。逸る自分の心に、何度もそう言い聞かせながら。
そうして地べたに屈みこみ、リアント草を茎の根元からちぎり取り、むしり取り、刈り取り。予め決めていた必要な量を採取し終えた俺は、そこで、自分以外のナニモノかの気配を感じ、ふと視線を上げた。
そして――息を呑む。
確実に、さっきまでは誰もいなかったはずの”そこ”。広場の中央に座する石像のような物体の丁度真上に、緑色の羽衣を纏う、見目麗しい三人の少女達が浮かんでいたから。
昨日の更新分で三日連続更新を行いますと言っていましたが、少々予定を変更し、次回の更新は来週末とさせていただきます。
唐突な変更となり、申し訳ないですm(__)m
今回も読んでいただき、ありがとうございました。




