街への入場
怒涛の6日連続更新(゜∀゜)
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「そう考えると、お前さん良く森の中を突っ切ってこれたな? さっきは話を聞き流しちまったが、お前さんは少なくとも『森の中を突っ切って来た』と言った時には嘘を付いてなかったよな? 一人で森の中を突っ切るって……まぁ、食事は森の中でも調達できるからいいとして、普通は睡眠時間を十分に確保できないはずなんだが」
「あ」
男に指摘され、俺は自分の失策を悟った。頭を鈍器で殴られたような衝撃を錯覚する。
そして、内心で無茶苦茶後悔するが、もう遅い。どんな魔法でも時間を巻き戻す事は出来ないのだから。
(こりゃ、誤魔化しきれそうにはないな……)
結局、俺はこの場をやり過ごす為、必要最低限の情報を開示する事を腹に決め、口を開いた。
「……実は俺、結界魔法を使えるんです。で、森の中で寝泊まりする時は、周りに魔物達を寄せ付けないようにする結界を展開してやり過ごしてました」
俺の返答に、男は眉を上げ小さく驚きの感情を露わにする。
「へぇ、結界魔法か。これまた珍しい魔法を使える奴が来たもんだな……」
「あの……このことはどうか……」
「あぁ。勿論分かってる。そもそも、検問所で聴取した内容を『ギルド』や街の上層部といった特定の相手以外に口外したり、公表したりするのは立派な違反行為だからな。公表するようなことはしねえよ。ただ、街の上層部はともかくとして、最低限ギルドだけにはこの事を申告しておかないと後で色々面倒になる。だから、それだけは容赦してもらえると有難い」
「その『ギルド』ってとこから情報が洩れる事は無いんですよね? もしくは、情報が悪用されたりなんてことは……?」
「断じて無い」
そう言って断言する男はとても真摯な表情で、俺は彼が嘘を付いているようには見えなかった。
「そうですか……なら、いいです。俺が自分の出生地を教えられなかったみたいに、そっちにはそっちの事情がある訳ですし」
「はは、お前はが性格が良くできた人間で助かったよ。全く、この検問所を通る奴ら全員がお前みたいな性格をしていたら、トラブルなんて起きねぇのにな……」
呟く男の表情からは疲労感が伺えた。
ここはたくさんの人が通る検問所。ここを通るたくさん人の中には、一癖も二癖もある人々が勿論いるだろうし、そんな人を発端にした問題がちょくちょく起きてるんだろう。
「……っと、こんな愚痴を吐いてる場合じゃないな」
しばらくどこか遠くを見るような、哀愁漂う雰囲気を発していた男だが、自分の仕事を思い出したらしい。頭を振ると、羽ペンの先っちょに黒いインクをチョンと付け、視線を再び俺の方へと戻してきた。
「いつまでもここで雑談している訳にも行かねぇし、次の質問いいか?」
「勿論です」
俺が短く返答すると、男は「それじゃあ」と質問を再開した。
「お前さんの現在、または希望する職業を教えてくれ」
「はい。今は特定の職業についてるわけじゃないんですけど、調合師として活動していければなと思ってます」
「ほーう、調合師か……じゃあ、もしかしてお前さんは調合魔法も使えたりするのか?」
その男から投げかけられた質問に、俺はすぐさま否定を返そうとして……直後、思いとどまった。よくよく考えてみると、調合師として活動する以上、俺が『調合魔法』を使えるという事はいつかばれてしまう事であるという事に気が付いたからである。
実の所、調合師と言う職業は『調合魔法』が使えなくてもやっていける職業だ。しかし、その『調合魔法』が無ければ調合できない薬なんかも結構あったりする。そして、例の『調合資』によれば、それらは総じて希少価値が高く、高額の値段で取引されているらしい。
勿論、俺はそれらを調合して売りに出そうと考えていたし、そうして調合魔法が必須の薬を売り続ければ、俺が調合魔法を使える事は案外早めにばれる気がする。
だから、ここで隠し通しても意味がないよな。寧ろ、そんなことをすれば、相手に不信感を与えるだけの結果になるかもしれない――そう思い至った俺は、男の質問に首肯した。
「……えぇ、この際隠してもしょうがないですから明言しておきます。そちらの言う通り、俺は調合魔法を使うことが出来ます。まぁ、まだ本格的に使った事は無いんですけど」
俺が頭を掻きながら言うと、男は「ほう」と感嘆のため息を漏らす。
「そりゃ、朗報だな」
「? 何で俺が調合魔法を使えるって事が朗報なんですか?」
「あぁ、実は今、この街では調合魔法を使える調合師が不足しててな。街のお偉いさん達も頭を悩ませてるんだよ。まぁ、結界魔法もそうだが、調合魔法を扱える人間なんて元々かなり限られてるからしょうがない悩みではあるんだけどな」
「へぇ、そうなんですね」
やはり、シェリルさんの言う通り、四大属性魔法以外の魔法を使える人材は著しく希少な様だな――と、そんな事を頭の片隅で考えつつ、俺が感心した様子を見せながら頷くと、男は途端に真剣な表情を浮かべ始めた。
「だが、これで余計にお前さんの『結界魔法』については守秘しなくちゃいけなくなったな。『調合魔法』と『結界魔法』を併せ持った人材がいると知られれば、上の立場に居座る剥げたおっさん達が雀踊りしながら、お前さんを手元に置こうとに我先に接触してくるぞ」
男の指摘を聞いて、俺は思わず、剥げたおっさんがたくさん自分に群がってくる――そんな光景を想像してしまった。
……うわぁ。
「……それは全力で勘弁願いたいですね」
「そいつに関しては俺も同意見だ。何が悲しくて男に群がられなくちゃいけないんだってな。……まぁ、ともかく、俺の方はギルドに報告しておくだけにしておくが、お前さんの方でも出来るだけ気を付けておけよ? 何かのはずみでお前さんの魔法が露呈しちまえば、取り返しのつかない事になっちまうんだからな」
「肝に銘じておきます」
俺がそう返すと、男は満足げな表情を浮かべて小さく頷き、自分の手元にある紙に視線を落とす。
「ふぅ……さてと、とりあえずこれでお前さんへの質問は全て終わりだ。最後に、少しお前さんの顔を良く見せてくれ。この『仮身分証明書』が紛れも無くお前のもんだっていう証明の為に、お前さんの外見の特徴を軽く書き留めなくちゃいけないからな」
こういう事は地球にいた時は写真を取ればすぐに済むんだけどな。そういう画像記録媒体が無いこの世界では、対象の容姿的特徴を書き留めるとか、少し時間が掛かるが似顔絵を描くとかしか方法しかないんだろう。
「はい。お好きなだけどうぞ」
「悪いな、すぐに終わらせる」
男は一言俺に断りを入れた後、俺の顔を観察し始めた。他人に自分の顔をじろじろ見られるなんて今まで経験したことが無いから、無性に恥ずかしい。それに、向こうがこっちの顔を見つめているせいで、俺も向こうの顔を見ると、何だか男同士で見つめあっているような錯覚に陥りそうになる。……うん、ダメだ。別の場所を見ておこう。
俺は男の顔から視線を外し、その手元にある紙を見た。
その紙には、次々と俺の容姿の特徴が書き加えられていく。
『赤髪、容姿それなりに良し、北部の人間に近い顔の造り、肌は少々黄色に近い白、身長は170センチ前後、痩せ型……』
尚、本当に今更なのだが、現在の俺の髪色は『黒』じゃない。悠久の館にいた頃、シェリルさんから、髪の色が黒のままだと、外の世界に出た時に面倒事に巻き込まれる可能性が高い――という話を聞いていた俺は、館から出立する直前から初級闇属性魔法の『イリュージョン』を用いて髪の色を赤色に変更していたのである。
まぁ、赤色に変更していると言っても、実際の俺の髪は黒色のままであり、ただ周りからは赤色に見えるようにしている――というだけに過ぎない。少し違うかもしれないが、光学迷彩みたいなものなんじゃないか、と俺は勝手に解釈している。
ちなみに赤色にしたのは、色々な色を試した結果、これが一番無難だったからだ。
最初は金髪とかにしようかなと思ってたんだけど。だが実際に金髪になった自分を鏡で見た瞬間、すぐに魔法を解除して黒に戻したのは記憶に新しい。端的に言えば、絶望的なまでに金髪が似合わなかったのである。
「――よし、いいぞ」
自分の髪色に付いて思いを馳せていた俺は、男の言葉で意識を現実に引き戻された。
「あ……終わったんですね」
「おう」
男は懐から取り出した判子を紙に押し付けながら答える。
「後はこの『仮身分証明書』を持って街の中に入って、街中にあるどこかの組合に身分証明書を発行してもらえれば万事解決なんだが……お前さんの場合は出生地が空欄になってるからな」
少々表情を曇らせた男の反応に、俺は一抹の不安を覚えざるおえなかった。
「もしかして、出生地が分からなかったら身分証明書を発行してもらえなかったり……?」
「その通りだ。……まぁ、けど安心しろ。その辺りもここと同様に、俺が直接出向いて口添えすれば、ある程度は通してもらえるはずだからそこまで弊害にはならないはずだ。これまでにも、お前さんと同じ状況だった奴らに身分証明書を発行してくれた、っていう前例もある」
そこで一旦言葉を切った男は、こっちの表情を伺う様なそぶりを見せながら言葉を続けた。
「だが、これには一つ問題があってだな……俺の口添えが通用するのは、『冒険者ギルド』だけなんだ」
「冒険者ギルド……ですか」
「あぁ。個人的にそこのギルドマスターとはそれなりに話す機会があってな。俺の『目』についても信用してくれてるよ。ただ、調合師を志しているお前にとっちゃ、冒険者ギルドに所属するってのは旨みが少ない……それでもいいなら、丁度、検問所の仕事が終わる時間だから、俺も一緒にギルドまで行って交渉出来るんだが……どうする?」
「……参考までに聞きたいんですけど、冒険者ギルドに所属すると旨みが少ないってどういうことなんでしょうか」
と、俺が問うと、男は「難しいところは端折って話すぞ」と前置きしつつ説明してくれた。以下、男の説明を抜粋したものだ。
――そもそも冒険者ギルドというのは、その名の通り、『冒険者』……魔物と戦って収入を得ている者達への援助を目的とした組合である。
そして、冒険者ギルドと同じように、商業者への援助を目的とした『商業ギルド』なる組合もあり、この街にいる殆どの商業者がこの商業ギルドに所属しているらしい。
で、この商業ギルドは商売に関する規定を幾つか定めていて、その中の一つに、『調合や鍛冶、錬金術等で使われる素材をギルド組員以外に売る事を禁ずる』項目があるのだとか。
商業ギルドが定めたこの規定は組員全員厳守となっていて、それを破った者には厳重な罰が与えられる。必然的に、商業者ほぼ全員が商業ギルドに加盟しているこの街では、俺のような商業ギルド組員では無い者達は調合用の素材を購入する事が出来ないのだそうだ。
尚、同時に二つのギルドに加盟する事は規則で不可とされているらしい。
「なるほど……そういう事ですか……」
「個人的に商業ギルドの方の上の奴らとは馬が合わなくてな。すまないが、俺個人では商業ギルドに対しては役に立てそうもない。冒険者ギルドのマスターを通してなら、あるいは話が通る可能性があるかもしれないが……」
「いえ、そこまでお世話になる訳にもいきませんよ。それに、元々調合用の素材はある程度自分で調達する予定だったので、素材が購入できなくても問題は無いと思います。ですから、お願いします。俺を冒険者ギルドに案内してください」
俺が懇願すると、男は嫌な顔一つせず快諾してくれた。
男に先導されながら小屋を出て、検問所へと戻る。そこで男は検問所の兵士達と二度三度会話を交わした。すると、兵士たちは「またか」という声が聞こえてきそうな苦笑を浮かべつつ、俺と男を街の中に通してくれる。
背後から検問の列に並ぶ人々の視線を受けながら、俺はようやく街へと入場を果たす。
次の瞬間、俺の目前に広がっていたのは、中世ヨーロッパにも似た古風な街並みだった。
石やレンガ造りの建造物。石畳が敷き詰められた道。そんな道の上を往く、簡素なデザインの馬車、そしてヒューマン、エルフ、獣人エトセトラ――とにかくたくさんの種族が入り混じった人々達。
電柱は一本も無く、車も一台も走っていない。
正しくゲームの世界のような景色に、俺は内心歓喜に打ち震えた。
その場に立ち止り、街並みを忙しなく見回す――そんな俺に男は明るい声で言い放つ。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はノエル。ノエル・ストランジェ――ようこそ、グリモアの街へ。お前さんを歓迎するぜ、ユウト」
今回も読んでいただき、ありがとうございました!
次回はストックの関係で明日か明後日の更新となります。
では、次回もよろしくお願いします。




