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目指すべき道

今回は少し文量多めです。


指摘を受け、一部改稿作業を行いました(2018/4/8)

 リビングでの一服を終えた後、俺とシェリルさんは悠久の館内部にある書庫へと移動した。


 ――『書庫』と呼ばれるその部屋は、丁度正方形の形をした悠久の館、その四隅の一角を一階と二階に跨って完全に占領する形で存在している。


 部屋の内部は吹き抜け構造が採用されており、そんな開放感溢れる部屋の中には、10万冊を超える大量の書籍が収められていた。


 シェリルさんは、ここで先ほど話題に上がっていた俺のステータスの文字化けに付いて似たような前例かないかどうかを調べるらしい。対して、俺はこの世界における一般教養やその他の知識を覚えるべく、自主的にシェリルさんに付いてきた形なので、シェリルさんとは一旦別行動を取る事になった。


 彼女と別れて一人になった俺は、何処にどのような本が置かれているのかを確認すべく、書庫の中を一通りぐるりと見て回っていく。


 大きな窓が取り付けられているせいか、部屋の中は電気を付けずともそれなりに明るい。


 無数の書籍の背表紙に書かれた題名も容易に判別できる。


「……ん? これはなんだ?」


 一つ気になったタイトルを見つけた俺は、徐にその本を手に取った。


『生産職のススメ』


 本の背表紙には、そう書かれている。


 中身をパラパラと捲ってみると、どうやらこの本は、タイトルの通りに生産職――何か物を作り出す職業について色々書かれているらしい。

 鍛冶屋(スミス)、料理人、大工等、地球でも見慣れた職業の名前の他、錬金術師(アルケミスト)、魔法道具職人と言った、ファンタジー色の濃いモノまで、様々な生産系の職業について詳しく記述されている。


 ――そんな中、俺はとある職業のところでページを捲る手をピタリと止めた。


「調合師……」


 何故、そこで手が止まったのかは、自分でも分からない。だが、俺はそこに何か引かれるような物を感じ、『調合師』について解説されたページを読み込んでいく。

 すると。


「ユート様」


「……シェリルさん」


 俺のステータスの文字化けに付いて調べ物をしていたはずのシェリルさんが音も無く背後に立っていた。いや、ほんとにマジで気配もなんも感じなかったんだけど……この人、いつから俺の背後にいたの? ちょっと怖い。


「い、いきなりどうしたんですか?」


「いえ、こちらの調べ物は一通り済みましたので、ユート様の様子を伺いにまいりました」


「え、もう?」


「私たちがこの書庫に入ってから、もう既に3時間ほどの時が経っておりますよ。その証拠に、外は夕焼けの赤色に染まっております」


 慌てて窓の外を見てみると、シェリルさんの言う通り、赤い空が見えた。

 どうやら俺は本を読むのに夢中で、思っていたよりも多くの時間が経過していたらしい。


「こんなに時間が経ってたんですね……全く気が付きませんでした」


「よほど本を読むことに集中なされていたのですね……ところで、ユート様が読んでいらっしゃった、その本は何なのですか?」


「あぁ、いや、何となく手に取っただけなんですけど『生産職のススメ』って題名の本です。今の今まで、この調合師について書かれていたページばかり読んでて……」


「調合師、でございますか……懐かしいですね。私のかつての仲間に、一人調合師を生業としている者がおりました」


「へぇ、ちなみに、その人はどんな人だったんですか?」


「そうですね……」


 その時、一瞬だけシェリルさんが昔を懐かしむような表情を浮かべた。


「一言で言えば……変人、でございましょうか」


「変人……ですか」


「はい。その者は女性だったのですが、ある時、我が(マスター)に命を救われ、それ以降、我々の旅路に半ば無理矢理同行してきました」


「なんというか……アグレッシブな人だったんですね」


 呆れるように俺が言うと、シェリルさんは小さく苦笑する。


「まぁ、否定はできませんね。ですがその分、調合師としての腕は確かでしたし、戦闘の方もかなりの強さを誇っておりました。なんでも、昔から調合に使う素材を自分で収集していた結果、外敵と戦う回数が増え、自然に強くなっていったのだとか……そういえば、この辺りに彼女が書き残した調合記録があった気がいたしますね……あぁ、ありました」


 そう言って本棚を探り、彼女がこちらに差し出してきたのは、何らかの動物の革で出来たらしい表紙の本だった。背表紙には『天才調合師・アルナのマル秘調合資』とある。


 ……自分で自分の事を天才とか言っちゃう人って本当にいるんだな――と、そんな事を思いながら本を受け取り、中身を読んでいく。


 だが、……うん。さっぱり分からん。まぁ、分かり切っていた事ではあるのだけど。

 そもそも、俺はこれまで調合なんてことをした事が無いのだ。故に、その調合に関する記録を見せられた所で何かが分かるわけが無いのである。


 だけど……何でだろう。何もわからないはずなのに、これを見ていると、どこか楽しいという感情が湧き上がってくる。


「……ユート様?」


「――! あ、あぁ、すいません。ちょっとこれを読むのに集中し過ぎちゃいました……」


「ふふ……どうやらその本を気に入られたようですね」


「まぁ、書いてある内容は全く分からないんですけどね……けど、何となく、これを読んでると楽しいっていうか……」


 俺が後頭部を掻きながら言うと、シェリルさんは何か思案するように顎に指をあてた。


「ふむ……では、その本はユート様がお持ちになられるとよろしいかと」


「……いいんですか?」


「えぇ。その本とて、ここに置かれたままというよりも、誰かに利用されて誰かの役に立つ方がよろしいでしょうから。それに、その本を書いた仲間――アルナも言っておりました。『我が意に賛同する者が現れた時、この書をその者に進呈せよ。……ふっ、案ずるな。我が意に賛同したからと言って我が奥義を体得できるとも限らん。要らぬ心配などせず、心置きなく書を手渡すとよかろう』と」


「えっと……それはつまりどういう事で?」


「『べ、別に、自分の事を分かってくれる人がいても別に嬉しくないんだからねッ! 本当なんだからねッ!』という事でございます」


「何だか決定的に違う気がしますけど、とりあえずそれで納得しときます」


 まぁ、兎にも角にも、この本は俺が貰っても大丈夫という事らしい。

 それに、個人的に調合師という職業に興味が沸いてきた。シェリルさんの仲間だったという女性も調合師ながらかなりの戦闘能力を誇っていたというし、あるいは、俺もそんな存在を目指してみてもいいのかもしれない。


「じゃあ、この本は俺が貰っていきますね」


「はい」


 俺に了承の意を返し、シェリルさんは朗らかに笑った。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 それから三日。俺は悠久の館に滞在し、シェリルさんから様々な事を学び、吸収した。


 例えば、魔法。


 この世界で一般的に知られている魔法は全部で二十以上ある。

 俺が初めて覚えた魔法である火属性魔法、これに水、風、地を含めた四つの魔法は四大属性魔法と呼ばれていて、一番使える者が多い魔法だと言われている。


 他にも、闇属性魔法、光属性魔法、結界魔法、空間魔法等、色々な効果を持つ魔法があるが、前述の四大属性魔法程使える人は多くは無いらしい。

 尚、調合魔法という魔法もあるようだ。なんでも調合に関する魔法で、シェリルさんの仲間だった調合師――アルナさんもこの魔法が使えたらしい。


 そして、俺が所持していたスキル――『魔法複合』。これが相当な問題児で、このスキルの効果はシェリルさんも知らないらしく、例の文字化けに関しても、どれだけ書庫を漁ってみても答えとなるような記述は残されていなかったそうだ。


 ただ、スキルの詳細についてはとある方法を用いて知る事が出来た。

 その際使用したのが、俺が所持していたスキル――『鑑定』。これは他者のステータスを覗いたり、スキルの詳細に付いて調べたりすることが出来るスキルで、これを使う事によって『魔法複合』の効果を調べる事が可能となったのである。


 魔法複合の効果。それは――違う魔法の組み合わせによる、新たな魔法の創造。


 一見すると、物凄く卑怯な性能を持ったスキルに思えるかもしれない。新たな魔法の創造――それはつまり、誰も知らない未知の魔法を行使できるという事であり、誰に対しても一定以上のアドバンテージを確保できることを意味する。俺も初めてその効果を知った時は、物凄く舞い上がったね。

 ……だが、実際にはそう上手くいかないらしい。


 ――名声値、という概念がある。


 これは『魔法複合』スキル独特の概念なのだが、どうやらこの名声値とは、俺が行った善行や偉業に付随して発生する『ポイント』であり、この名声値を消費する事によって新たな魔法を創造する事が出来るようだ。

 とどのつまり、無制限に魔法を創造しまくれるという訳では無く、新たな魔法を創造するには、名声値を溜めていく必要があるという訳である。


 尚、スキル鑑定を以ってしても、文字化けに付いては何もわからなかった。この文字化けに付いて調べるのは、今後の課題だと言えるのかもしれない。


 閑話休題。


 さて、ここまでは魔法に付いて語ってきたが、勿論、俺が三日間の中でシェリルさんから教えてもらったのは、魔法に関してだけ……という訳では無い。他にも、この世界の一般常識や注意点等についてもレクチャーを受けている。


 ただし、シェリルさん自身、正確には分からないものの、相当前から俗世より隔離された環境に身を置いていた為、レクチャーされたことの殆どが役に立たないだろうと、彼女自身の口から聞かされていた。特にお金に関してはそれが顕著で、一応、彼女がまだ俗世に浸かっていた時代のお金を見せてもらって貨幣価値の説明などは受けたものの、今の外の世界で使われている通貨がどのようなものなのかは皆目見当が付かないのだという。俺の転生を予測した、彼女の(マスター)でもそれは分からなかったのかと聞いてはみたが、どうもその辺りの事は聞かされていなかったらしい。


 まぁそんな感じで、彼女からレクチャーされた情報の中で、実際に役立ちそうなものはある程度限られてしまっている状況だ。


 数少ない例外といえば、四大属性魔法以外の魔法は使い手がそれなりに限られているので、実際に使う際には注意が必要である事。

 黒髪を持つ者はこの世界の一般人の中には存在せず、例外的に転生者や召喚者、転移者等異邦人たちと、その子孫の者達のみが黒い髪を持っているとされている為、俺の様な黒髪の人物がそのまま外の世界で生活しようとすると、必ず面倒事が舞い込むであろうという事。

 前述の理由から黒髪を隠す必要がある事。

 闇属性魔法の『イリュージョン』は魔法の対象の見た目をある程度誤魔化す事が出来るため、それを行使しておけば黒髪の問題は解決できるであろうという事――この四点ぐらいだ。


 それ以外には、この近辺で出現する、あの狼……グレイウルフのような魔力を秘めている生物――こっちの世界ではそういった生物を総称して『魔物』と呼ぶらしい――の情報なども教えてもらった。が、これもまた遥か昔の情報であるため、魔物の分布範囲が大きく変化している可能性があるし、見た目は教えてもらった通りでも、その能力などが大きく変化している事も考えられるので、あまり過信しないようにとシェリルさんからは言い含められている。


 あと行った事と言えば、シェリルさんとの戦闘訓練だろうか。

 ただし、初めての時の様な形式では無く、シェリルさんとの一対一形式での戦闘訓練である。


 当たり前だが、戦闘素人である俺は訓練中、ずっと防戦一方だった。メイド服を着用したままのシェリルさん相手に手も足も出なかったのだ。


 てか、自ら『それなりの戦闘能力を有している』と言うだけあって、シェリルさんが強すぎた。何なのアレ。瞬間移動でもしてたんじゃないの、ってぐらいに彼女の動きは速い。向こうの(かなり手加減された)トンファーのような形状の武器での攻撃はこちらに面白いように当たるというのに、逆にこっちからの魔法やナイフでの攻撃は一つも掠りやしなかった。


 正直、あまりの実力差に何度か心が折られかけたが、最後の最後にもう一度グレイウルフと正面切って戦う機会があり、その時は一度目の様な醜態をさらす事は無く、ある程度余裕を持って戦い、勝利する事が出来た。


 まだ、戦闘――正確に言えば、自分が傷つくことへの恐怖は拭いきれていない。それでも戦闘に勝てた事は嬉しかったし、密かに危惧していた『命を奪った事への忌避感』もあまり感じなかった。更に言えば、シェリルさんとの圧倒的な実力差の前に折れかけていた心も立て直せた訳で……その辺りの事を考慮すれば、収穫が多かった勝利だと言えるのかもしれない。


 ただ、ここで慢心してはいけない。初勝利を掴むことは出来た。心も立て直せた。けど、シェリルさんに一撃も入れられていない現状は全く変わらない。徐々に自分の戦闘能力……というか、反射神経? みたいなものが向上しているのは分かるが、それでもまだまだ彼女の背中は遠い。

 だから、俺の中での方針は変わらない。強くなる事を怠らず、けど無理はしない。出来るだけ格上との戦闘は避け、確実に勝てそうな勝負だけを選ぶ。


 これで『あの娘』に胸を張れるような生き方をしているのかと聞かれれば、正直微妙なところではある。だが、まずは死なない事を第一に考えなければいけない。死ねば全てが終わりだ。


 地球での最後の瞬間。あの時の様に誰かを助けて死ぬならまだしも、ただむやみやたらに勝率の低い賭けに出て負けてしまうのは目も当てられない最悪の結果でしかないのだから。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ――新しい世界に慣れるための時間はあっと言う間に過ぎて行く。


 そうした中――狼との二度目の実戦の翌日、俺は一つの決心を固めていた。


 このままシェリルさんの世話になり続ける訳にもいかない。そして、このままここに引きこもり続け、燻ったまま第二の人生を終えるのは、それはそれで嫌だった。


 だから、この屋敷を出て行く。この屋敷を出て、自分の力で生きる。


 それが、自分の意思で固めた決意。三日前のシェリルさんの言葉通りに悩み、計算し、試行錯誤して辿りついた、俺なりの答え。


 なにか大きなこと、大きな足跡を残そうというわけじゃない。そこまで高尚な目標を掲げているわけじゃない。


 ただ。自分らしくありたい。誰かの庇護下に隠れ、誰かに甘えたままのでは居たくない。そんな気持ちが心の中で燻っていた。


 これは――意地だ。初めての戦闘でビビった弱気な俺の。未だにシェリルさんには一太刀も当てられない弱い俺の。ちっぽけな意地だ。


 見る人が見れば、鼻で笑われてしまうぐらいの……愚かかもしれない、そんな決意。


 しかしこんな意地をシェリルさんは手放しで称賛してくれた。


 いつもと変わらない変化の乏しい表情で、けど、どこか熱い感情がこもっている気がする透き通った声色で、胸の前で拍手なんてしながら。一見すると他人をほめているようには思えないけれど、これが彼女なりの最上級の褒め方なのだそう。


 ……まぁ、その辺りの事はどうでも良くて。


 その後の話し合いで出立は三日後とする結論に落ち着いた。


 それからというもの。俺は出立までの間により多くの知識や一般常識を吸収しようと努力し、戦闘訓練にもより精を尽くす事となる。


 全ては、自分のため。自分がこの世界で生き残るため。吸収し、研鑽し、己を高める。その一連の作業に俺は没頭した。


 そうして怒涛の三日間は流れて往き、時は訪れる。


 つまり、旅立ちの日。


 俺が悠久の館を出立する。その日が。














今回も読んでいただき、誠にありがとうございました!

次回を持ちまして、悠久の館での話は終わり、主人公は外の世界へと飛び出していきます。


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