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滅焦せよ、詠唱せよ

 さて、紆余曲折あったものの、これで俺のステータスに関する疑問は一通り消化された形になる。勿論、その全てが解決、あるいは解消の芽を見た訳ではないが、これ以上の結果を求めるのは強欲であるというものだろう。なので俺達はその疑問達を一度横に捨て置き、本来の目的に話を戻すことにした。


 即ち魔法を使えるか否か、という事なのだが……結果だけを言うのであれば、俺には魔法を使う者としての才能が備わっていた。


 俺のステータス、そのスキル欄にあった『魔法才能:全』。

 これが俺の魔法使いとしての才能を示すスキルだ。


 ちなみに、シェリルさんの話では、『魔法才能』と名の付くスキルにはいくつか種類があり、例えば『魔法才能:火』だと、それを所持している者は『火属性魔法』なるものを習得でき、『魔法才能:水』であるなら『水属性魔法』が使えるようになる等、それぞれの名前に対応した魔法を行使できるようになるらしいが、逆にそれ以外の魔法を覚える事は叶わないのだそうだ。


 じゃあ、俺の『魔法才能:全』は何なのだと聞いてみると、


「ユート様の魔法の才能は――全。つまり、この世界に存在する、ありとあらゆる魔法を行使できます」


 だと言われた。マジか。


 尚ここからは完全に余談だが、この『魔法才能:全』を始めとした『魔法才能』の名を冠するスキルは、全て産まれる前――つまり先天的に取得しているスキルらしく、後天的に取得する事は出来ないらしい。とどのつまり、誰が魔法を使えて、逆に誰が魔法を使えないのか――そして、魔法を使える者の中でも、誰がどんな魔法を使えるのか……その辺りの事は全てその人が生まれた時には決まっている、という事だ。

 世界的に見ても魔法を使える人が少ないのは、そういう理由があるからだろうな。


 閑話休題。


「さて。これでユート様が魔法を使うことが出来るという事が分かりました。ですので、早速魔法を使ってみましょう」


「りょ、了解です……」


 シェリルさんの提案に少々緊張気味に頷く。

 この緊張気味というのは決して――そう、決して魔法という未知の力を発動させるという事に対してビビっていたが故のものでは無く、寧ろ武者震いに近い『緊張』だったのだが、どちらにせよ他人から見た俺がガチガチだったのは否定しようも無い事実であり、そんな俺を見たシェリルさんは口元に苦笑を浮かべていて、


「ユート様、そのように緊張なさらなくても大丈夫でございます。ユート様の世界では非常識であったとしても、魔法とはこの世界ではごくごく日常的な力。使い方さえ間違えなければ、ユート様が怪我をなさる事はありません」


 小さな子に諭す様に言われてしまった俺は、自分の頬が少し熱くなっているのを自覚しながら反論する。


「わ、分かってます。これは自分が魔法を使えるんだと思って武者震いしてるだけです」


「そうでございましたか。要らぬお節介をかけてしまった事、誠に申し訳ありません」


 俺の反論を受け、まぁ何とも畏まった謝罪の言葉を紡ぐシェリルさんだが、その目は生暖かい色を湛えながら俺の事を見ていた。『まぁまぁ強がっちゃって、うふふふふ』と言わんばかりの生暖かい視線である。


「……いや、本当に武者震いなんだけどなぁ」


 小さな声で呟きながら俺が内心肩を落としていると、もう既に生暖かい視線を引っ込めていたシェリルさんがどこからか古い雰囲気を漂わせる分厚い本を取り出していた。

 そして、彼女は手にした本のとあるページを開き、


「ユート様は全ての魔法を行使できますが……一番最初に覚える魔法としてはこれが適切でしょう」


 という言葉と共に、開いたページをこちらに見せてくる。


 そこには何やらボウボウと炎が燃え滾っている絵と、細々とした文章が日本語で次のように記述されていた。


===========

ファイヤーボール:火属性魔法初級:火の玉を生成し、それを操って標的にぶつける魔法:詠唱『紅、猛き赤、我が意に従う火球と成りて、滅焦せよ』

===========


「ファイヤーボール?」


「はい。まず、ユート様にはこの魔法を行使していただきます」


 何ともさらりと言い放つシェリルさんだが、そんな彼女とは対照的に、俺は一抹の不安を覚えていた。


「あの……いきなり『火』でいいんですか? ここの周りは森ですし、燃え広がったりしないですか?」


 辺りを見回しながら問うと、シェリルさんは何も問題は無いと首を振り、


「その心配には及びません。私はこう見えてそれなりの戦闘能力を有しております。もし、ユート様の魔法があらぬ方向へと飛んでいこうとも、即座にその全てを叩きおとして見せましょう……あぁ。なんでしたら、始めから私目がけて魔法を撃つというのも――」


「いや、それは流石に俺の良心が潰れそうなんで勘弁してください」


「さようでございますか」


 溜め息を一つ突く。シェリルさんは所々抜けている時があって、それが不意打ち気味に発生するせいか、彼女と話しているといつも以上に疲れる。こう……肉体的にというより、主に精神的に。

 それにしても……何故シェリルさんは自分に向かって魔法を撃つことを拒絶された途端、微妙に残念そうな顔をしたのだろうか。まったくもって謎だ。


 ……って、いやいや。そんな事を考えている時じゃない。

 気を取り直し、シェリルさんに改めて確認する。


「ともかく……このファイヤーボールを撃てばいいんですね?」


「はい。あちらの方に的が用意されております。そちら目がけて撃ってしまってください」


 彼女の指さす方を見れば、なるほど。そこには俺の背丈ほどかという高さの藁人形が複数個設置されていた。あれ目がけて魔法を撃てという事か。

 彼女の言葉の意味を理解した俺はそちらを向いて早速魔法を発動させようと試みる。だが、そこでとある重大な欠陥に気付いて、その欠陥のあまりの幼稚さに思わずまた赤面しながら、こちらを見ていたシェリルさんに問いかけた。


「あの……魔法を発動させるにはどうすればいいんですかね?」


 尋ねた途端、シェリルさんは目をぱちくりさせ、次の瞬間には「プッ」と短く噴き出していた。そして彼女は目覚めた直後の時のように、口元を手で隠しながらクスクスと笑い始める。


 ぐぬぬ……悔しいし恥ずかしいけど、文句が言えない。

 先程の彼女の不幸話……かどうかは正直微妙なラインだが、ともかく彼女の掃除が苦手であるという話で噴いてしまった前科がある手前、余計に物言いが出来なくなっている。

 因果応報とはこの事か、とそんな事を考えながら赤面して羞恥に耐えていると、シェリルさんは笑気を吸ってしまったかのような、笑いで引きつった表情を引っ込め、「申し訳ありません」と一言謝罪を挟んでから説明してくれた。


「魔法を放つうえで大事なのは、『詠唱』と『イメージ』でございます。先ほどお見せした魔法書に書かれていた『詠唱』を謳いあげ、それと並行して頭の中で魔法の完成像を鮮明に思い浮かべるのです」


「詠唱……詠唱か……」


 シェリルさんの言った事を口の中で反芻しながら、再び的の方へと体を向け、魔法を撃つための構えを取る。

 とは言ってもどう構えればいいのかは皆目見当もつかないので、とりあえず右手を開いた状態で前に突きだしてみる。これだとカッコ悪いかな。……いや、どうでもいいか。


 そんな事よりも詠唱だ。

 さっき見た本――魔法書にあった記述を思い出しながら詠唱を紡ぎ、同時に頭の中で轟々と燃え盛る火の玉を出来るだけ明確にイメージしていく。


「『紅、猛き赤、我が意に従う火球と成りて、滅焦せよ』」


 ――詠唱がつつがなく完了する。


 刹那、自分の体の中をドロッとした『ナニカ』が流れていくのを感じた。

 まるでタールの様な『ソレ』は、丁度心臓の辺りで一つに集束したかと思えば、次の瞬間にはアリの行進さながらに一塊になったまま突きだした右手を経由し、俺の体から飛び出していて――


 そして――気が付いた時には、俺の目前に赤く燃え盛る火の玉が浮かんでいた。

 自分の存在を誇示するかのように、火球は激しく燃えている。目と鼻の先にあるはずのそれからは、本来感じられるはずの熱さが全く感じられない。今までの常識ならあり得ないはずの現象に、俺は舌を巻いた。


「これが……魔法」


 俺が呟いたのと同時、火の玉が動き出す。


 まるで、それ自体が意志を持っているかの如く。俺がイメージしていた通りに、的――藁人形の一体に突貫していく。その勢いはかなりのもので、瞬きほどの間を置いて、火球は藁人形に激突し、彼の全身を赤い炎で覆い尽くした。


 それはあまりにも暴力的で、それ以上に――途轍もない程に幻想的な光景で。


「すげぇ……」


 俺はなんとも安易な感想を漏らしながら、自分が放った魔法の生み出した光景をただ見つめ続けた。














今回出てきた言葉『滅焦』は自分で考えた造語です。

ネットで調べてみると、テイルズシリーズの奥義の名前にも使われていたようですが、この単語に明確な意味は存在しません。ただパッと見かっこいいから使ってみただけです。ご了承ください。



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