ノエルという男について
本日の投稿で10万文字達成です。
これからもガンガン書いていきたいと思いますので、よろしくお願いしますm(__)m
既に時刻は夕暮れ時。結果、街並みは夕焼けによって真っ赤に染め上げられていた。
赤く、紅く、朱く染め上げられた中世ヨーロッパに似た街並みは幻想的なまでに綺麗で、気を抜くと、無意識の内に立ち止まり、その光景に見入ってしまいそうになる。
俺はそんな美しいグリモアの街の光景を目に映しつつ、一人の男――ノエルさんと共に、街の正中線を貫くメインストリートを街の中心部に向かって進んでいた。
丁度夕暮れ頃ということもあってか、現在、このメインストリートは沢山の人でごった返している。例えば、子連れの獣人の一家。あるいは、大きな戦斧を担いで大通りを闊歩するドワーフの男性。そして、辺りにラブラブな空気を振り撒いているヒューマンとエルフの(バ)カップル――ここに集まっているのは、千差万別、種族も立場もバラバラな人達だ。だけど、彼らは種族や立場の垣根を超え、皆とても幸せそうな笑顔を浮かべていて――。
そんな光景を見て、俺は自分の表情が笑顔に変わっていくのが自覚できた。
「どうだ、ユウト。この街は」
穏やかな街並みを眺めていると、隣を歩くノエルさんから声を掛けられた。ふと隣に視線をやると、彼もまた夕焼けに染まった街を優し気な眼差しで眺めている。彼自身、この街には相当な愛着があるのか、彼が発した声からはこの光景に対する誇りのような物をひしひしと感じられた。
「そうですね……物凄くいい街だと思います。住んでいる人はみんな笑顔だし、街並みは綺麗ですし」
「だろ?」
彼は満足げな笑みを浮かべ、饒舌に語り始めた。
「俺はここに来るまではそれなりに大陸中の各地を転々としいたが、ここほど過ごしやすい街は他には無かったよ。何ていうか、この街には独特の空気が流れてる。人を包み込んで温めてくれる……そんな空気がな」
「ノエルさんはこの街が好きなんですね」
「当たり前だろ。自分が住んでいる街だしな。長い間住んでれば、その土地に愛着がわくってもんだ」
――そんな何気ない会話を交わしつつ、俺達は更にメインストリートを街の中心部に向かって進んでいく。
すると、大体五分ほど歩いた所でノエルさんが立ち止まった。
「着いたぜ。ここが冒険者ギルド・グリモア支部だ」
すぐ横にある建物を指差し、彼が言う。
俺は彼が示す建物を見上げた。
赤茶色のレンガで出来たその建物は周りの建造物と比べて一際大きくて、その巨大な建物の規模に比例しているかのように、人の出入りの量も半端じゃあ無かった。
現在進行形で様々な武具を持った者達――恐らく、あの人達が『冒険者』なんだろう――が出入りを繰り返している様は、かつてテレビで見た、東京渋谷のスクランブル交差点を彷彿とさせる。
それにしても、この人ごみの中を掻き分けて建物の中に入らないといけないのか……少し憂鬱――いや、物凄く憂鬱だ。
「あの……ここ入らなきゃダメですか……?」
「何言ってんだよユウト。ここで身分証明書を発行してもらわないと、今後この街で生活できなくなっちまうぞ?」
デスヨネー。
「ほら、行くぞ。ここで立ち止まってちゃ、よそ様の迷惑になるからな」
そう言って、半ば人ごみに身を躍らせながら、俺を手招きするノエルさん。
俺は混沌とした人ごみを前にしてうんざりしそうになる自分の心に蓋をし、彼の後に続くようにして人の群れに飛び込んだ。
それから数十秒。迫る人を掻き分け掻き分け、押し寄せる人を押しのけ押しのけ、何度か『マジで潰されるんじゃね、これ』という思いを抱きながら――ようやく俺はギルドの中に入る事に成功する。
人ごみを掻き分けて進むのは思ったよりも体力が必要だったらしく、俺はギルドに入って人混みが途切れると同時、その場に立ち止って何度も肩で息をした。
「よっ、お疲れさん」
俺が疲労困憊になっている一方で、声を掛けてきたノエルさんは息一つ乱していない。
尚、彼は俺が掛けたよりもかなり短い時間で人ごみを突破し、その後は流動的な人ごみの中でアップアップする俺に「頑張れよー」と、まぁ何ともやる気のない声援を送ってくれていた。……絶対人事だと思ってたな、この人。
俺はそんなノエルさんを見上げて呟く。
「よく、あんな中を進んで平気な顔をしてられますね……」
「まぁ、その辺りは慣れだな。直にユウトもあれぐらいの人ごみなら軽々突破できるようになるだろうさ。それよりも、早いとこ登録を済ませちまおう。特にお前さんは色々と話を通さなくちゃいけないからな。少し時間がかかる。だから、受付は早ければ早いほどいい。新人登録用のカウンターは……あそこだ」
俺は彼の言葉に促されるようにして、ギルドの中を見まわした。
ギルドの中には四つの受付カウンターがあった。その内三つのカウンターの前には冒険者達が長い列を作っていて、残りの一つの前には誰一人として人が並んでいない。
人が列を成している三つのカウンターの頭上には『依頼受付用カウンター』と銘打った看板がつりさげられていて、逆に人が一人も並んでいない残り一つのカウンターの頭上には、『新人冒険者登録用カウンター』と書かれた看板が見えた。勿論、ノエルさんが言葉で示していたのは、後者の『新人登録用カウンター』の方だ。
俺達はその新人登録用のカウンターの前に移動する。
カウンターの中には眼鏡をかけた金髪美人のお姉さんが立っていて、彼女は目前にやって来た俺達を見て恭しくお辞儀をしてきた。次いで、彼女の口から発せられた、落ち着いた雰囲気の声が耳朶を打つ。
「ようこそ、冒険者ギルド・グリモア支部へ。私は本日の新人登録受付担当のアリサ・カトレットと申します。そして……ノエルさんは今朝以来ですね。検問所の応援、ご苦労様でした。受付の方で依頼完了の報告は成されましたか?」
「いや、まだだ。検問所の方でこのユウトと知り合ってな。……まぁいつもの如くちと訳アリだったもんで、俺も付いてきたって訳だ。依頼達成の報告には、ユウトの件が終わってから行くよ」
二人の会話を聞いた俺は少々ビックリしていた。
「ノエルさんって、検問所の兵士じゃなかったんですね……」
「あぁ、そう言えば言ってなかったな。俺はこの冒険者ギルド所属の冒険者だ。今日、検問所で仕事をしていたのは、あそこの責任者の人が俺の『目』をえらく気に入ってくれててるからで、検問所の人員が足りない時にちょくちょく俺への指名依頼って形で応援要請が来るんだよ」
「へぇ……」
ノエルさんの言葉に俺が感心していると、カウンターの中の女性――アリサさんが補足説明を入れてくれた。
「ノエルさんは、このグリモア支部の中でも有数の若手成長株の冒険者です。近辺の魔物討伐は勿論、今回の様に色々な雑用を嫌な顔一つせず受け持って下さるので、私たちギルド側からしてもかなり助かっています。また、そのような活躍振りや……まぁ、その、何と言いますか……彼自身の特徴的な性格から『紳士』の二つ名を持っておられますね」
後半アリサさんの言葉が少し詰まったような気がしたのが少し気になるが……ともかく、彼女の話を総括すると、ノエルさんはかなり凄い冒険者であるという事らしい。
(まぁ、確かに、如何にも『できそう』な感じを醸し出してるよな……この人)
今も美人のアリサさんに褒められたにもかかわらず、ニヤケ顔を浮かべる素振りを一片も見せないし……あれだ、彼が発している雰囲気は、中学や高校で見た『リア充』の人達が発していたそれに近い気がする。
ただ、その雰囲気が『リア充』の人達が放つそれと全く同じかと言えば、そう言う感じもしない。上手く言葉で表す事が出来ないんだけど、もっと硬派というか、鋭いというか、研ぎ澄まされてる? ――そんな感じがある。
それは多分、今の俺には無いものだ。いや、これから何十年と生き続けた所で、その『雰囲気』を会得できるかどうか……あるいは、その『雰囲気』というのは一種の天性の才能なのかもしれない。
兎にも角にも、俺にはノエルさんが一般人とはどこか違う様な存在に思えて仕方が無かった。
次回は明日更新です。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。




