冒険者ギルドの長
「『紳士』だなんて大袈裟だな。俺はやるべき事をやってるだけだってのによ」
ノエルさんが謙遜すると、何故かアリサさんは少し微妙な視線を浮かべた――が、それはたった一瞬の出来事で、次の瞬間には営業スマイルを浮かべていた彼女は、手元に一枚の紙を引き寄せて質問を投げてきた。
「さて……ノエルさんの紹介はこの辺りと致しまして、早速冒険者登録の方へと移りましょう。ユウト様と申されましたでしょうか、こちらの紙に必要事項をご記入ください」
アリサさんから一枚の紙を渡され、受け取る。
紙には自分の名前、年齢、得意とする事、戦闘経験の有無等――そして、『出身地』を記入する項目があり、俺は咄嗟にノエルさんへと視線を飛ばした。
俺からの視線を受け取ったノエルさんは一度二度辺りを見回し、周りには聞こえないぐらいに抑えた声量でアリサさんに耳打ちする。
「実はユウトは出生地を公開できない理由があるらしくてな。人間性に問題は無いから、その辺りを誤魔化しつつギルド登録をしたいんだが……今、ギルマスに掛け合う事は出来るか?」
ノエルさんの言葉を受け取ったアリサさんは、検問所の兵士達と同じように「またですか」という、少し呆れたような表情を浮かべると、
「でしたら……少々お待ちください。ギルドマスターを連れてきますので」
そう言い残し、彼女はカウンターの奥へと姿を消した。どうやら件の『ギルドマスター』なる人を呼びに行ったらしい。
「とりあえず……今、書けるとこは紙に書いといた方が良いですかね?」
「あぁ、そうだな」
ノエルさんに確認を取り、俺は目の前に置かれた紙に出生地以外の必要事項を記入していく。
(名前、年齢は無問題として……得意とする事は読書と料理……は流石に関係なさ過ぎるだろうし……というか、これってもしかして得意とする戦闘方法を書けばいいのか。じゃあ、魔法とナイフでいいか。戦闘経験は有りに丸をっと)
「ノエルさん、ユウトさん、お待たせいたしました」
俺がしばらく紙と格闘していると、カウンターの奥に消えたアリサさんが戻って来た。彼女の後ろには、一人の女性が付いてきている。
その女性の身長は俺と同じくらい。耳が尖っている事から、彼女がエルフだという事が分かった。勿論、門の前や街中で見かけたエルフの人達と同じように顔の造形は物凄く整っていて、腰まで到達している水色の長髪も相まって、得も言えぬ色香を辺りに振りまいていた。緑色を基調としたワンピースとカーディガンを着用しているその肢体は……まぁ、女性的な特徴には少々乏しい気がするけど、そんな事が無関係に思えるぐらい、その女性は美しく、神秘的だ。
――と、そんな事を思いながら女性を見ていると、彼女は口元に小さく笑みを浮かべ、こちらに語り掛けてくる。
「ふふふ……そう女性をジロジロと見るものでは無くってよ?」
「――ッ?!」
……み、見てたのがばれてた?!
「す、すいません! つい……」
即行で頭を下げ、侘びの言葉を入れる。すると、エルフの女性は「もういいわよ」と、俺に頭を上げるよう言った。その言葉に従い頭を上げた俺に対し、彼女は妖艶に笑って言葉を続ける。
「そんなにオドオドして謝る事じゃないわ。私自身、男の人から見られ続けるのは慣れているしね……それで、あなたがノエルが連れてきたという新人冒険者ね? 初めまして。私はこの冒険者ギルド・グリモア支部のギルドマスター、ナタリア・ファーレスト」
「お、俺はユウト・トガミ、です……こちらこそ初めまして、ナタリアさん」
「ふふふ……とても素直な子ね。流石、あのノエルが『人間性に問題ない』と太鼓判を押すだけあるわね。それじゃあ……アリサ、彼が書いたその紙を少し見せてくれる?」
「はい、ギルドマスター。こちらです」
アリサさんは短く返事をしてから、ナタリアさんに俺がさっき記入した新人冒険者登録用の用紙を手渡す。紙を受け取ったナタリアさんは数秒間それに目を通した後、俺に碧色の双眸を向けてきた。
「ふーん、魔法が使えるのね。どんな魔法が使えるのか、少し興味があるわ。差支えなければ教えてほしいのだけど……」
「えっと……それは、ですね……」
彼女の質問に対し、俺はしどろもどろになって言葉を濁らせた。今ここの周囲にはたくさんの人がいて、ギルドマスター、美人の受付であるアリサさん、成長株冒険者のノエルさんと中々目立つ面子がいるからか、皆の視線がこっちに向いてきているのが分かる。
まぁ、彼らとそれなりに距離が離れているから、小さい声なら会話を聞かれる心配はないだろうけど……それでも万が一という事もある。だから、俺が言葉を詰まらせ、ナタリアさんの質問に答えるのをためらっていると……俺の隣で静観していたノエルさんが流れを断ち切る様に話に割り込んだ。
「ちょっといいですか、ギルドマスター」
「何かしら、ノエル」
「いや、その辺りも少しここで話すには問題がありましてですね。出来れば、これ以降は奥の方で話を続けた方が良いかと思うんですが」
ノエルさんの発言を聞いて、ナタリアさんは顎に手を当て、一瞬考え込むと。
「そうね……じゃあアリサ、先に奥の部屋に行って用意を整えてもらえる? 私はもう少しノエルから話を聞いてからそっちに向かうから……あと、トガミ君だったかしら。あなたもアリサに付いて先に部屋に行ってて頂戴」
「りょ、了解です」
「はい。了解いたしました、ギルドマスター。一番の部屋にてお待ちしております。……では、ユウトさんは私に付いてきてください」
俺はアリサさんに招き入れられてカウンターの中へ。そして、そのまま彼女の後について歩き、カウンターの少し奥まったところにある部屋の中へと通された。
部屋の中にはよくあるような『応接間セット』がそのまま設置されていて、俺はアリサさんに促され、四人が腰を掛けられるソファーに腰を落とす。
一方でアリサさんはソファーには座らず、部屋の隅にある腰丈ほどの小さなテーブルへと向かい、その置かれていたティーセットを手に取った。
「ユウトさんはコーヒーか紅茶、どちらがよろしいでしょうか?」
「あ、じゃあ……紅茶でお願いします」
「アイスですか、ホットですか」
「ホットで」
紅茶やコーヒーもこの世界にあるんだな……なんてことを考えつつ答える。
すると、アリサさんは「了解いたしました」と簡潔に返事を寄越すと、その後は手慣れた手つきで紅茶を淹れてしまった。
アリサさんの淹れてくれた温かい紅茶は芳醇な香りを放っていて、とても美味しくて……俺は、悠久の館で何度か飲んだシェリルさんの紅茶を思い出す。
――あれも相当美味しいお茶だったな……、そんな事を考えながら、俺はアリサさんと特に会話を挟むことなく、ノエルさんとナタリアさんが来るまで無言で待ち続けた。
……いや、俺にそこまで高度なコミュニケーション能力がある訳じゃないからね。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
アリサに連れられ、裕翔がカウンターの奥にある部屋の中に入っていくのを見届けたノエルは、何ともばつが悪そうな表情を作ってナタリアに向き合っていた。
「すいません、ギルマス。また厄介な事を頼んじまって……」
「いつもの事だし、もう慣れたわ。それに、いつもあなたやあなたの仲間には色々と雑用を押し付けちゃってるから……これぐらいはお安い御用よ」
周囲に聞き取られないぐらいの小さな声量で謝罪を述べたノエルに、ナタリアは気にする事は無いと声を掛ける。
「それで、一応あなた自身の口から聞いておきたいのだけど……あなたが連れてきた彼、他国の間者やそういった類の者では無いのよね?」
その時、ナタリアの表情からはさっきまでは確かにあった笑みが消えていた。代わりにそこにあったのは、唐突に自分の前に現れた未知なる存在への警戒心。多くの冒険者を管轄し、街の治安の一部を引き受けるギルドの長としての責任を自覚している者の顔である。
「あぁ、それは無いと思いますよ。なんせ、俺がこの目で確認したんだ……俺の『目』の特殊性はギルマスも知ってますよね?」
ナタリアの表情の変化を悟ったノエルもまた、真剣な表情を浮かべて問い返す。
すると、ナタリアは警戒心を滲ませた貌を引っ込めて苦笑した。
「まぁ、そうね……私の知る限り、あなたの目に宿る力ほど真に信用できるものはないわ。これまであなたが連れてきた身元不明の子達もこれまで問題は一切起こしていないし。私から見ても、あのユウト・トガミという少年は至って善良な一般人にしか見えなかった」
「だったら、何で一々そんな事の確認を……」
「信用する事と警戒しない事は全く別物だからよ、ノエル。あなたなら分かるでしょう。人は幾つもの皮を被り分けていきているって事を」
「まぁ、それはそうですが……」
「私はギルドの長としてこの街を守る義務があるわ。だから、どんな些細な不安要素でも、それを取り除いておく必要があるの。今回の場合はあなたが何かの魔法に掛けられて、『彼』を問題ないと判断するように仕向けられたかどうか――それが少し気になったのだけど」
「はぁ……なるほど」
ノエルはようやく合点がいったと言うようにため息を吐く。
「つまり今回、俺がだけ呼び止められたのは、ユウトに関しての情報を得るためじゃなく、俺自身がユウトに何か細工をされてないか……それを確かめるためだった訳だ」
「そうよ。以前、あなたが連れてきた子達の時はともかく、今回ばかりはそれを確認せざるおえなかったの。あのトガミ君に関しては少し気になる事があったから」
「ほう……気になる事ですか」
「えぇ、だから彼には、それを今から聞いてみる事にするわ。幸いな事に、どうやらトガミ君は交渉事には不慣れな様だし……少しだけこちらの思惑に乗ってもらうとしましょう。勿論、向こうが無意識の間にね」
「ギルマス、あんた今無茶苦茶悪い顔になってますよ……思惑に乗せるにしても少しは手加減してやってください。ついさっき会ったばかりの俺が言う事じゃないかもしれませんが、根掘り葉掘り言わされるような羽目になるのは、流石にユウトが哀れ過ぎますから」
「分かってるわ」
ノエルの忠告にナタリアは小さく頷いた。
「これでも私はギルドマスターですもの。その辺りの見極めは出来ているつもり。冒険者の不利になるような事は絶対にしないわ」
次回は三日以内の更新となるかと思います。
今回も読んでいただき、ありがとうございましたm(__)m




