依頼受注
連続更新二日目。
指摘を受け、一部改稿作業を行いました(2018/4/8)
『紅蓮聖女』のクランホーム兼孤児院を出た俺が真っ先に向かったのは、昨日も訪れた冒険者ギルド・グリモア支部だ。
実の所、冒険者ギルド以外にも目的地の候補は幾つかあったのだが、その中でこの冒険者ギルドを選んだ理由は単純明快。
「早いとこお金を稼がないといけないからなぁ……」
そう。お金。
現在、俺は一銭も持っていない。無一文なのだ。
これではいけない。お金が無いと宿は取れないし、調合をする為の場所を提供してくれる『工房』を間借りする事も出来ない。金は天下の回り物と言うけれど、お金が無ければ何事も出来ない――その摂理は異世界でも不変なのである。
しばらくメンストリートを往くと、前方に冒険者ギルドグリモア支部が見えてくる。
昨日ここに来た時と同じぐらいの混雑を見せるギルド前を四苦八苦しながらも何とか突破し、俺はギルド内部に入った。
冒険者ギルド――ここではありとあらゆる人が提示した『依頼』を受注し、それを達成する事により依頼主が用意した報酬を受け取る事が出来る。
受注者を募集している依頼はギルド内に設置されている『掲示板』に纏めて表示されていて、そこから依頼が書かれた用紙を依頼受付カウンターに持って行って所定の手続きを行う事により、依頼の受注が完了する。
ちなみに、依頼書には、冒険者ギルド側が判断した『その依頼を単独で達成するために最低限必要な実力の冒険者のランク』――通称:依頼難易度が表示されており、冒険者達は自分の冒険者ランクよりも上の難易度の依頼を受けられないようになっているとの事。
つまり、冒険者ランクⅠである俺が受けられる依頼は難易度Ⅰの物のみという訳だ。
現在時刻は午前8時ごろ(この世界の時間の数え方は日本と全く同じである)。冒険者達は、皆この時間には冒険者ギルドへやって来て、自分の身の丈に合った依頼を受注していくのだという。
ふと掲示板の方を見ると、この日もその例外では無いらしく、掲示板の前には筋骨隆々な冒険者達が依頼を求めて群れを成していた。
俺は掲示板の方へ赴く。
すると――立ちはだかる、ごつい壁。具体的に言えば、群れた冒険者達。
(ギルド前の人ごみよりも密集率高いよな、あれ……)
圧倒的なむさ苦しさを感じさせる”それ”を前に、一瞬歩みが止めてしまうが、
――ええい儘よ。
竦む足を叱咤し、俺は肉壁(失礼)に飛び込んだ。
人を掻き分け掻き分け。自分の体がプッツンされそうな圧力を全身に受けながら。
三分の時間を掛け、数メートルの距離を息も絶え絶えに踏破。
そこでホッと一息つきたくなる気持ちを心の隅に追いやり、素早く掲示板に掲示された幾枚もの依頼書に目を通す。
『宿の中庭の雑草抜き
依頼主:豊穣の宿 女将
報酬:5000イェン
期限:特に無し
定員:1人
依頼難易度:Ⅰ
備考:特に無し』
『メインストリートの清掃活動(常時依頼)
依頼主:グリモアの街清掃部
報酬:2000イェン
期限:――
定員:一日15人まで
依頼難易度:Ⅰ
備考:配布するゴミ袋一杯までゴミを集めてもらいます』
『店の売り子
依頼主:シューベル
報酬:4000イェン+売り上げを考慮したボーナス有り
期限:本日の日没まで
定員:1名
依頼難易度:Ⅰ
備考:出来れば女性希望』
他にも色々依頼はあったけど、とりあえず目に付いた難易度Ⅰの依頼はこんな感じ。
冒険者ランクⅠはギルドに登録したばかりの者だということもあって、難易度Ⅰの依頼に街の外に出るような内容の物は一つも無い。
更には、冒険者ランクⅠでは、ギルドの規則として魔物や採取物の素材を買い取ってもらう事も出来ない。ちなみに、植物や鉱物等、採取物の買い取りはランクⅡ以上。魔物からの剥ぎ取り素材はランクⅢ以上の冒険者からじゃないと受け付けてもらえない。
これには、まずは安全な街中で冒険者としての下積み――冒険者同士や、街の人々との人脈を作れという意味合いがあるらしく、ギルドが冒険者達を捨て駒として扱わず、一人一人を大切にしようという配慮が伺える。
また、その配慮の一環なのか。依頼を仲介しない買取の値段は依頼を仲介する場合と比べてかなり低く設定されている。これは、低ランクの冒険者が一攫千金を狙って、自分よりも圧倒的に格上の魔物に挑まないようにする為の処置だ。
故に、基本に忠実な冒険者達は自分の身の丈に合った依頼を受注し、その達成のために動く。間違っても、討伐する際の難易度が自分の冒険者ランクよりも格上の相手に挑むような馬鹿な事はしない。旨味は少ないし、自分の身を危険に晒すだけだから。
勿論、時折そのセオリーを無視する者達もいるみたいだけど……それはごく少数。
少なくとも、俺は積極的にそんな事はやりたいとは思わないね。それしか道が無いのならともかく。他に楽な道があるのなら、俺は迷いなくそっちの方に飛びつく。
己の怠惰を戒めたり、自らを鍛える事。そして安全管理を怠るのは全くの別物だ。冒険心と無謀を履き違えてはいけない。シェリルさんの言葉である。
「とりあえず……これにしよう」
俺はしばらく掲示板を眺め、その中から一枚の依頼書を剥ぎ取った。
選んだ依頼は、『宿の中庭の雑草抜き』。
『豊穣の宿』という宿泊施設の経営者が出した依頼である。
パッと見た感じ、この依頼は他の同じ難易度の依頼よりも報酬が良い。
それに、実はこの『豊穣の宿』、今朝ファニールから受け取った資料に”オススメの宿”として掲載されていて、今晩にでも宿泊させてもらおうかと思っていた宿なのだ。
宿との顔繋ぎが出来る事に加え、報酬も良心的と来れば、初めて請け負う依頼としては文句なしだと思う。
(――っていうか、こんな好条件な依頼が残ってたのはラッキーだったかも)
ちょっとした自分の幸運に内心感謝しつつ、依頼書を持って受付へ。そこで担当をしていた受付嬢(アリサさんでは無かった)に昨日発行してもらったギルドカードを提示して、規則で定められた手続きを行う。
直後、依頼書に変化が訪れる。
そこに記入されていた文字の色が、黒から赤へと変色した。
この変化こそ、依頼が受注された何よりの証左だ。
ギルドの掲示板に提示された『依頼書』。
それらは全て、初級契約魔法『依頼』によって生成された物である。
昨日、ギルドマスターのナタリアさんが使用した『誓約』によって生成され、俺が自分の体内に取り込んだ誓約書と限りなく酷似した物だと言えば分かりやすいかもしれない。
実際、誓約書と依頼書はその見た目や、魔法によって生成される点等、似ている部分は数多い。
だが、勿論のように相違点も存在する。
例えば、昨日の『誓約』が、誓約書に書かれた内容を破れば対象に罰が降りかかるという物騒な魔法であり、『管理者』が解除しない限り効果が恒久的に続くのに対し、この『依頼』は、依頼書に書かれた内容を破っても対象の肉体には何の影響も及ぼさない。
ただ〈依頼〉の進捗具合により、依頼書の文字が
・黒(依頼実行前)
・赤(依頼実行中)
・黄(依頼達成)
・青(依頼破棄あるいは依頼失敗)
・緑(依頼内容を達成したものの、契約不履行)
――と、合計5色に変化するだけであり、魔法の効果自体も丁度一か月で失効してしまうというデメリットを抱えている。
これだけを見れば、『依頼』は『誓約』の下位互換である――そう感じるかもしれない。
だが、案外そういう訳でも無い。
この『依頼』独自の特性として、この魔法により生成される依頼書は、任意の枚数を自由に生成する事が可能なのだ。
冒険者ギルドではこの特性を生かし、依頼主から依頼を受理する際、依頼書を依頼の定員人数+一枚作るという規則を設けている。
複数枚生成された依頼書。その内の定員数の依頼書は掲示板へ。残りの一枚はギルド側が管理。
そうする事で、各依頼の進捗状況をギルド側で遂次把握できるようにしている。
このシステムにより、例えば依頼主が報酬金を出し渋った場合、あるいは冒険者側が依頼主に損失を負わせた場合――ありとあらゆる依頼を巡るトラブルが発生しても、冒険者ギルドは迅速かつ正確に対処する事が可能となっているのだ。
「――これで依頼の受理は完了いたしました。それではご武運をお祈りしております」
受付嬢がそんな言葉と共にギルドカードを返却して来る。俺は手の平大の白いカードを受け取ると、そそくさとギルドを後にした。
明日はスケジュールや推敲作業の関係で夜の更新となります。
では、今回も読んでいただき、ありがとうございました!
次回もよろしくお願いします。




