世の中、隠し通せることの方がそう多くない
前話の最後のシーンをかなり改稿しました。
話の流れに大きな影響は及ぼしていません。ですが、もしお時間がありましたら、改めて読んでいただけると幸いです。
また、『魔法系スキルには『スキルレベル』の概念がある』という設定を付け加えました。
今回は少し長めです。
結局、ナタリアさんとノエルさんは、俺とアリサさんのすぐ後に部屋に入って来た。
ナタリアさんはアリサさんに紅茶を淹れるよう頼んでから、丁度俺の対面の位置に。対してノエルさんはコーヒーを注文してから俺の隣の席に腰かける。
アリサさんの見事な手腕によってすぐに二人の飲み物は用意され、カップを受け取った彼らが紅茶とコーヒーで一服着いた所で先ほど中断された話が再開された。
「それじゃあ、話してもらえるかしら。あなたが使える魔法について。そして、あなた自身に付いて。勿論、どうしても隠したいことがあるなら、それは話さなくてもいいわ。自分の戦闘方法は冒険者にとっては命綱も同然だから。もし、ここにいる面子以外に広められたくない情報があるなら、そちらも便宜を図りましょう。何なら、『契約魔法』の『誓約』を使って絶対に口を割れないようにしても良いわ」
ナタリアさんは黒いソファーに深く腰掛け、モデルの様に長く艶やかな足を組みながら問うてくる。
「一応聞いておくけれど、『誓約』が何なのか、どんな魔法なのかは分かっているわよね?」
その問いに俺は一つ頷いた。
俺は悠久の館を出る前、シェリルさんの手によって各魔法の初級~上級の魔法の概要をあらかた頭に叩き込まれている。
全ての魔法はその魔法が発動できるようになる『スキルレベル』によって、初級、中級、上級、最上級の四つの段階に区分けされている。
で、その発動できるようになるスキルレベルは、初級が1、中級が20、上級が50、最上級が80だ。勿論、スキルレベルが高くなってから使えるようになる魔法の方が強力で、スキルレベルを上げなければならないという制約がある分、使い手は少ない傾向にある。
「それじゃあ……外部に漏れると面倒な話もあるのでお願いします」
俺が答えると、ナタリアさんは「分かったわ」と了承の意を返してきて、他にこの場にいる人間――ノエルさんとアリサさんに確認を取った後、「じゃあ、誓約の権利者はトガミ君、あなたにしておくわね」と俺に告げると、何のためらいも無く、中級契約魔法『誓約』を発動させ始めた。
「『流離う御人、信徒たる我が意にてこの地に縛る――』」
ナタリアさんの詠唱が始まると同時、俺の目前に金色に光る一枚の紙が出現。そしてノエルさんとアリサさん、詠唱を続けるナタリアさんの周りが赤褐色に発光する。
「――って、ちょ、ちょっと待って下さい?!」
俺は展開の速さに一瞬呆けてしまっていたが、ハッと我に返り、慌ててナタリアさんを止めた。すると、俺の目前に浮かんでいた紙は消え去り、部屋の中に満ち満ちていた赤褐色の光も次第にその光量を乏しくしていく。
やがて、部屋の中に訪れていた変化がすべて元に戻った時、俺の静止によって詠唱を止めたナタリアさんが疑問に満ちた表情でこちらを見つめてきた。
「何か気に食わない事でもあったかしら?」
「いや……俺が何も話していないのにいきなり誓約魔法を使うと、そっちが不利になっちゃうんじゃないかと思いまして」
『契約魔法』とは、この世界に数多ある魔法の中の一つ。主に『相手に約束を守らせる』事や、『約束事を転用して相手の行動を制限する』事を得意としている魔法だ。
そして契約魔法の中でも中級に位置する魔法――『誓約』は、この魔法を自ら望んで受け入れた対象に、『権利者が許可、または権利者が魔法を解除しない限り、誓約の内容に絶対順守する』という魔術的な枷を付ける事が出来る。ちなみに、その内容を破った者には口にするのも憚られる罰が下されるらしい。
また、誓約を管理する立場である『権利者』には、実際に魔法を行使する者以外の人を設定する事も可能だ。
で、今回は『俺が許可、または俺が魔法を解除しない限り、これから俺が話す内容を外部に漏らしてはいけない』という枷をこの場にいる全員に架す事になる。しかし、この場合、俺が話す内容がどんな物かを明記されていない為、俺がこれから話す内容如何によっては、ナタリアさんたち三人が一方的に不利な『誓約』を結んでしまう事になりかねない。
勿論、俺はそんな誓約を交わすつもりは無いし、結果的にそうなってしまった場合でも、こちらから誓約を破棄すればいいだけなんだけど……
「あら、あなたは私たち三人に、そんな酷い事をしようとする気があるって事かしら?」
「いや、別にそんな気はないですけど……」
「じゃあ、問題は無いんじゃない? ねぇ、ノエル、アリサ?」
「まぁ、俺は自分の目で見て、ユウトがそう悪い奴じゃないって事は分かってるからな」
「ノエルさんやギルドマスターが良いと仰るなら、私はその言葉に従うまでですので」
ナタリアさんの呼び掛けに、ノエルさんとアリサさんは小さく頷いて応じた。
「ほら、改めて他の二人の許可も得た事だし……これで問題ないと思うのだけど?」
「そう、ですね……問題無いと思います」
けど、皆あまりにもあっさりと判断し過ぎじゃない?
それとも、俺がうじうじと考え過ぎているだけなのか?
俺はそんなことを考えながらもおずおず答える。
ナタリアさんが再び魔法の詠唱を開始した。
「『流離う御人、信徒たる我が意にてこの地に縛る、契約の鎖、呪縛の鋼、永久の流浪の中にあって、矮小なる我が記憶が彼の者に残らんと欲す』」
ナタリアさんの詠唱が滞りなく完了する。刹那、再び俺以外の三人の周囲が赤褐色に光り始め、俺の目前に金色に瞬く紙が出現、その一面にこの誓約における契約内容が細かく記述されていく。
やがて部屋中に溢れていた光は数秒ほどで勢いを停滞させ、その場には誓約の内容が記された一枚の紙だけが残った。俺は記述された内容に不備がない事を確認し、目前の紙を手に取る。
中級契約魔法『誓約』は、この紙――『誓約書』を権利者が自身の体内に取り込む事によってはじめて成立する魔法だ。故に、シェリルさんの講義によってその辺りの知識を得ていた俺は、何のためらいも無く、誓約書を自分の胸に押し当てる。
胸に押し当てられた紙は仄かに光を放ち、俺の体に吸い込まれるように宙に溶けた。
その様子を見ていたナタリアさんは小さく笑んで口を開く。
「――ここに『誓約』は完了した……さて、これで私たちは、あなたが今から話す内容について、あなたからの許可が無い限り外部に漏らす事は出来ないわ……それじゃあ、改めて聞くけど、話してもらえるかしら? あなたの魔法が使えるに付いて。そして……あなた自身に付いて」
「……はい」
短く返答する最中、俺は頭の中で、深い思考という名の海原に自分の身を投げ出していた。有り体に言えば、迷っていたのだ。この人たちにどこまで事実を開示するのか、あるいはどこまで事実を秘匿するのか――その境界線をどこに設けるのか、心底迷っていた。
(まず、俺が転生者だってばらすのは無しだよな。スキル『???』は転生者に直結する要素だから、そっちも無しとして……。『魔法複合』に至っては訳の分からない状況になってるから、とりあえず、何故文字化けが起こっているのかが判明しない限りはばらさないでおこう。となると……問題は『魔法才能』だな)
ここで俺は、シェリルさんから習った事柄を思い出す。
――俺が持つ『魔法才能:全』。このスキルを持つ者が生まれる確率は、驚異の0.000001%。分かりやすい数字に直すなら、1億人に一人だけという確率だ。
現在のこの世界の総人口が如何ほどの数になっているのか俺には分からない。だが、この確率で考える限り、まさか『魔法才能:全』を持つ人物がそうごろごろしているとは思えない。居たとしても2、30人居れば多い方、という感じではないだろうか。
で、あるなら。自分が『魔法才能:全』を持つことを周りに吹聴するのは愚の骨頂なんじゃないかーーそんな思いがないと言えば嘘になる。けど、これから先ずっとこのスキルを持つことを隠し通すのは……多分無理だ。俺には、そんな器用なことが出来る自信はない。
(だったら、周りに拡散される恐れが少ないこの機会にこの三人には知って貰って、いざという時に味方につけやすいようにしておいた方が良いんじゃないか……?)
ギルドマスターであるナタリアさんは勿論、成長株でギルドの中でも一目置かれているらしいノエルさん、ギルドの受付を担当していて、今後も顔を合わせることが多くなりそうなアリサさん……これだけの面子を味方に付ける事が出来るのならば、いざという時の保険としては十分なような気がする。
勿論、その『いざ』という時に彼らが味方に付かない可能性はある。それに、いくら『誓約』を破った者には罰があるとはいえ、それは逆に言えば、彼らが罰を受ける事を厭わなければ、俺の秘密が外部に漏らされるという事でもある。とどのつまり、一切の心配事が無いわけじゃない。当たり前のようにリスクは存在している。
だけど――何となく、だけど。彼ら三人は信用しても良い気がする。
そう思った事に明確な理由は無い。
しかし、直感が彼らを信じろと言っている……そんな気がした。
(……うん。信じてみよう。自分の直感を、信じよう……もし裏切られたら打開策はその時に考えれば良い訳だし)
決意を固め、俺は口を開く。
「さっき、ノエルさんには話しましたが、俺は『調合魔法』、そして『結界魔法』を扱う事が出来ます。……ですが、俺が使える魔法はそれだけじゃありません。俺は『魔法才能:全』のスキルを持っているんです」
「……へぇ」
一瞬、ピクリと眉を動かし、ナタリアさんが小さく声を漏らすが……彼女が見せた反応らしい反応はそれだけだった。対して、ノエルさんとアリサさんは予想外の告白に意表を突かれたのか、絶句したまま俺に視線を向けて来ている。両者の反応の度合いの差は一目瞭然で、俺は、何故ナタリアさんがそんなに平静を保っているのか少し疑問を抱いた。
「……思ったよりも驚かないんですね、ナタリアさんは」
「そう見える? これでもかなり驚いているのだけど……もし傍から見てそう見えるなら、それは、あなたの『秘密』が、あなたを初めて目にした時から少し予測が付いていた事だったから……かしら」
「えっ……?」
「マジですか、ギルマス」
俺の絶句に続き、ノエルさんが問う。
するとナタリアさんは小さく首肯した。
「この街にいる期間が長いノエルやアリサは知っていると思うけど……私も『魔法才能:全』のスキルを持っているの」
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ナタリア・ファーレスト
種族:エルフ
Lv71
MP:342/342
STR:186
DEF:179
AGI:203
INT:311
スキル
「魔法才能:全」「魔力効率上昇(中)」「精霊術」「火属性魔法:Lv21」「水属性魔法:Lv52」「風属性魔法:Lv53」「地属性魔法:Lv39」「闇属性魔法:Lv13」「光属性魔法:Lv54」「空間魔法:Lv45」「結界魔法:Lv30」etc……
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ナタリアさんの言葉に触発され、俺は無意識のうちに彼女のステータスを覗いていた。すると……見間違いじゃない。
『魔法才能:全』。彼女のスキルの欄にはそのスキルの名前が確かに存在している。
「まぁ、そりゃこの街にそれなりの期間居れば、『魔法奏者』の二つ名と一緒に、ギルマスが『魔法才能:全』持ちだって事は自然に耳に入ってきますけど……それがユウトのスキルを予測できたって事と何の関係があるんですかね?」
ノエルさんはどうにも腑に落ちないという様子を見せて呟いた。
そんな彼の疑問にナタリアさんが答える。
「私は数ある種族の中でも魔法との親和性が高いエルフよ。そして私は『魔法才能:全』を持っているからか、エルフの中でも特に魔法との親和性が高くなっているの。目の前にいる人がどれほどの魔法の才能を秘めているのか……それを何となく感じ取れるぐらいにはね」
「つまり、ナタリアさんは俺の魔法の才能を見て、俺が『魔法才能:全』を持っていると予測したって事ですか」
「その通りよ。これまで『魔法才能:全』を持つ人物を何人か見たことがあって、あなたからは彼らと近い気配がしたのよね。だから、あなたも同じなんじゃないかと仮説を立てるのは早かったわ……まぁ、トガミ君の場合はもう少し何かありそうなのだけど」
正しくその通りだった。
俺は、ナタリアさんの魔鏡の如き目に戦慄を覚える。まさか、彼女の目は俺の隠している他のスキルをも感じ取っているんじゃないか……やばい、そんな気がしてきた。
そうして、俺が自分の秘密を見破られているのではないかと戦々恐々していると、
「でも、それを追求するのは無粋ってものよね。……トガミ君自身も隠したがっているようだし、何も問題は無いでしょう」
ナタリアさんは、そう言って軽く笑い飛ばしてしまった。自分のウィークポイントにもなりえるかもしれない情報の開示を強制されなかった事に、俺は小さく安堵のため息を吐く。
「それじゃあ……ギルマス」
「えぇ、ノエル。あなたが連れてきた彼――トガミ君の特例的な冒険者ギルド加入を認めます」
「あ、ありがとうございます!」
「礼を言われるほどの事じゃないわ。あなたのような優秀な人材を迎え入れられる事はギルドとしても歓迎する事だし」
俺が礼を述べるとナタリアさんは何とも魅力的な笑みを作って謙遜した。次いで、彼女はずっと傍で立ったまま話を聞いていたアリサさんに命令を飛ばす。
「アリサ、悪いのだけど、至急彼のギルドカードを作ってもらえる?」
「はい。……ですが、出生地はどういたしましょう?」
「そっちはいつも通りグリモアにしておいて。上の方には私が上手いこと話を付けておくわ」
「畏まりました。――では、ノエルさん、ユウトさん、私はここで失礼させていただきますね」
そう言い残し、アリサさんは部屋を出て行った。
ちなみに、先ほど彼女たちの会話に出てきた『ギルドカード』とは、それを所持する人物が冒険者ギルドに所属しているという事を証明する役割を果たすメンバーズカードのような物らしい。
厚さ1ミリにも満たないプラスチックに似た素材で出来たそのカードには『付与魔法』による偽造防止の対策が施されており、『冒険者ランク(冒険者としての格を表す。Ⅰ~Ⅸの合計九つのランクが存在していて、最高位はⅨ。ランクはこれまでの功績、戦闘能力などによって算出されている)』、氏名、年齢、性別、出生地が表記されていて、検問所でこれを提示すれば身分証明書として使用する事も可能だ。
俺が冒険者ギルドに来たのは身分証明書として使える物を発行してもらうためなので、後はこのギルドカードを受け取れば目的は完遂となる。
なので、その後は部屋に残った三人で適当に雑談を交わしながら、ギルドカードが発行されるのを待つ事になった。
雑談の議題に上がるのは専ら俺に関しての事であり、特にナタリアさんは俺が調合師として活動しようとしている事に大きな興味を寄せてきた。なんでも、検問所でノエルさんから聞いた通り、現在この街は調合師が不足していて、その影響を受けて冒険者の必需品である『魔法薬』の値段も上がっているのだとか。
調合師が『調合魔法』を用いて制作する『魔法薬』は、通常の薬とは一線を画する効果と即効性を発揮する。勿論、その分値段はかなりお高めに設定されるのだが、職業柄大きな傷を負いやすく、即座に専門的な治療を受けにくい冒険者にとって、それら『魔法薬』は命綱も同然だ。それらが手に入らないとなれば、依頼を受けて街の外で魔物達を討伐しようとする者は当然の様に減ってしまう。
「実際、今のグリモアの街ではその問題が表面化していてね……もし、調合師として一定の活躍を見せてくれたなら、あなたの工房として空き家を贈与する事も出来るわ」
「そんなあからさまに個人を贔屓しても大丈夫なんでしょうかね、ギルマス?」
ノエルさんの問いに、ナタリアさんは小さく肩を竦めた。
「平時ならそんな事はしないわよ。けど、そうしなくちゃいけないかもしれないって程に今のこの街は追い詰められかけているの。……とにかく、私としてはあなたの活躍に期待しているわ、トガミ君」
「あ、はい。……出来る限り頑張ってみます」
俺の返答にナタリアさんは満足そうに頷いた。
さて、その後も雑談は数分にわたって続けられる事となり――その最後の最後、もうすぐギルドカードの発行が終わるかという頃に、俺は今晩の寝泊まり場所を二人から尋ねられた。
「うーん……今晩寝る場所ですか……」
頭を捻って考えてみるが、今日来たばかりの俺にこの街に知人などいる筈も無く、悠久の館にいた頃にシェリルさんに貰った古代のお金は既に全く別のお金が流通していた為、使うことはできない。
森で狩った魔物を売れるかも聞いてみたのだが、現在の俺では『ランク制限』という物に引っかかってしまうらしく、魔物の死骸を買い取る事は規則上不可能であるらしい。つまり、現状の俺は無一文で野宿が既定路線なのだが……。
「じゃあ、ユウト、今晩うちに来いよ」
そんな現状を話してみた所、ノエルさんがポツリとそう言った。
「えっ、良いんですか?」
「おう、幸いうちには空き部屋が沢山あるからな。それに、お客となればあいつらも喜ぶだろうしよ」
「あいつら……ってことは、ノエルさんは一人暮らしじゃないんですね」
「まぁな、それどころかうちは物凄い大家族なんだぜ? ……だからさ、遠慮しなくてもいい。正直、お前ひとりが増えてもあまり変わらねぇしな」
「じゃあ……今晩お世話になっても良いですか?」
「あぁ、勿論」
――とまぁ、そんな訳で。
それからすぐ。部屋に戻って来たアリサさんから手のひらサイズの『ギルドカード』を受け取った俺は、挨拶もそこそこに冒険者ギルドを出た。
そしてノエルさんと共に、彼の家へと向かう事になったのである。
個人的な事情により、次回の更新は一週間ほど時間を空けた後とさせていただきたいと思います。
ご了承くださいm(__)m
では、今回も読んでいただきありがとうございました!
次回もよろしくお願いします。




