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ランク昇格

本日から三度の三日連続更新(予定)


先日、小説家になろうに作品を投稿し始めてから初のレビューをいただきました。

レビューを下さった方、本当にありがとうございます。

また、他にもいつも拙作を読んでくださっている皆様にも盛大な感謝を。

これからも精進していく所存ですので、今後ともお付き合いの程、よろしくお願いしますm(__)m


*前回からの更新以降に、それ以前までは第一部としていた”回想シーン”を丸ごと削除しました。

その為、総部数が1減り、それぞれの話の部数も一つずつ数字が繰り上がっている状態となっております。ご了承ください。

 こげ茶色の木目がなんとも落ち着いた雰囲気を漂わせる入り口の扉に手を掛け、俺は”ハイドラ亭”に入店した。


 と、同時。ドアに取り付けられたベルが軽快な音を鳴らす。


 チリンチリン、と心安らぐ鐘の音が響き渡る店内は少し薄暗く、入り口から十数メートル先までは細い一本道が真っ直ぐに伸びている。そして、その両サイドは全面壁張りで、四メートル程の間隔で扉が付けられていた。


 カフェに有るまじきその異様な光景は、見る者に微かな圧迫感を抱かせる。けれど、この圧迫感は決して嫌じゃない。小さな頃、近所の空き地に作った、子供三人が入るのがやっとの狭い秘密基地の中にいた時ような、謎の安心感がそこにはある。


 不思議な趣の店内を見渡していると、鐘の音で来客を悟ったのか、ここの店員らしい人物がやって来る。バーテンダー服を着用し、顎に申し訳程度の白いひげを蓄えた、渋めな容貌のヒューマンのおじいちゃんだ。


「ようこそ、”ハイドラ亭”へ」


 彼は俺の前で立ち止まり、歳の重みを感じさせる落ち着いた声色で歓迎の言葉をくれた。


 そして山吹色の双眸で俺の顔を覗き込むと、慇懃な口調で問うてくる。


「失礼いたします。貴方様がユウト様……ですかな?」


「あ、はい。俺がユウトですが」


「やはりそうでございましたか。奥で他のお客様が貴方様をお待ちになっておられます。不都合が無ければ、今すぐそちらへご案内いたしましょう」


「お願いします。今、その人と待ち合わせてるんで」


「かしこまりました。こちらです」


 おじいさんの後ろを付いて行くと、店の一番奥まったところに辿りつく。


 そこには、他よりも仰々しい装飾に彩られた扉が待ち構えていた。


 既におじいさんが動きを止め、軽く頭を下げている事から、ここの奥に俺の待ち合わせ人――ナタリアさんがいるらしい。


「失礼します……」


 無言で入るのは気が引けたため、一言部屋の中に声を掛けてから扉をオープン。


 直後、目に入って来た個室の中は、仰々しかった扉とは裏腹に質素な造り。


 悠久の館で初めて目覚めた時にいた、あの客間のような雰囲気が漂っている。


 さほど広くない部屋の中央には、こげ茶色の古風なテーブル。椅子は四脚。


 ナタリアさんはその内の一脚に腰かけ、紅茶を嗜んでいた。


「あら。こんばんわ、かしら。トガミ君。思ったよりも早かったわね」


「どうも、ナタリアさん。まぁ……少し急いで来ましたから」


「ふふ、私はこうして紅茶を楽しんでいたのだから、あまり急ぐ必要も無かったのだけれど……」


「すいません。こういう性分なんで」


「私の方から呼び出したのだから、トガミ君が謝る必要はないわ。それより、そうして立ち続けては足が疲れるでしょう。こっちに来て席に座ったらどうかしら」


「そうですね」


 ナタリアさんのお言葉に甘え、彼女の正面に腰を落ち着ける。


 すると、傍で控えていたおじいさんがメニュー表を手渡してきた。


 ナタリアさんに一言断りを入れ、中に軽く目を通すが、そこに書かれたメニューの値段を見て、思わず顔が引き攣ってしまう。


 紅茶……一杯500イェン

 コーヒー……一杯520イェン

 サンドイッチ……一皿780イェン


 ――なんだ、これ。


 何で、紅茶を一杯飲むのに、豊穣の宿に一泊する時の半分のお金がかかるんだ……。


 現在、俺の懐は決して余裕があるとは言えない状況だ。今持っているお金といえば、今日の依頼の報酬から宿に払った1000イェンを差っ引いた4000イェンのみ。


 今後、どのような形でお金が必要となるのか分からないこの状況下、お金は出来るだけ多く手元に残しておきたい。


 これは、お店に対して少々失礼に当たるが、とりあえず無料らしい水だけを頼むのが吉か、あるいはお金の事には目を瞑って、メニューの中で最も安い紅茶を頼むのが最善か……二択の問題に頭を悩ませていると、ナタリアさんが持っていたカップをソーサーに置いて言い放った。


「そんなに頭を悩ませなくても大丈夫よ。今はあまりお金に余裕が無いのでしょう? ここの会計は私が持つから、好きなのを頼んで頂戴」


「い、いいんですか……?」


「えぇ。さっきも言った通り、ここにあなたを呼び出したのは私。なら、私はあなたをもてなす側。ゲストに不自由を強いるわけにはいかないわ」


「じゃ、じゃあ……紅茶を一杯いただけますか?」


 おずおずと注文すると、バーテンダー服を着たおじいさんは深く頭を下げ、「畏まりました」静かに個室を出て行った。


 たった二人だけとなった個室の中、ナタリアさんは再びカップを手に取りながら宣いだす。


「もっと高い物を頼んでも良かったのに。例えば、『世紀のエクレア……2000000イェン』とかね」


「に、にひゃ……っ?!」


 ナタリアさんの口から飛び出た別次元の金額に、俺は思わず言葉を詰まらせかけた。


「そ、そんな非常識な事、出来る訳ないですよ! っていうか、『世紀のエクレア』ってなんなんですか?! そんなスイーツ、メニュー表には載ってませんでしたよね?!」


「ふふ、あまり怒らないで頂戴。冗談よ。冗談。『世紀のエクレア』はここの裏メニューなの。常連だけが知る、秘密の味ってやつね。一度食べたら忘れられない程の逸品で、かくいう私もこのスイーツのファンなのよ。けど、原材料のいくつかがとても希少で、途轍もない程に値段が高くってね……」


 目を細め、ナタリアさんが残念そうに首を横に振る。


 まぁ、なんたって2000000イェンだもんなぁ。俺の現在の所持金の500倍って事で、未だにこの世界の貨幣価値を完全に理解している訳では無い俺でも、このスイーツが如何に高額なのかは察しが付く。


「――だから、この場でトガミ君に提供するって名目で頼めば、後で経費で落とせるかと思ったのだけど」


「それ、俺をダシにして自分が楽しもうって魂胆ですよね。食い意地張りすぎじゃないですかね、ナタリアさん」


 冷たい視線で指摘すると、彼女はすました顔で応対する。


「別に魂胆だなんて人聞きの悪い事は考えていないわ。ただ、ギルドマスターとしての権力を行使しているだけよ。それに、私は食い意地が張っているのではなく、甘いものに魅了されているだけなの。――理解してもらえたかしら?」


「はぁ……」


 いっそ清々しいほど正々堂々と職権濫用を公言し、艶のある笑顔ながら有無を言わさぬ圧を発するナタリアさんを前に、俺は呆気にとられながら首を縦に振るしか無かった。


 ――と、そこで扉が開いて、お盆にカップとポッドを乗せたおじいちゃんが個室に入ってくる。


「こちら、ご注文の品でございます」


 目前にソーサー、空のティーカップが置かれ、皺がれたおじいちゃんの手でポッドから紅茶が注がれた。


 ティーカップから立ち昇る茶葉の匂いを内包した熱い蒸気を吸い込むと、優しい香りが鼻孔を通り抜けた。心が浄化されていくような気分になり、ホッと一息つく。


 その間に紅茶を淹れ終えたおじいちゃんは、物音ひとつ立てることなく、またもや静かに個室を出て行った。


 個室と廊下を隔てる扉が閉まり、再びここが完全なる密室となったところで、ナタリアさんは話を切り出す。


「さてと――これで人の目を気にすることなく話が出来るわね。……あぁ、勿論、話を聞くのは紅茶を飲みながらでも構わないわよ? せっかくの美味しい紅茶が冷めてしまっては勿体ないわ」


 その発言から察するに、これから彼女が話そうとしている内容は、おいそれと他人に聞かせたくは無いような事柄のようだ。


 俺は少々の警戒感を滲ませながら、深く頷く。そして、自分のこの緊張感を少しでも紛らわせようとティーカップを手に取り、口に紅茶を含ませたところで、ナタリアさんは話を続けた。


「実は昨日から考えていたのだけど、貴方の冒険者ランクを特例的に”Ⅱ”に引き上げようかと思っているの。……と言うより、ランクを引き上げる事はほぼ確定しているから、一応貴方自身に確認を取っておこうと思ってね」


 俺はティーカップをソーサーに置く手を止め、ナタリアさんに視線を向けた。


「いや、まぁ、冒険者ランクが上がるのは別に良いというか、寧ろ願ったりかなったりなんですけど……いいんですか? そんな事をして。確か、冒険者ランクを”Ⅱ”に上げるには、難易度Ⅰの依頼を20回達成しないといけなかったはずですよね」


「大丈夫。さっきは”特例的に”とは言ったけど、実のところ、ランク上昇条件を満たしていない者の冒険者ランクを引き上げる事自体は、低ランクで将来有望な若手相手にはよく行う処置なの。優秀な冒険者はどの街でも不足しがちだから、貴重な人材を遊ばせている余裕なんてないのよ。特にトガミ君の場合は調合師としての活動の為にも、冒険者ランクは早めに上げて、街の外での依頼を受ける事が出来るようにしておいた方が都合がいいでしょう。端々の挙動から察するに、貴方自身の能力も精神面も問題は無いようだし、ランクを上げる事に問題は無いわ」


 なるほど。俺の冒険者ランクが上がる事に対する障害が無いのはよく分かった。


 だが、まだ疑問は残っている。


「何故、わざわざ俺をここに呼び寄せてこんな話をしたんですか? 特に後ろ暗い話じゃないなら、別にギルドで話しても良かったと思うんですけど……」


「そうね。確かに、ここで落ち合わなくても、ギルドの中では為すっていう選択肢もあった。でもね、幾ら後ろ暗い話じゃなくても、ギルドの中で私が個人的に呼び出して話をしたとなれば、トガミ君が必要以上に目立ってしまう可能性があったのよ。けど、それは貴方の望むところでは無い……そうでしょう?」


「それは……確かにそうですね」


 ここに至って、ようやく俺は、自分がどれほどの苦労をナタリアさんに強いているのかを理解した。


 彼女が背負っているギルドマスターとしての責務、そして大勢の冒険者を総括する業務は片手間で出来る程生温い内容であるはずがないのだ。


 実際のところ、俺は彼女の業務内容の詳細はよく知らない。


 が、しかし、ナタリアさんが普段から多忙を極めていることは想像に難くない。


 それなのに、彼女は自分の時間を割いてまでここまで出向き、話をしてくれている。


 そう思うと、ナタリアさんに対する申し訳なさや、感謝の念が心の中に溢れた。


「何か、すいません。俺の為に一々こんな回りくどい事をさせてしまって……」


「いいのいいの。貴方の今後にはギルドとしても期待を寄せているし、その先行投資だと思えば安いものだわ。それに、私自身もちょっとしたティーブレイクを堪能できた訳だし……ともかく、トガミ君の冒険者ランクは”Ⅱ”に引き上げるという方向で進めておいて良いのかしら?」


「はい。その方向でお願いします」


「分かったわ。私に任せて頂戴」


 ナタリアさんは魅力的な笑みで快諾してくれ、この話は一通りの決着を見る事になる。


 それからは堅苦しい話が終わったという事で、しばしの時間、二人でのティーブレイクと洒落込んだ。


 俺としてはギルドマスターとしての職務は大丈夫なのかという心配もあったのだが、ナタリアさんによれば、冒険者ギルドの職員たちは皆優秀であり、しばらく自分が抜けてもギルドは問題なく回るので、こういった休憩時間を確保する事はよくある出来事だ……という事らしい。


 ……30分程お茶を楽しんだ後、帰りがけに店の前で彼女からその話を聞かされたとき、”俺のナタリアさんに対する感謝の念の意味とは一体……”と、哀愁漂う気分になったのは内緒の話だ。














次回は明日の正午ごろ更新予定です。

今回も読んでいただき、ありがとうございました!


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