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森の中の孤軍奮闘2

 まずは一匹。真正面から鋭く仰々しい前脚の爪を振りかぶってくる。それをバックステップで回避。すぐに次の魔法を放とうとするが、それをさせまいと残りの二匹の狼が左右に分かれて、俺を側面から挟撃。俺は魔法を中断せざるおえず、またバックステップを踏んだ。


「くそッ! ……死ぬほどやりにくいな、これ」


 ――今までの戦闘訓練は全て一対一を想定したものだった。つまり、俺にとっては、これが初めての対集団戦。これまでは目の前の敵だけに集中すればよかったのだが、複数相手となると、そうともいかない。

 様々な方向。様々な気配に神経を割かねばならず、思うように戦いを進められずにいた。

 一匹を仕留められると思えば、その瞬間に別の方向から敵が牙をむく。それを躱そうとすると、また別の敵が爪を薙ぐ。一対三の攻防。こちらが完全に押されている――という感じはしない。敵の動きは全部鮮明に見えているし、何故かは自分でも分からないのだが、敵の攻撃の予兆が何となく察知できる。そのお蔭で、まだこっちは相手から一発も攻撃を貰っていない。


 だけど、こっちからも有効打を与えられていないというのもまた事実。敵は隙を互いにカバーし合っていて、こちらは中々一歩が踏み出せないでいた。


(せめて、さっきの魔法で一匹でも落とせていたら……いや、そんな事を考えるのは後だ。まだ戦況的にはこっちが有利。けど、このままじゃ、こっちの体力が尽きて一気に形勢が覆される……)


 敵は三体。対してこっちは一人。単純な計算だ。どう考えても、長期戦は数が多い相手の方が有利。しかも、戦いが長引けば長引くほど、戦闘音や気配、臭いなどで、別の魔物達がここに集まってくるかもしれないというリスクまで存在する。

 俺は自分に残されている時間があまりにも少ない事を悟った。


(体力が底を突く前に勝負を決めないと……)


 敵の厄介な点は完成度の高い連携だ。その連携のせいで、俺は身体面のスペックで自分よりも劣っているはずの狼たちに手を焼いている。で、あれば。その連携を殺す事が出来れば、この状況を一変させることが出来るかもしれない――相変わらずこちらを攻めたててくる狼たちの攻撃をいなしながら、そんな思いで俺は辺りを見回した。

 だが、目に映るのは木。木。木。森の中なのだから当たり前なんだけど、周りには木しかない……いや、ちょっと待て。ちらりと横目で見えた背後。そこは、森のど真ん中であるこの場所においても、より一層木が密集している地点だった。


(あれだけ木があれば、その中に紛れて敵の目を誤魔化す事も出来るかも……)


 そんな風景を見て、思いついた一手。それが通用するかどうか、戦闘経験があまりにも浅すぎる俺には判断が付かない。だが、このまま何もせずにいれば結局はジリ貧だ。どっちにしろこれ以外に思いつきそうにもないし、やってみるしかない。


(――あそこに敵を誘導して、一匹ずつ叩く)


 腹を括り、考えた作戦を実行に移す。

 俺は真横から襲い来る敵を掻い潜って、勢いよく反転。間髪入れず、背後にある巨木の密集地帯に突っ込んだ。


『ガルル……!』『ヴォウ!』『グウウ……!』


 勿論、狼たちは俺を追ってくる。だが、俺が突っ込んだこの場所は周りと比べてみても明らかに木の密度が高い場所だ。視界は狭くなるし、連携も取りづらいはず……、

 ……ほら、やっぱりそうだ。


『ガアアア!!』


 俺を追って、木の密集地帯に突っ込んできた狼たち。奴らはこれまでのように横一線に突っ込んでくるのではなく、狭い木の間を潜り抜けるためか、まるで列を成すようにして俺を追いかけてきている。

 これなれば、狼たちは瞬時に互いの隙を補い合う事は出来ない――これで奴らの連携を封じた。


(――今だ……ッ!)


 改めて反転。そして、一番前を走る狼に接敵する。


『――ガアッ?!』


 俺の意表を突くような動きに度肝を抜かれたのか、一番前を駆けていた狼が目を見開き、「しまった」とでも言う様な声を上げる……が、もう遅い。


 敵の反応に構わず、右手のナイフを一閃。ナイフは狼の首筋を切り裂き、そこから赤いシャワーを噴出させる。自身の真横で首を半ばまで切断された狼の体が力を失い、地面に倒れ伏していくのを感じとりながら、俺は後ろの狼たちにも次々と斬りかかっていく。

 あまりにも唐突な事変に、残りの狼たちはまだ対応しきれていないらしい。奴らの動きは酷く緩慢だった。


 一メートルはある巨体の横をすり抜けながら、更にナイフを一閃二閃。その斬撃は、違う事なく残り二匹の狼たちの首筋も切り裂いていく。

 そして狼たちを切り裂いた勢いのままに奴らの脇を通り過ぎると、背後からドサリと何かが地面に倒れ伏す音が聞こえてきた。


 後ろを顧みる。

 狼達は地に伏したまま全く動かず、完全に事切れているのがここからでも分かった。


「はぁ……はぁ……勝った……」


 体が酸素を求めている。どうやら、自分でも気が付かない内に息が上がっていたらしい。

 俺は勝利の美酒に酔うのは後回しにして、何度か深呼吸を繰り返し、息を整える。

 そして幾分か息が落ち着いてきたところで、改めて狼たちの死体を見た。


「……そういえば、シェリルさんが魔物の死体は町で売れることもあるって言ってたっけ」


 悠久の館でシェリルさんに教授された事を思い出し、丁度三体連なったような状態で倒れている狼たちの死体に近づいた。念のため、本当にそれらが事切れているのかを確認した後、アイテムボックスによって生成された四次元空間へと放り込んでいく。

 ……いや。実際のところ、放り込むっていう表現は少し適切でないかもしれない。なにせ、俺が直接手で触れ、『収納』と強く念じれば、対象の物は瞬く間に消え去り、例の四次元空間へと送還されてしまうのだ。これはどちらかといえば、『消す』とかそういった表現を用いた方がより正しい気がするんだけど……まぁ、よくよく考えれば、どうでもいいなこれ。忘れよう。


「あと……さっさとここを離れよう」


 ほんの数秒で作業を終えた俺は、すぐにその場を後にする事を決断した。

 ここには、さっきまであった狼の死体から流れ出た血の臭いが充満している。嗅覚の良い狼系統の魔物がその臭いに誘われて、ここに集まってくる恐れがあったし、対集団戦の厄介さは、今の戦いでこの体に深く刻み込まれた。


 勿論、絶対に勝てない……とは言わない。けど、好き好んでそんな面倒な戦いに飛び込みたくは無かった。そして、ここにだらだらと居残った場合、きっと集まってくるのは獰猛な狼達だけだ。一対多の戦いになるのは必至だろう。

 避けられる戦いは出来るだけ避けた方が賢明だ。特にさっき以上の数を同時に相手する事になれば、体力的な問題できつ過ぎる。


「……とりあえず、早いとこ森を抜けないとな」


 狼達の死体があった場所から離れ、俺は先を急ぐ。

 シェリルさんはこの森がどれほど続いているかは分からないと言っていた。食料にはある程度余裕があるとはいえ、無限という訳じゃないから、旅路は急げば急ぐほどいい。

 しかし、それと同時に警戒も必要だ。しつこいようだが、森の中は危険に満ちている。気を抜けば、どんな目に合うか分からない。油断だけはしないで行こう。

 逸る心にそう言い聞かせながら、俺は道なき道を速足で駆けぬけていく。










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