レティア・ジェリス
連続投稿二日目。
自分に科せられかけていたロリコン疑惑を即行で否定した後、俺は同年代と思われるエルフの少女に自己紹介をした。
ちなみに、俺に群がっていた幼女たちはそのまま。
一応、彼女達はエルフの少女に部屋に戻るよう促されたのだが、『お客さん』……つまり俺に対する興味が尽きないらしく、少女の言いつけに反発して、この場を離れようとしなかったのだ。
梃子でも動きそうにない幼女×十数人。
まぁ、立ち話の邪魔にはならないだろうという判断から、彼女達にはある程度好きにさせることにした。実際、幼女たちは俺の手を引っ張ったり、服を引っ張ったり、体をよじ登ってきたりしようとはしている。だが、話の邪魔はしないという分別はあるらしく、そこまで無茶な事はされていない。精々、『少し痛いなぁ』と感じる程度だった。
尚、先ほど『ぶっ壊れて』しまったノエルさんは未だに俺の隣で幼女たちを眺めては、温かい視線を彼女達に送っている。俺は、そろそろ彼を現実に引き戻さなくていいのかなと思ったのだが、エルフの少女が、
「ノエルはほっとけば良いよ。いつものことだし。満足したら正気に戻るだろうから」
と言い放ったので、結局そのまま放置する事にした。
それにしても、いつもこんな事になってんのかい。筋金入りのロリコンだな。この人。
閑話休題。
自分の名前、年齢から始まり、今日この街に辿りついた事、その際に少しノエルさんに便宜を図ってもらった事、冒険者ギルドに登録した後、ノエルさんに一晩の宿としてここに誘われた事等々。
俺が行った自己紹介の内容は多岐にわたり――最終的には、自分の出自やスキルを含めた、当面は隠しておいた方が良いだろうという事柄を除いた部分は殆ど話した事になる。
そうした方が相手としても安心できるだろうし、見ず知らずの俺を泊めてくれるかもしれない人々だ。故に、最低限の誠意は見せるべきだと思った。
すると、そうやって誠実さを心掛けて対応したのが功を奏したのか。
邂逅した直後は、微かながらにも不信感、疑念といったこちらを警戒する様子を滲ませていた少女の態度は少しずつ軟化していった。
「――へぇ、あなた、ユウト・トガミ君っていうんだね」
エルフの少女は俺の自己紹介が終わった所で、こちらに一歩近寄り、俺の顔を見上げてきた。
丁度、少女から女性に変わる境目の独特な色気を放つ少女は、地球ではチョットやそっとじゃお目にかかれない程の美貌を誇っている。そんな有名芸術家が魂を込めて作り上げたような少女と間近で見つめあう形となってしまった俺は思わず、彼女から目を背けてしまいたい衝動にかられた。
だがしかし、そんな事をすれば少女に対して失礼に当たるのは火を見るよりも明らかだ。
衝動をグッと堪え、赤い瞳を見つめ返し、少々緊張気味になっている事を自覚しながら声を発する。
「な、何か……俺の顔に付いてますか?」
「あ、……ゴメン。違うの。ノエルが始めた出会った人をその日の内にここに呼び寄せるなんて初めてだから、少しビックリしちゃって。だから、どんな人なのかな……って思って。あと、あなたみたいな顔の人はこの辺りじゃあまり見掛けないから……もしかして、あなたは大陸北部の出身の人?」
「ま、まぁ、俺自身の出身地は違いますけど……ルーツ的にはそっちの方です……かね」
まさか、『自分は転生者なんですー』なんて言える訳も無いので、少し言葉を濁して誤魔化しておく。ていうか、日本人顔の人はここらじゃ珍しいのか。確かに街中にいた人たちは西洋方面の顔の造形している人が多かったけど。
エルフの少女はハッキリとしないこちらの答えに首を捻ったが、特に問題は無いだろうと判断したらしい。怪訝な顔から一転、魅力的な笑みを浮かべると、「じゃあ、今度は私の自己紹介だね」今度は自らの自己紹介を始めた。
「私はレティア・ジェリス。歳は17歳だから、あなたの一つ年上になるのかな。もしかしたらノエルから既に聞いてるかもしれないけど、このクラン『紅蓮聖女』のクランマスターをやってるの」
「いや、クランマスターをやってるのは初耳です……というより、ノエルさんがクランに入ってるって事もここの前で聞いたばかりで」
「あ、そうだったんだ。てっきり、いつもみたいにノエルが説明しているのかと思ってたんだけど……」
「多分、ノエルさんが俺に自分の家に泊まれと勧めて来てくれたのはついさっきだったので、そういう話をする前にここに来たんだと思います。……それにしても、俺と一つしか違わないのにクランマスターをやってるなんて、凄いですね」
「そんな事ないよ」
エルフの少女は照れ隠しをするようにはにかみつつ、謙遜する。
「私なんて周りの人に沢山手助けしてもらって、何とかやってるってだけだし……」
「それでも十分凄いですって。少なくとも俺には集団のリーダーなんて務まらないし。だから、その、何ていうか……胸を張っても良いと思いますよ、俺は」
「そう、かな? ……ありがと。そう言ってもらえると、気分が楽になるよ――って」
直後、彼女は何かに気付いた様子で両頬を赤く染めた。俺の体を弄んでいた幼女たちがそんなレティアさんの様子に気が付き、心配そうに彼女を見上げる。
「れてぃあ、かおまっか」「どうかしたー?」「かぜひいた」
「な、何でもないよー。ただ、急にチョットした事に気が付いたというか……自分を顧みて、少し恥ずかしくなったというか……」
(今さっき知り合ったばかりの人に励まされるって……何だか恥ずかしいよ……あぁ、もう何やってんだろ、私……)
「……?」
なんだろう。彼女が何か言ったのは分かるんだが、あまりにも小さな声だったせいで、彼女がどんな事を口にしたのか、さっぱり分からなかった。
一度、聞き返した方がいいのだろうか、でも知り合ったばかりの人にそんな事をするのは失礼じゃないか。
……うーん、判断が難しい。
ここは異世界だし、そういったところの価値観も違う可能性は無きにしも非ずだけど……まぁ、特に聞かなくちゃいけない理由もなさそうだし、ここは聞き返さないでおこう。
自分の中でそう結論付けた時、廊下の突き当りのドアの向こう側から小さく声が漏れてきた。
『レティア様ー、部屋に戻られるのが遅いようですが、どうかされましたか?』
聞こえてきたのは、多少幼い印象を受ける少女の声だ。
「あ、ゴメン! ノエルが泊まりのお客さんを連れて来てて、初めて会う人だったから、自己紹介をしてたの!」
『お、お客様ですか?!』
扉の向こう側から聞こえる声が、多少慌てたようなトーンに変化する。
次の瞬間、突き当りのドアがバンッと大きな音を立てながら開けられた。身長が俺の胸までぐらいしか無い、小学校高学年かという年ごろの褐色肌のヒューマンの少女が姿を見せる。少女は自分自身の肌の色と対を成すような、真っ白くてフリルのたくさんついた可愛らしいメイド服を着用していて、対照的な色のコントラストがやけに印象的に映った。
その少女は訪問客である俺の姿を認め、「初めまして、今宵は私たちのクランホームへようこそおいで下さいました。歓迎いたします」はきはきとした声で短く挨拶を寄越す。
そして、その双眸を俺の隣で『ぶっ壊れた』ままのノエルさんへとスライドさせた。
「はぁ……全く、あなたと言う人は……!」
痛恨の極みとでも言いたげな面持ちで、少女はノエルさんへと近づいていく。
ノエルさんのすぐ傍まで辿りついた少女は一度俺に黙礼をしてから、幼女を幸せそうな顔で眺めている彼の右耳を思いっきり摘み上げた。
「いたたたたたッ?!」
唐突に奔った激痛にノエルさんが声を上げる。彼は直ぐに自分の右耳をメイド服を着た少女が摘まんでいる事を理解すると、激痛の元凶たる少女に文句をぶつけ始めた。
「ヨミ、またお前さんか?! この前も耳を引っ張るのは止めてくれって言ったよな俺?! このまま続けば、俺の耳がエルフみたいになって――って、いてててて!」
「少し黙っててください。このロリコン」
何とも辛辣な言葉を吹っ掛ける少女は、次いで俺の周りにたむろしている幼女たちに視線を向ける。
「ほら、あなた達も。お客様の迷惑になりますから、早く部屋に戻ってください」
「えー」「ゆーととあそぶー」「よみのけち」
「そうやって駄々をこねてると、私も怒りますよ」
「ちいさなよみがおこってもこわくないもーん」「そうだー」
「ほー、そんな事言っちゃうんですか……なるほどなるほど。これは、あなた達は今晩のご飯は無しでも良いという事――」
「「「「「「「「「おへやもどるー!」」」」」」」」」」
幼女たちの行動はとても素早かった。
晩御飯抜きを示唆された次の瞬間には、姿を現した時と同じように、ステテテ―と機敏な動きかつ統率されたかのような隊列を成しながら、あっという間に扉の向こう側へと消えていく。
「大変お見苦しいところをお見せ致しました。……それに、あの子達の相手までさせてしまったようで、本当に何といえば良いのか……」
ヨミと呼ばれた少女は何とも申し訳なさそうにしている。
そして、そんな彼女のすぐ隣では、相も変わらず耳を摘ままれたままのノエルさんがどうにか少女の手を解こうともがいていた。しかし、小さな体のどこにそんな力があるのか、ヨミは大の大人であるノエルさんの抵抗を意に介す事無く、彼を拘束し続けているのだ。
年端もいかぬ幼子が自分よりも体の大きい大人を力でねじ伏せる……傍から見れば相当異常な状況なのだが、これはあくまでも日常的な光景なのか、レティアさんがこの事を騒ぎ立てる様子も無い。故に、俺もまた何も言わずにノエルさんからそっと目を逸らした。
その瞬間……「あ、ユウトお前! 今露骨に目を逸らしただろ?!」と聞こえた気がしたけど……多分気のせいだ。そう、思うことにした。
「別に大丈夫ですよ。子供は元気なのが一番ですし」
「ありがとうございます。
……そう言えば、お客様は今宵の夕食の方は済まされたのでしょうか?」
「いや、まだです」
「でしたら……レティア様、私はお客様の夕食の席を準備しておきますので、キリの良い所で部屋に戻ってきてください。もうすぐ皆が揃いますから」
「うん。分かった。頼むわね、ヨミ」
「はい! お任せください。――それではお客様、また後程」
小さく一礼し、少女は扉の奥へと姿を消した。
「おいヨミさん?! 無茶苦茶、耳痛いんだけど――なぁ、聞いてる?!」
――耳に奔る痛みで悲痛の叫び声を上げる、ノエルさんを引き摺りながら。
……って、なんだかドナドナを思い出すな。この光景。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
幼女達、ヨミ、ノエルさんが扉の先に消え、玄関先に残ったのは俺とレティアさんのみ。
俺は急激に静かになった事に対して僅かに居心地の悪さを感じながら、レティアさんに話を振る。
話題は勿論、今しがた扉の向こう側へと大人を引き摺って行った少女の事だ。
「なんか凄いですね、あのヨミって子。……彼女もここの孤児院の子なんですか?」
「ううん。ヨミは孤児院で保護してるんじゃなくて、私たちのクランのメンバーなの。……ちなみに誤解の無いように言っておくと、ヨミってあれでも15歳なんだよ?」
「えぇ!? ……てっきり、十歳手前ぐらいなのかなって思ってました」
彼女の身長はどれだけ高く見積もっても、約130センチ程しか無かった。これは小学校中学年の女子の平均身長と大差なかったはず。
そんな彼女がまさかの15歳。俺と一つしか変わらないなんて……、
「あ、……もしかして、彼女は小人族なんですか?」
小人族――通称パルゥム。
街中でもちょくちょく見かけた種族。彼ら小人族は他の種族に比べて、平均身長が圧倒的に低いのが大きな特徴だ。これならば、彼女のあの「幼さ」にも説明が付く。
しかし、レティアさんは苦笑しながら首を横に振った。
「それも違う。ヨミは正真正銘、ヒューマンの女の子だよ。……ただ、あの子自身、自分の体の成長が遅れてるって事は自覚していて、良く思ってないみたいだから、あまりその辺りには触れないであげてね。さもなくば……」
「……さもなくば?」
「さっきのノエルの比じゃないぐらい、痛めつけられるよ、きっと」
そう語る彼女の目は……マジだった。大まじめだった。
一切の冗談が紛れ込む程の余地も無い位――真剣であった。
脳裏に過ぎる、先の光景。
もう、引きちぎられちゃうんじゃない? ってぐらいに耳を摘ままれたノエルさんの苦しみようを容易に思いだせてしまう。……あれより強烈な事をされるのか。
………………。
俺はレティアさんの忠告に何度も首肯した。
そして、心の中で誓う。絶対に、ヨミの前で身長の話はしないでおこうと。……いや、ただ身長の話をしただけで酷い目にあわされるようなことは無いかもしれないけど、一応。念のため。予防線は張っておいて損はないからね。
次回は明日更新です。
今回も読んでいただき、ありがとうございました!




