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後悔はその全てが遅く、心に小さな影を落とす

指摘を受け、一部改稿作業を行いました(2018/4/8)

 闘技場での戦闘訓練が終わり、俺とシェリルさんは悠久の館に戻った。


 悠久の館の一階にあるリビングらしき部屋に案内された俺は、シェリルさんの勧めるままに、同時に十人は座れそうな巨大なダイニングテーブルの一席に腰を落ち着け、彼女の淹れてくれた紅茶を口に含んだ。

 鼻奥を通り抜ける茶葉の豊潤な香りに感嘆のため息を漏らし、俺はさっきの戦いを思い出す。


 ああ、途中までは良かった。

 途中までは、狼の攻撃を凌ぎ、攻めに転じる事が出来ていた。

 自分でも初めての戦闘だと思えないぐらい頭が冴えていたし、狼の一挙手一投足を全て把握する事が出来ていた。……だけど、最後の最後に気を緩めてしまった。

 覚えたての魔法をぶち込むことが出来て、にわかに気分が高揚した。自分が勝利したのだと――浅はかな確信を抱いてしまった。


 それは……決していけない事だ。戦闘素人の俺でも分かる。

 その油断が命の危機を招いた。もし、あの時、シェリルさんのカバーが間に合わなかったら、きっと俺は死んでいただろう。

 そう思うと、途端に怖くなる。


「――ユート様?」


 あの時、見た光景――狼の大きく開いた咢が目前まで迫ってくる、あの光景が脳裏でフラッシュバックする。覚悟は決めていた。急造で完全だったとは言い難いかもしれないけど、それでも戦う覚悟は決めたはずだった。


「――ユート様?」


 けど、出来ていなかったのだ。


 ――自分が傷つく覚悟。自分が殺される覚悟は。


「――ユート様ッ!」


「――――ッ?! ……シェリルさん?」


 鋭い叫び声で現実に引き戻される。顔を上げると、俺の対面の席に座り、こちらをのぞき込むシェリルさんの顔があった。


「いきなりボーッとなされて、どうかいたしましたか? ただでさえ呑気な顔が、最早、目も当てられない始末になっておられますよ?」


「あぁ、はい。すいません。ちょっと考え事をしてて……って、いきなりその言い草は色々と酷すぎないですかね」


 っていうか、呑気な顔の目も当てられない始末って何? 今、俺の顔どうなってんの?


「冗談でございます」


「……いや、全く冗談に聞こえないから思いっきりツッコミを入れたんですけど」


「ふむ……冗談でございます?」


「疑問形にしても全く意味ないですからね?」


「そうでございますか……さて、それはそれとしまして――」


 露骨に話変えちゃったよ、この人……いや、まぁいいんだけどさ。

 ――そんな事を考えていると、シェリルさんの双眸がこちらの目を直接のぞき込んできた。

 その青い瞳はまるでこちらの心の奥底を丸裸にして見ているようで。


「ユート様……先程の戦闘訓練で、少し、恐怖を抱かれましたね?」


「……ッ、な、何の事ですかね……」


 心を読まれ、情景反射的にとぼけた俺を、シェリルさんは容赦なく追及して来る。


「先ほども言いましたように、相手の心理状態を察する事は私にとっては容易い技能でございます。故に分かっております。ユート様は先ほどの戦闘で戦いそのものに僅かながらに恐怖心を抱いてしまっていると」


「それは……」


 彼女の言葉に、俺は言い返す事が出来なかった。


 ああ、そうだ。――確かに俺は、戦う事が怖いと思ってしまっている。

 だが、それは決して心が折れたという訳では無い……と思う。多分。

 少し言い訳みたいになってしまうかもしれないが、もし、誰かに今すぐにまた戦えと言われたとして、それが出来るのか出来ないのかと聞かれれば、出来る、と答えるだろう。


 ただ、その判断にさっきみたいな積極性は無い。戦うか戦わないか――どちらかを選ぶ道があったとして、戦わなくても俺にリスクやデメリットが無いとすれば、きっと俺は戦わないを選ぶだろう。――いや、戦いたくないのだ。俺は。


 つまるところ……さっきの戦闘で心底気付かされた。


 それはどうしようもなく当たり前の事。

 ――戦う事にはリスクがある。リスクを被れば俺が死ぬ可能性がある。そして、俺はどうしようもなく――死ぬのが嫌だ。死にたくない。絶対。


 他人の目には、こんな事を宣う俺は臆病者に映るのかもしれない。

 でも、やっぱ戦うのは嫌だよ。確かに、戦闘中に感じたあの独特な高揚感は何時までも味わっていたいと思わせる魅力がある。けど、まだ戦闘になれていなくて、全然強くなんてない俺には……戦闘はリスクが高すぎる。


 ――だから、出来る限り戦いたくない。避けられる戦いは避けたい。

 先の戦いを経て、俺はそう感じるようになってしまった。


「――それで良いのではないでしょうか?」


「……え?」


 掛けられた意外な言葉に、俺はシェリルさんの顔を見上げた。


「戦わない事――それは決して恥ではありません。寧ろ、戦わなければ死ぬような人種よりは何倍もマシでございます。それに、避けられる戦いを避ける――それは、処世術としては至って当たり前の事です」


「けど、さっきこの世界で戦うってのは日常的な事だって……」


「えぇ。ですので、その戦うのが嫌だという、ユート様の思いを押し通すには、それ相応の力が必要です。しかし、それは逆に言えば、力さえあればその意地を押し通す事も可能であるという事でございます」


「力さえあれば、ですか……でもそれって矛盾してません? 戦うのが嫌なのに、戦わないと自分の意見を押し通す事が出来ないってのは……」


 俺が愚痴を吐き出すように言うと、シェリルさんは小さく肩を竦めた。


「それが世の真理という物でございます。矛盾があろうがなかろうが、その真理を軸に世の中は出来ているのです。……ともかく、戦うのが嫌ならば、ユート様は今よりもっと力を付けるべきであると私は愚考いたします。勿論、今すぐに力を付けろ等と言うつもりは毛頭ございませんし、実際問題、それは実現不可能な道理です。力というものは一朝一夕で身に付くような代物ではありませんから」


 ですので――とシェリルさんは言葉を続ける。


「例え、今後、ユート様が戦闘を生業とする事を選ばなかったとしても、強くなる事を怠ってはいけません。一つ一つ努力を積み重ねる事を止めてはなりません。もし、現状に満足して強くなる事を止め、立ち止まってしまったならば、いずれその代償を払う事になるでしょう」


「代償、ですか……」


 俺が少し硬い声を出すと、シェリルさんは小さく苦笑した。


「そう難しく考えることはありません……と言ってもそう簡単には納得なされないのでしょうね。ですから、今は沢山考えてくださいませ。悩み、計算し、試行錯誤する。そうして導き出された解答(こたえ)こそ、ユート様にとっての唯一無二の信念となる。そう、私は信じております」


 そう言って。彼女は微かに口角を上げていた。



























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