才能の片鱗
更新が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
今回も文脈の区切れ的に切りが良い部分が無かったため、2000強と文字数が少なくなっております。
ご了承ください。
少年と狼が戦っている……その様子を、メイド服を着た魔導人形であるシェリルは、一定の距離を置いた場所から見つめていた。
両者が戦い始めておよそ三分が経つ。
現在、形勢は狼が有利。当たり前だ。少年は転生者――いずれは大きな力を手にする可能性がある存在だとは言え、今はただの戦闘素人な一般人に過ぎない。
ナイフを持つ構えは何処か頼りなく、突撃して来る狼を躱す際のステップには、目に見えて無駄が多い。その戦い様はどうにも危なっかしく、いつ狼に捕まり、マウントポジションを取られてもおかしく無い状況のようにも思えた。
だが、そのような状況でも、少年の目に灯った覚悟の火は消えていない。
拙いながらも右手でナイフを振りまわし、狼の体表を切り裂こうとしている。先ほど覚えたばかりの魔法を放とうと、狼の隙を伺っている。そして、そのナイフの精度、相手の隙を見出す観察眼は、こうして戦っている間にも徐々に向上しているように見えた。
実際、戦況は僅かずつではあるが、少年の方に傾いてきている。
間違いない。シェリルは確信を抱く。
少年は成長しているのだ。この戦いの中で。それも、本来ではあり得ない程の速度で。
「この分ですと、私の手助けは必要無いようでございますね……」
少年の雄姿を眺めながら、シェリルはポツリと呟く。
――正直なところ、彼女はこの戦いで少年が相手を打倒できるとは思っていなかった。
相手と相対し、『戦う』という事が出来れば御の字。最悪の場合は、少年の心が折れてしまい、相手と対峙することさえできない可能性もあると想定していた。
確かに、この世界において『戦う』という行為は最早日常の一部となっている。だが、少年が元いた世界ではそうでは無い。それは、彼女の主から教えられ、分かっていた事であった。
故に、彼女は想定していたのである。
初めて闘争の空気に触れ、少年の心が折れてしまう事を。そして、そうなってしまった場合は、ある程度の時間をかけ、少年を闘争の空気に慣れさせる必要がある――とも。
面倒な仕事ではある。だが、それが主に任された彼女の仕事。
心折れた少年を再び闘争の中に放り込むことに気後れする気持ちが無いでも無かったが、彼女は自分の私情よりも、与えられた任務の遂行を優先する事を決意していた。
だが、結局。その決意は無駄に終わった。
少年はシェリルの想定を上回り、初めての戦闘であるにも関わらず、一歩も引かず、大立ち回りを演じて見せている。
その様は途轍もなく不格好だ。その様は途方もなく拙い。
だが、その様はどこか尊く、そして猛々しい。
目を見張る何かがその光景の中にはあった。
そこでシェリルは、遥か遠い昔に自らの主が放った一言を思い出す。
『ここにやって来るのは……最後の一駒だ。最も可能性があり、正しく才能の塊だろうね。シェリルには、そんな彼の旅立ちを手伝ってやってほしい』
「なるほど……我が主が才能の塊だと――そう評されるわけです」
過去を思い返すシェリルの視線の先――少年と狼の戦いは既に終幕を迎えつつあった。
「『紅、猛き赤、我が意に従う火球と成りて、滅焦せよ』」
相手の一瞬の隙を突き、掲げられた少年の右腕から一抱え程の大きさの火球が射出され、狼に直撃。
『ガアアアァァァァァ?!』
小規模な爆発が起き、狼の姿が黒煙に包み込まれる。爆心地から発生した熱波がシェリルの頬を撫でた。
「……やった……のか?」
黒煙で見えなくなった狼の方をボーッとして見つめ、そんな事を呟く少年。その様子はさっきまでの張り詰めたような、どこか鬼気としたそれとは違い、明らかに気が抜けてしまっている。
その少年の様子を見て、シェリルは溜め息を突いた。
「――これは……前言撤回、でございますね」
シェリルが地を蹴る。メイド服に包まれた、戦いとは遠くかけ離れた彼女の姿が一瞬の内にその場から掻き消える。
それと同時、黒煙の中から飛び出す影があった。――グレイウルフ。少年と対峙していた獣は、魔法の直撃を受けても尚、そのダメージを意に介する様子も無く、ただただ目前の少年の首を狩ろうと黒い煙の壁を突き破りながら跳躍したのだ。
「――――ッ?!」
対して、直前に緊張の糸が切れ、気を抜いてしまった少年は、狼の唐突な突貫に対応できない。己の身に迫る長く白い犬歯を唖然とした表情で見つめ、それが自分の首に刻一刻と迫りつつあることを悟り、少年は身を捻る事も忘れて咄嗟に目を瞑った。
――しかし、想定していた痛みが襲ってこない。代わりに、ガキンッ! と、硬い物同士がぶつかり合う甲高い音が少年の耳朶を打った。
「え……?」
異変を感じた少年は固く閉じた瞼を開けた。そして、自分の目前に立ちはだかり、狼の牙をナイフよりも少し長い短剣一本で受け止めるメイドの姿をその視界にとらえる。
「――し、シェリルさん?!」
目を閉じていたのはたった一瞬だけ。にも拘らず、いつの間にか自分の目前に現れた魔導人形のメイドに、少年は目を見開いて驚愕を露わにする。
「――ユート様」
シェリルは涼しい顔で狼の攻撃を受け止めながら、自分の名前を呼ぶ少年を横目で伺う。
そして、少年に目立った怪我がない事を確認すると。
「如何なる時も油断大敵……にございます。例え敵を打破できるであろう必殺の一撃を叩き込めたとしても、緊張を途切らせるのはいただけませんね」
そう、少年に諭しながら。
彼女はいとも簡単そうに狼の牙を弾き、無防備に晒された彼の者の首筋を短剣の刃で刺し貫いた。
『ガァァァァアア……?』
一瞬、何が起こったのか分からないと言った様な声を漏らし、狼は首から赤い鮮血を吹きだしながら地に倒れ伏す。その赤い瞳からは――既に命の灯が完全に消え失せている。
今回の更新でストックが完全になくなりました……(;´・ω・)
なので、次回以降はとりあえず3日以内に更新していく、という感じになりそうです。
勿論、僕の調子が良ければ毎日更新が出来ると思いますが、これより1週間は僕の通う学校の方で定期試験が行われます。大学はもう既に決まっているので、そこだけに集中してやらないかん! ……という訳では無いのですが、それでもやっぱり試験はある程度いい点を取っておきたいので、もしかすると3日ごとの更新になってしまうかもしれません。
ご理解いただけると幸いです。




