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だから、これが一時の別れ

――前回の更新から早二週間。

途中、学校の卒業式があったりと色々行事があり、中々更新できずにいましたが……

お待たせいたしました。

今回はストックが一万文字弱出来ていますので、三分割にしての三日連続更新となります。

 レティアと朝日を眺めながらちょっとした会話を交わした後、俺は『紅蓮聖女』のメンバーや孤児院の子供達に交じり、朝食をいただく事になった。


『紅蓮聖女』のクランホームの一階。その半分の面積を占めている食堂に、眠りから覚めた皆が集まる。


 昨晩の夕食の際にも利用した食堂には、10人掛けのダイニングテーブルが合計6セットも備わっていて、その内の一つにはクランのメンバーと俺が着席。残りの五つには、それぞれ孤児院の子達が決められた席にお行儀よく座っていく。


 昨晩の夕食の時と同じく、クラン最年少のヨミが調理した朝食の数々がテーブルの上に並んだところで、丁度俺の向かいに座ったレティアが立ち上がり、食事の音頭を取った。


「それじゃあ、皆食べて!」


「「「「「「はーい!」」」」」」


 レティアの号令にいち早く反応したのは、朝一番にも拘らず、既に元気100倍と言った様子の孤児院の子供達だ。レティアの呼び掛けによって食べるための免罪符を得た腹ペコ達は、元気良く返事をした次の瞬間には、目前の大皿に盛られた料理の数々へ手を伸ばし始めている。


 そして、口々に「美味しい」と連呼し、卓上の料理をバクバク平らげていく。


「じゃあ、私達も食べよっか」


 同じ席に着いた他の面々を見て、レティアが言った。


 その言葉が合図になり、『紅蓮聖女』の面々と俺は、芳醇な香りを漂わせる料理の数々に手を付け始める。


 それからしばらくは、軽い雑談を挟みながらの朝食の時間が過ぎていった。


 何処から観られていたのか、今朝の俺とレティアの雑談の内容について、クランの他のメンバーから詳しく追及されたり、


 その過程で俺がレティアを呼び捨てで呼んでいる事が発覚したり、


 レティアだけを呼び捨てて呼ぶのは面倒だろうと、クランの他のメンバーも「自分も呼び捨てで呼んでほしい」と言って来たり、


 俺がそれを承諾した途端、ドワーフであるガストンが「ユウトとの友誼が結ばれた記念じゃ! 酒を持ってこい」――と、騒ぎだしたり、


 そんなガストンの要求を、「何言ってるんですか、朝っぱらから早速酔っぱらってるんですか、バカなんですか」――と、ヨミが一刀両断にしたり、


 朝食を食べる幼女を見て、ノエルがダラッとした笑顔になったり、


 それを見たヨミが「いいから、さっさと私が作った朝食を食べてください。顔が変質者のそれになってますよ」――と、貶しざまに彼の口に卓上にあったパンをツッコんだり、


 ……まぁ、一部『軽い雑談』とは言えないような内容も無くは無かったが、朝食の時間は概ね平和的に進んだと言ってもいいんじゃないだろうかって俺は思う。


 ……うん。そうなんじゃないかな。多分。きっと。


「――そういえばユートさんは、今後どのように為される予定ですか?」


 多少現実逃避気味な思考に陥りながら、食後に出されたデザート(ゼリーっぽい甘味)を頬張っていると、クールビューティーな印象の眼鏡を掛けたエルフ、ファニールに質問を振られた。


「今後、ですか……実はあまり考えてないんですよね。とりあえず、調合用の道具を買って、調合用の素材は買えないので、それは街の外で採取して……それからどうしよっかなって感じで。調合しようにも、何処で調合すればいいのか当てがない上に、もっと言えば今晩の宿も探さなくちゃいけない訳で……」


 とどのつまり、現在の俺の今後の予定は完全白紙。まぁ、それは言い過ぎかもしれないが、それに限りなく近い。やりたいこと、やるべきことは分かっているが、それを達成するまでの道筋がさっぱり――そんな状態だ。


「じゃあさ、今後もここで暮らすっていうのはどうかな? ほら、ユウト君って、もう子供達にも物凄い人気があるみたいだし。それに、うちなら空き部屋がいくつかあるから、調合用の部屋を見繕う事だって可能だよ」


 そう言って会話に乗り込んできたのは、これまた食後のデザート(こっちはプリンみたいな甘味)を食べているレティアだ。


 彼女はつい先程まで、俺との早朝の会話を他のメンバーに覗き見されていたことに対して羞恥心を覚えたのか、顔を真っ赤にしてフリーズ状態に陥っていたのだが、いつの間にやら正気を取り戻していたらしい。


 同じ食卓を囲んでいる他のクランメンバーは、少女の提案に概ね好意的な様子を見せていた。無論、皆はっきりと口に出したわけではないが、彼らが浮かべる表情からは俺の事を受け入れてくれる――そんな温かい雰囲気を感じ取れる。


 だが……その温かさに包まれてはいけない――頭の中でそう囁く声があった。


 それが自分の本心なのか、それとも自分の心とは全く関係のない幻聴か。その辺りは定かでは無いけど……その声に従わないといけない――何となく、そう思う。


 あるいは、今のこの心境を世間一般的には強迫観念とでも呼称するのかもしれない。


「――いや、それは出来ないよ」


「……どうして?」


「ここは居心地が良すぎるから。だから……ここに置いてもらったら、きっと俺は怠けものになると思う。それだけは……それだけには、なっちゃいけないんだ。絶対」


「いいよ、それでも。例えユウト君が怠けものになっちゃっても、その分私が頑張るから!」


「いやいや……それは流石に色々と不味い気がするんだけど……というか、そうやっておんぶに抱っこ状態で女の子に頼りきりになるのは、男の沽券に関わるというか何というか……」


「そうですよレティア。あまりユートさんを困らせてはいけません」


「むぅ……、はーい。分かりましたよーだ」


 ファニールに窘められたレティアは、欲しいお菓子を買ってもらえなかった子供さながらのムスッとした顔で小さく返事。すごすご引き下がると、物凄い勢いでデザートの残りをかき込み始めた。


「はぁ、全く。普段はそうでも無いのに、時折こうしていやに子供っぽくなる悪癖が治れば、もう少し私も安心できるのですが……」


 どこか現代日本の中高生の様な――ある意味年相応と言える態度のレティアを見て、ファニールがぼやく。しかし、次の瞬間には小さく頭を振り、「まぁ、そんな彼女を支えるのが私の仕事……ですか」何事か小さく呟いた後、改めてこっちを見つめてきた。


「とにかく、ユートさんは今後の予定は特に決まっておられないと。そういう訳ですね?」


「まぁ、そういう事になりますね……恥ずかしながら」


「では、こちらをどうぞ」


 ファニールが何らかの資料なような物を差し出してきた。俺はそれを受け取り、軽く目を通す。


「これ……もしかして、この街の施設の概要が書かれてるんですか?」


「はい。ユートさんに必要になるのではないかと昨晩の間に纏めておいたものです。もし不要でしたら、こちらで処分しておきますが」


「いやいや、不要だなんてそんな。本当に助かりますよ、これ」


 資料には、グリモアの街の各地にある宿の位置や、それぞれの一泊の値段。そして、街の中に点在する、調合師向けの貸し出し工房の場所まで――。


 現在の俺が必要としている、ありとあらゆる情報が纏められていた。


 これぞ正しく、今俺が喉から手が出るほどに欲している物だ。


「けど……これ纏めるの大変だったんじゃ? 結構詳細な情報が書いてありますし、これを無償で貰うのって、何だか悪い気がするんですけど……」


「いえ。自分はこういった作業には慣れていますからお気遣いなく。……ですが、もしそれでも『何かお返しをしたい』とおっしゃるのであれば、手が空いている時にで良いので、今後もここへ来て、子供達の相手をしていただけるとありがたいですね」


「はぁ、それぐらいなら全然大丈夫ですけど……本当にそれだけでいいんですか?」


 俺の問い掛けにファニールは小さく頷く。


「勿論です。時折、私たちクランのメンバーだけでは、監督の目が行き届ききらない事がありますし、何よりも、子供達は勿論の事……どうやらうちのリーダーはあなたの事を気に入っているようですから」


 レティアが俺の事を気に入っている――その真偽は定かでは無い……というより、同年代の女性との会話経験が決定的に欠落している俺が、彼女の様な女性に気に入られる可能性など無いに等しく思えるのだが。


 ……まぁ、それはともかくとして。


「……分かりました。俺としても子供と遊ぶのは……何ていうか、好きですし。手の空いてる時と言わず、定期的にここに寄らさせてもらいますよ」


 すると、ファニールさんが「ありがたいです、ユートさん」と、微笑と共に淑やかな声で言った。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 しばらくして。


 賑やかだった朝食の時間は終わり、俺はクランのメンバーや子供達に暇を告げた。


 手早く出立の準備を済ませ、クランホーム兼孤児院となっている建物を出る。


 こんな俺に懐いてくれたらしい子供達からの引き留めの声が多々あったが、そんな彼らには、俺がまた近い内にここを尋ねる旨を伝え、渋々ながらも納得してもらった。


 敷地を隔てる鉄格子の門を潜り抜けた所まで見送りに来てくれた『紅蓮聖女』の皆や、子供達と軽い別れの挨拶を交わす。


「それじゃあ……また来てね。ユウト君」


「勿論。また来るよ、レティア」


 最後の最後。レティアと言葉を交わした俺は、クランのメンバーや子供達に見送られながらその場を後にした。


 背後から聞こえる彼らの温かい言葉に後ろ髪を引かれる様な思いが湧き上がる。


 口元まで出かかった感情――だがしかし、それは心の内に留め置いた。













次回は明日の正午ごろの更新とします。

では、今回も読んでいただき、ありがとうございました。

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