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彼が紳士と呼ばれているワケ

二週間ぶりの更新となってしまい、本当に申し訳ありません。

その代わり、この二週間で一万五千文字のストックが出来ましたので、これを三分割し、三日連続更新をしたいと思います。

 ユウトとノエルが去った部屋。

 アリサがギルド職員としての業務に戻り、唯一部屋に残ったギルドマスター、ナタリア・ファーレストは酷く頭を悩ませていた。


「ユウト・トガミ……ね」


 現在進行形で自分を悩ませている少年の名前を呟き、妙齢のエルフは小さく嘆息する。

 つい先ほど初めて顔を合わせたその少年は、世にも珍しい『魔法才能:全』のスキルを持つ者であった。


 一億分の一。

 最早、天文学的とすら言える低確率を掻い潜り誕生する、『魔法才能:全』スキル持ち。彼らはその希少さ、及び有用さにより、その存在が確認されるや否や、即座に『国』が確保に動くほどの存在である。


 そんな、ある意味『爆弾』のような少年が、突如自分の元に転がり込んできた。しかも、自分が爆弾である所以を周知しないでほしい――そんな一言を添えた上で、だ。

 普通ならば誰もが頭を抱える状況である。


 だが、『魔法奏者(マジックアーティ)』ナタリア・ファーレストは『普通』ではない。


 なんせ、彼女自身もまた『爆弾』。自分と同じ存在の扱いは、他者よりも慣れていた。


 ――では、何故そんな彼女が自らと同じ『爆弾』によって頭を悩まされているのか。


 その答えは単純。

 彼の者は只の『爆弾』ではなかった……それだけの事である。


「彼の頭……いや、髪の毛かしら。明らかに魔法の影響があったわよね……」


 数多の種族の中でも頭一つ抜けて魔法が得意だとされているエルフ。ナタリアはそのエルフの中にあって、特に魔法との親和性が高く……その特性は彼女に幾つかの特別な力を授けていた。

 まずは、他社の魔法の才能を見ぬく力。

 そして、本来は見えない筈の他者が行使した魔法――その残滓、あるいは軌跡を読み取り、そこで作用した魔法を大まかに理解する力。

 この二つの力がナタリアの目には備わっている。


 ――そう。彼女は分かっていたのだ。

 少年の髪には、何らかの魔法が掛けられているのだと。

 そして、少年の髪に掛けられているのは、闇属性魔法『イリュージョン』である事を。


 対象の見た目を偽り、他者の目を欺く魔法、『イリュージョン』。それがピンポイントで髪の毛のみに作用している理由を考察するのは、さほど難しいことでは無い。

 何故ならば、かの魔法を使う――それ即ち、その魔法が作用している部分には、他者の目に触れさせたくない”ナニカ”がある事を声高々に主張しているのと同義であるからだ。


 つまり――、


「彼は自分の髪の色を隠したがっている……と」


 そこまで推察すれば、自ずと根本的な理由は見えてくる。


 ――ユウト・トガミは異邦人、あるいはそれに連なる一族の出。


 そう考えれば、全てに説明が付く。

 彼が『魔法才能:全』という、規格外の才能を備えている事。

 彼が髪の色を隠したがっている事。

 彼の出生地が『不明』である理由。

 全て、綺麗に説明が付く。


「さて、どうしたものかしらね……」


 改めて、ナタリア・ファーレストは嘆息する。

 転生者、転移者――それは、『魔法才能:全』持ちでさえ比較にならない程、希少かつ強力極まりない存在。

 自身が『爆弾』である事を自覚している彼女とて、その扱いには頭を抱えざる負えない。


「彼と交わした誓約の中には、彼が異邦人である事を秘匿するっていう項目は含まれていないのよね……」


 とどのつまり、この事を国に報告してもナタリアが誓約の罰を受ける事は無い。故に彼女は悩んでいた。

 少年の正体を国に報告するのか否か。

 数分間、目を閉じ、思考の海に沈んだエルフはやがてゆっくりと開眼する。

 碧眼の瞳を露わにしたナタリアは、小さく首を横に振った。


「まぁ、そんな事が出来る筈も無い……か」


 ナタリア・ファーレストはギルドマスターである。

 数多の職員及び、冒険者を纏めるギルドの長として、自らの管理下に置かれた冒険者の信頼を裏切るような真似を進んでしようとはとても思えなかった。


 ――自分でも、上に立つ者としては損な性格だと思う。

 だが、それでいいとナタリアは割り切っている。他人をだまし、裏切り、越に浸るような輩よりは何倍も良いのだ……と。


 それに――。


「彼が異邦人である以上――きっと、いずれ彼は表舞台に出ざる負えなくなるでしょうしね……」


 過去に存在したと言われている、幾人もの異邦人たち。彼らは全員、一人の例外も無く、何か『大きな出来事』に巻き込まれているとされている。

 これはもう、彼らに科された『運命』と言ってもいいのかもしれない。


 ……だから、せめてその時までは。

 あの穏やかで、如何にもお人好しそうな少年には束の間の日常を過ごしてほしい――そう、ナタリアは願った。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 冒険者ギルドから出ると、外は既に日が落ちていて、朧気にしか周りが見渡せない程、薄暗くなっていた。一応、道端に幾つか街灯は立っていて、何かしらの『魔道具』でも使われているのか、独りでに光は発しているのだが、それでも現代日本の都会程は明るくならない。

 夕方には人が沢山いたメインストリートも、この世闇の中では人もまばらで、全く別の場所に迷い込んでしまったのではないかという疑心に駆られそうになる。しかし、どこぞの怪談でもあるまいし、そんな事が実際にあるはずもない。俺はノエルさんの案内で無事目的地に辿りつく。


 果たして、俺達の目的地であった『そこ』は、冒険者ギルドからメインストリート沿いに五分程歩いた所にあった。


「ようこそ我が家へ」


 ノエルさんは門の前で高らかにそう言い放ったが……もし、彼の後ろに広がっている物を呼称するのであれば、それは『家』よりも、ごく小規模な『施設』とでも言った方がより正確だろう。

 何せ、大きな鉄格子の門越しに見るそこには、一般的な幼稚園と同じぐらいの運動場が広がっている。その運動場のすぐ傍には三階建ての大きな建物が立っていて、その外見を形容するならば、『幼稚園』、もしくは『保育園』と呼ぶのが適切だ。


「あの……ここって何なんです?」


「ん? 今さっき言ったろ、ここは俺の家だ。……まぁ、ただの家じゃないんだけどな」


「いや、それは見れば分かりますけど……」


 この光景を前にして、それでも尚、ここが『普通の家』だと言える人は脳内科にでも診療に行けばいいと思う。もしくは眼科かどっか。俺は医者じゃないから、何処に行けばいいのかは正確には分からないけど。


「ほら、あそこを見てみろ」


 ノエルさんの指差した方を見てみると、そこには敷地全体を覆っているらしい、メンストリートと運動場をわけ隔てる、高さ二メートルに届きそうなレンガ造りの塀が連なっていて、その一部分に何かの文字が書かれているのが見て取れた。しかし、辺りが暗過ぎて、ここからでは何が書かれているのか分からない。

 近くによって確認してみる。すると、そこには、こう書かれていた。


紅蓮聖女(アぺフチ・カムイ)クランホーム・紅蓮聖女(アぺフチ・カムイ)孤児院』


「――クランホーム? 孤児院?」


「そうだ」


 首を傾げていると、ノエルさんが説明してくれる。


「ここは俺の所属する冒険者クラン、『紅蓮聖女(アぺフチ・カムイ)』のメンバー全員が住み込みで暮らす『クランホーム』であると同時に、俺達のクランで運営している孤児院でもある」


「へぇ……」


 感嘆の溜め息を漏らしつつ、心の中で納得する。


 ちなみに、『クラン』とは、冒険者の集団の呼称の一つだ。冒険者の集団を示す言葉は他にも『パーティー』等、幾つかあるが、この『クラン』はその中でも最も結びつきが強い者達の事を表していて、その有り様は『家族』、あるいは『運命共同体』と言い換える事も出来る。


「それにしても孤児院……あぁ、なるほど。だから『大家族』なんですね」


「あぁ。孤児院のちびっ子達も、クランのメンバーも皆、大切な『家族』だからな」


「なんか良いですね、そういうの」


「だろ?」


 ノエルさんは誇らしげに笑い、鉄格子の門に手を掛ける。


「さ、ここで立ち話してるのも何だし、早く中に入ろうぜ」


「はい、じゃあ……お邪魔します」


 俺達は建物の敷地内に入り、運動場を横切る。そして、そこに隣接する形で建てられた、保育園のような建物の前まで来ると、ノエルさんが玄関らしい扉を開け放った。

 玄関の内装は保育園さながらの建物の外見とは打って変わり、一般的な住居のそれに近い。タイル張りの土間。そこから一段上がると、薄い茶色の木目が美しい廊下。それは十メートル程奥まで伸び、その突き当りや途中の壁には幾つものドアが見える。また、土間のすぐ横には、俺の胸までぐらいの高さの下駄箱が設置されていて、サイズも色も様々な三十程の靴たちが所狭しと置かれていた。


(なんていうか……悠久の館に居た時も思ったけど、こういう内装って本当に現代日本と変わらないっていうか、ほとんど同じなんだよな……)


「ただいまー」


 思考に耽る俺の横で、ノエルさんが大きな声で自らの帰宅を告げる。


 するとその直後、突き当りのドアが勢い良く開かれ、小さな女の子たち――俗に言う『幼女』達が姿を現した。その数、総勢十人は下らず、種族はてんでバラバラで、パッと見ただけでもエルフや獣人、ヒューマンが入り混じっていのが分かった。


「「「「「「のえるー!」」」」」」


 彼女達は俺の横に立つ青年の存在を認めるや否や、歓声を上げてステテテ―と彼の元に群がり始める。背の低い彼女達が駆ける速度はあまり速くは無いが、元々の彼我の距離は十メートル弱しか無い。

 結果、ノエルさんはあっと言う間に幼女の波に飲み込まれてしまい――


「おぉ! 俺の可愛い可愛い天使たち! 皆、今日も良い娘にしてたか? ご飯は一杯食べたか? 怪我はしてないか?」


「うん!」「きょうもいいこにしてた」「これからごはんたべるよー」「あのね、あのね、きょうはだれもけがしなかったよ」


「そうかそうか! 本当にお前たちは良い子だな!」


「そうそう」「わたしたちはいいこなのです!」「のえるのいうことちゃんとまもるもん」


「あぁもう! 皆、大好きだぞ! お前たちは本当に天使だな!」


 ……うん。どうしよう。幼女に囲まれた途端、ノエルさんがぶっ壊れてしまった。


「なぁ、ユウトもそう思うだろ?! この子たちは天使だって!」


 幼女に囲まれ、満面の笑みを浮かべるノエルさんから話題を振られた。

 こっちに向けられる彼の瞳には、一片の邪心、下心等は伺えない。そこには只々、純粋な光だけが灯っている。しかし、『二十歳を超えた男が幼女に群がられて喜んでいる』――実際に文章にしてみると分かる、この状況のヤバさよ。


 ……っていうか、現代日本じゃ警察呼ばれるぞ。これ。


「あ、あはは……どう、なんですかね……」


 俺は咄嗟に愛想笑いを浮かべてそれをやり過ごす。ここで無条件に彼の言葉に同意してしまうのは、色んな意味でマズい気がしたのだ。

 すると、そこでようやく幼女たちは俺の存在に気が付いたらしく……


「のえるー。このおにいちゃんだれー?」「おきゃくさんー?」


「あぁ、そうだぞ。このお兄ちゃんの名前はユウト。ユウトお兄ちゃんは今日はここに泊まる事になったから、俺が一緒に連れ帰って来たんだ」


「おー、ゆーと!」「おきゃくさんっ」「ひさびさ」「ようこそいらっしゃられりましたー」


 口々に言いながら、幼女たちは今度は俺の周り取り囲んだ。っておい、服を引っ張るな。足を踏んづけるな。心の中ではそう文句を垂らしつつ、だが、無邪気な笑みを浮かべる幼子を力任せに振り払う事など出来る筈も無い。そんな事をする輩はただの鬼畜野郎だ。俺はそこまで堕ちるつもりは無い。


 結局、俺は数分ほどの時間、幼女たちに集られ、彼女達から止めどなく投げかけられる質問に這う這うの体で答えていく羽目となる。尚、その間俺の隣にいるノエルさんは俺の周りではしゃぎまくる幼女たちを視界に収め、まぁ何とも至福そうな笑みを浮かべていたのだが……俺はそんな彼の様子を見て、何故彼が『紳士』という二つ名を付けられているのかを悟った。


(――『紳士』は『紳士』でもロリコン紳士の方の紳士かよ?!)


 心の中で絶叫するのとほぼ同時、またもや廊下の突き当りのドアがガチャリと開かれる。


 ドアの向こう側から姿を現したのは、燃えるような赤髪を腰まで伸ばしたエルフの少女だった。歳は俺とあまり変わらない。十代後半ぐらい。背は俺より低く、160センチ有るか無いかという所か。上は比較的ラフな半そでシャツ、下はジーパンの様なデザインの長ズボンを着用している。

 顔の造形はこの上ない程に整っていた。赤眼の双眸は目じりが少しつり上がっていて、勝気な印象を抱かせる。そして日本人ではあり得ないであろう、高い鼻。瑞々しそうな、綺麗な唇……月並みな言い方になるかもしれないが、正しく二次元から飛び出してきたかのような――そんな形容詞が似合う、美しい少女だった。


「ノエル、帰って来たんでしょう? 小さい子が好きなのはいいけど、いい加減中に入って晩御飯を――」


 俺と少女。二人の視線がぶつかる。


 彼女は玄関に佇む俺――幼女に集られ、身動きが取れないでいる俺――を視界に収めると、半ばまで言い掛けていた言葉を飲み込み、動きを止めた。


 そして、表情を僅かに引き攣らせながら口を開く。


「ま、まさか……ノエルと同類の人?」


「いや、全く以って違います」


 なんとも酷い誤解を受けてしまった。











次回は明日のお昼更新予定です。

今回も読んでいただき、ありがとうございました!

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