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戸上裕翔:オリジン

予告投稿時間を大幅に先取りして投稿していくスタイル(その分、書き溜めの量が段々と心細くなっていく)

 篠咲美弥――みーちゃんの部屋を後にした俺は、その後幾分かの時間を篠咲家のリビングで過ごした。紅茶と茶菓子で一服し、佐奈さんと身近な話に花を咲かせる。


 高校の話。佐奈さんの旦那さんの話。俺の母親の話。

 話題は多岐にわたった。


 やがて時計の長針が半周ほどした所で、俺は話を切り上げる。


「それじゃあ、そろそろ俺は帰ります」


「またいつでも来て頂戴ね? そうした方が、きっと『あの子』も喜ぶだろうから」


「はい。頃合いを見て、またお邪魔させてもらいます」


 言って、俺はリビングを後にする。玄関で靴を履き、そのまま外へ。


 そして、玄関口からこちらに手を振って見送りをしてくれる佐奈さんに小さく手を振り返し、俺は帰路へとついた。


 時刻はおおよそ六時を少し過ぎたあたり。もう空は薄暗くなっていて、心なしか、明るかったときよりも気温が下がっているような気がする。


 俺は夜空へと移り変わりつつある空を見上げて、溜め息を吐いた。


「最近は暗くなるのが早くなってきたな……」


 まぁ、もう季節は秋になりつつあるという頃なので、当たり前なのだが。


 ……そういえば、母さんが、暗くなるのが早くなってきたから今日は早く帰って来いって言ってたっけ。


「……さっさと帰らないとな。母さんが心配する」


 俺は足を動かす速度を速めた。


『突如消える、コンビニ、スーパーの食品の謎』という、数か月前から時折耳にするニュースの特集を映している薄型テレビの音声を聞き流しつつ、店じまいをしている小さな電気店の前を素通りし、さっきまで呑気な猫がいた小路を通り抜ける。


 そして呆れるほどに見慣れた、二車線しかない小さな交差点に辿りつく。


 ここを超えれば、家まであともう少し。大体、徒歩五分といったところだ。


 正に、我が家は目と鼻の先である。


 しかし。


「……あ」


 運が悪かったのか、目の前で歩行者用の信号が赤に切り替わってしまった。


 わが家へ戻るにはこの信号を渡らざるを得ず、横断歩道を目前に仕方なく立ち止まる。


 そして、何気なく辺りを見回していた俺は――気が付いた。


「あれは……」


 横断歩道。俺が今立っている、丁度”向こう側”。


 もう陽は落ちて辺りは暗くなりつつあると言うのに、そこには四歳程かという少女が一人ポツンと立っている。


 顔の造形は日本人っぽくなかった。というか、日本人の顔じゃない。

 どちらかと言えばヨーロッパ――西欧人に限りなく近い容姿で、まるでおとぎ話から飛び出てきたかのような、とても整った顔立ちをしていた。


 だが、その容姿でのプラス面は、今の彼女の状態を考慮すると『あってないようなもの』だと言わざるを得なかった。

 如何せん、身だしなみがみすぼらし過ぎるのだ。腰辺りまで伸ばされた黒い髪はボロボロだし、身に纏っているピンクのワンピースは数日洗濯していないようにすら見える。


 彼女はなんであんな格好をしているのだろう。


 もしかすると――捨て子、なのだろうか。

 あるいは、親に虐待を受けているのかもしれない。


 ……いや、実際にそうだったとして俺はどうする。


 仮に前者だとして、俺に何かが出来るのか。


 もし後者だとして、俺はどうすればいいのか。


 ――そんな事を考えながら、俺の視線はその少女へと引き寄せられていた。


 すると、俺の存在に気が付いたのか。少女がその双眸をこちらに向けられた。


 俺と少女、互いの視線が交錯する。


 ――彼女の瞳は酷く濁っていた。


 そこからはたった一片の希望すら感じ取ることは出来ない。

 ずっと眺めていると、いつしか魂すら吸い込まれてしまいそうな不可思議な視線に耐えることが出来ず、俺はスッと視線を逸らしてしまう。


 すると、ちょうど視線の先から彼女の方へと一人の男性が近づいてきている事に気が付いた。


 男性はヘッドホンを装着しながらスマホをいじっている為か、信号待ちをしている少女に気が付いている様子は無い。

 そして、近づいて来たその男性の右ひじが少女の右肩に軽くぶつかった。


「あっ……」


 少女もまた、男性が近づいてきている事に気が付いていなかったのか、意表を突かれたように声を漏らして前のめりに倒れ込む。


 一方で少女とぶつかった男性は、スマホの画面から目を逸らす事無く、何事も無かったかのようにその場を立ち去っていく。

 ーーちょっと待て。


「おいっ! 今ぶつかったろ!」


 咄嗟に俺が叫ぶも、ヘッドホンを被った男性に声は届かなかったらしい。


「あっ! だから、おい!」


 そのまま男性は俺の声に反応を示す事は無く、夜闇の向こう側へと消えて行ってしまった。


 あとに残されたのは、俺と地面に倒れた少女だけ。


「くそ……そこの君、大丈夫?!」


 男性の事は一度忘れる事にして、俺は倒れた少女に呼びかける。


「立てる?」


「ぇ……あ、う、う……ん」


 こちらの呼びかけに少女は弱々しい声で答える。

 心なしか、その声には驚愕の念が込められている気がした。


 少女がその場に立ち上がろうとする。体が憔悴しているのだろうか、その動きは酷く弱々しく、緩慢だった。けど、ここから見た限りでは、それほど大きなけがは無さそうだ。どこか骨折した雰囲気も無い。とりあえずは大丈夫そうだ。


 そう、俺が思った次の瞬間、『――ブロロロロ……』という、重厚な機械の駆動音が辺りに響き渡り始めた。


 釣られて辺りを見回すと、一台の軽トラがものすごいスピードで走っている光景が目に映る。軽トラは右へ左へと小さく蛇行していて、どう考えても普通の様子では無い。


 運転手に何かあったのだろうか。


 持病の発作でも発症したのか、あるいは飲酒しながら運転をしてしまったのか。


 様々な仮説が頭の中を過ぎる。だが、明らかに暴走している軽トラの行く先に、先ほど突き飛ばされ、立ち上がったばかりの少女がいる事に気が付いて、それらの仮説全てが頭の中から吹き飛んだ。


 どう考えても、あのトラックが少女の手前で停止するとは思えない。寧ろ、その走行速度は加速度的に上がっていっているようにさえ見える。


 じゃあ、このままじゃ、あの少女は――


「おいおい、嘘だろ……っ!?」


 少女は――その場から動かない。いや、動けない、と言った方が正しいか。


 自身に迫りつつある危機に気が付いた少女はまるで金縛りにあったかのように動きを止め、ただその場に立ちすくんでいる。

 表情は絶望に染まっていた。


「早くその場から逃げろッ!」


 腹から、声を絞り出す。喉が潰れそうになるほどの大声で少女に退避を叫んだ。


「え……ぁ……ぃや」


 しかし、やはり少女は動かない。


 少女は俺の声にビクリと肩を震わせる反応は見せたものの、軽トラが迫ってくるという恐怖に打ち勝つことは出来なかったらしい。ガチガチと小刻みに振動するだけの少女の足は、一歩たりとも動く気配が無い。


 もう、軽トラは少女のすぐそこまで近づいてきている。


 少女の表情がより一層深い絶望に染まっていく。


 ダメだ。もう、あの少女は助からない。


 ……今からなら、間に合うか。今からなら、俺がここから少女の元まで走れば、少女を車の進路上から離脱させることは出来るだろうか。


 ……いや、ダメだ。


 俺は自分の考えを即座に否定した。


 確かに、今からなら少女が車に轢かれる前に彼女の元へ辿りつけるかもしれない。けど、それだけだ。時間が足りない。彼女と俺、二人とも無事に済ませるには圧倒的に時間が足りない。少女を助けるためには、俺が彼女を突き飛ばすしかない。だが、そうすれば、もれなく俺は軽トラに轢かれてしまう。


 俺は一瞬頭を悩ませて、視線を少女の方へと向けた。


『もう……いやだよ』


 少女の口が少しだけ開いて、言葉を紡いだ――気がした。


『だれか……たすけて』


 ――少女の、声。


 彼女との距離はこんなにも離れているのに。

 明らかに聞こえないはずの距離なのに。


 ――少女の声は、明確に俺の耳に届いた。


「――くそッ!」


 瞬間、俺は地を蹴り、少女の元へ走り出していた。


 その行動の中に俺の意志は存在していなかったように思う。ただ、勝手に体が動いた、という感じ。今は、葛藤も、恐怖心も、感情も、その全てが無関係だと言わんばかりに、体が勝手に動いていた。


 一歩足を踏み出すたび、少女に近づいていく。


 一拍の時が流れる度、少女に軽トラが迫っていく。


 間に合うか……間に合ってしまうのか。彼我の距離を考えると、それは微妙なところだ。


 というか、正直に言えば、間に合ってほしくないって思っている自分もいる。


 いや、だって、絶対痛いじゃん? あんな巨大な質量の塊があんな速度でぶつかってきたら……普通、死ぬじゃん? 


 死ぬのは普通は嫌だし。まだやらなくちゃいけない事、やりたいことだって沢山ある。


 だから、死にたくないよ。

 そう思うのはきっと、俺だけじゃない。誰だって死にたくないに決まっている。

 嗚呼、泣きたい。泣き叫びたい。

 何故、飛び出してしまったのかと自分を殴り飛ばしてやりたい。


 けど、聞いてしまった。聞こえてしまった。


 少女の懇願が、耳に届いてしまった。


 その少女の懇願が、俺の中にあった『ナニカ』を大きく揺さぶった。


 だから、気が付いていた時には体が動いていた。


 ――頭より考えるよりも先に、俺は少女を助ける選択肢を取っていた。


「――間に合えッッッ!」


 声を振り絞り、俺は我武者羅に少女の方へと手を伸ばす。


 するとそれが功を奏したのか、右手が少女の肩にかかった。

 時間的には間一髪、というところだ。

 もう、軽トラは目と鼻の先の所まで来ている。


 一刻の猶予も無い。

 間髪入れず、俺は少女を思いっきり向こう側に突き飛ばした。


「――ぇっ?」


 少女の体は思っていたよりも軽かった。少女は俺が思っていたよりも大きく飛び、無事に歩道へ着地。いや、着地というより倒れ込んだ、という表現が正しい。

 ともかく、彼女を救う事は出来た。


 俺は少女の様子を横目に見ながら、こちらに迫ってくる軽トラを顧みる。この時、もしかしたら、軽トラがギリギリで止まってくれないかな……なんて淡い期待が無かったと言えば嘘になる。


 だが、期待は容易く打ち消された。


 速度は全くと言っても良い程緩んじゃいなかった。


 軽トラは無慈悲と思えるほどに急速に距離を詰めて来ていた。


 ――そして。


 次の瞬間、視界がヘッドライトの閃光によって真っ白に塗りつぶされた。


 俺はその眩しさに思わず目を瞑ってしまう。

 視界が黒一色に埋め尽くされる中、体全体に大きな衝撃が奔った。

 体の内側から爆発してしまいそうな、大きな衝撃。それを感じた直後、体が横方向に吹っ飛ばされる感覚を覚える。


 ――あぁ今、俺、跳ね飛ばされたんだな。


 そう悟った直後。意識がプツリと途絶えた。


 体の感覚が消えていく。













今回も読んでくださって誠にありがとうございました!

次回は今日の7時ごろに更新。

明日以降は一日一回更新にする予定ですが、特にスケジュールを決めているわけでは無いので、一日に複数回更新する日があれば、一日に一度も更新しない日もあるかもしれません。

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